第5話 父と子のきずな──夢を追う決意の歌
初ライブの大成功は町中で噂になり、ホーピーズの名は急速に広まった。娯楽の少ないこの国で、彼らの音楽は多くの人にとって新鮮かつ温かな衝撃だったのだ。
「博士の研究所だけでライブやるのはもったいない。うちの店でも演奏してくれ!」
「仕事で疲れた仲間を癒やしてほしいんだ。頼むよ!」
そんな依頼が次々と舞い込むようになり、メンバーはあちこちを飛び回る日々を送るようになった。博士は「音楽だけでは終わらせんぞ。私の発明品も見せてやる!」などと言い出し、各所でミニライブ+照明ショーを開くプランに乗り気だ。テフナは本番前の発声練習を欠かさず、ナナはドラムの安定感をさらに磨き、奏も新曲を作ることに精を出していた。
依頼の手紙
そんなある日、博士のもとに一通の手紙が届く。博士がそれを声に出して読み上げる。
「『うちの父を元気づけてほしい』……差出人は子どもかな。内容は“鍛冶職人の父が意気消沈している。もう鍛冶はやめると言い出しそうだ。何とか励ましてほしい”……か」
奏は思わず顎に手を当て、首をかしげる。
「鍛冶職人……戦争の停戦中とはいえ、物資が不足してるから鍛冶の需要はまだありそうだけど……何があったんだろう?」
テフナは少し不安げに言う。
「音楽を聴かせるだけで、そんな大変な悩みを解決できるのかな……」
博士は「いや、頼まれたからには応えてみようじゃないか。人を元気づけるのが私たちホーピーズの音楽だろう?」と意気揚々。ナナも「……行こう」と一言ぽつり。
こうして翌朝、ホーピーズは差出人の手紙を頼りに町の外れにある小さな鍛冶場へと向かった。
荒れた路地を抜け、古びた工房に入ろうとすると、がっしりとした体格の中年男性と、その息子と思しき少年が向き合い話す声が聞こえた。奏たちは中へ入らず、顛末を見守ることにした。男は腕組みをして渋い顔をしており、少年は必死に訴えている。
「なんで鍛冶屋を辞めるなんて言うんだよ父さん」
「もうこの店はたたむ。お前も別の道へ行け」
「父さん、俺……あなたみたいに鍛冶屋になりたいんだ! 昔からずっとそう思ってたんだ……」
「やめとけ。お前には体力も才能もない。……俺みたいにはなれんし、続かん」
鍛冶職人の父親は投げやりな口調で背を向ける。少年は唇を噛みしめ、目に涙を浮かべながらなおも食い下がる。
そんな光景をそっと見守っていた奏は、自分と父・大生のやり取りを思い出していた。父が口にした言葉――「そんな甘いもんじゃないぞ、才能で食っていくのは……」。あのときはただ否定されたと感じていたが、今になって違う見方もできるようになっている。
(父さんも……俺を守ろうとしてたのかもしれないな。痛い目を見たら傷つくのは俺だし……)
思わず小さく呟いてしまう。
「……父さんも、俺に同じようなことを言ったんだ。あの時は“突き放された”って思った。でも、本当は俺を守ろうとしてたんじゃないかって、今なら少しわかる気がして……」
いつまでものぞき見をしているわけにもいかないと思い奏たちは中へと入った。奏はギターケースを下ろしながら、テフナたちに軽く合図を送る。
「……すいません。少しだけ、演奏させてもらってもいいですか。俺が作った曲なんですけど……」
博士はベースを用意し、ナナはドラムスティックを握る。テフナはそっと横に立ち、マイクを持つ。父親と少年は何事かという表情でこちらを見つめるが、奏は穏やかに微笑んで言う。
「この国には、まだ馴染みのない音かもしれないけど……“音楽”ってものです。……もしよかったら聴いてほしい。父と子のきずなをテーマに、俺が短く書き下ろした曲なんです」
鍛冶場にナナの淡々としたリズムが響き、博士のベースが静かに重なる。奏のギターがメロディを奏で始め、テフナが歌い出す。彼女の声は少年と父親の耳へすっと染み込んでいくようだった。
「**遠くで見つめる あなたの背中
本当はずっと 大きくて温かい
強い言葉も それはやさしさ
何度転んでも 僕は立ち上がる
笑われてもいい ただ前に進む
夢を追い続ける 勇気だけは捨てたくない
“才能”だけじゃ 生きられないけど
あなたの手が導いてくれるんだ
いつか夢に辿り着けるように**」
鍛冶場に響く歌詞は、“父への憧れ”や“子を想う親の厳しさ”が交差して生まれる複雑な感情を描いていた。奏自身が父・大生との関係でずっと抱えてきたコンプレックスや想いを重ねるように作詞し、テフナがその想いを清らかな声で歌い上げる。
演奏が終わる頃には、鍛冶職人の父は黙り込んでいた。表情は強張ったままだが、何かを感じ取ったのだろう。やがて少年をちらりと見やり、「……すまなかったな、俺……」と苦い声で漏らす。
「才能がない、とかそんなことばかり言って……結局は、お前が傷つくのが怖かったんだ。お前が本気でやりたいなら、止めるのは俺の勝手ってもんだろう……」
少年は「父さん……!」と目を潤ませながら思わず駆け寄る。二人はぎこちなくも互いの思いをぶつけ合い、やっと本音で通じ合ったかのようだ。鼻をすすりながら、「でも、俺、まだ体力もないし、本当に鍛冶屋になれるかな……」と言う息子に、父は「だったら少しずつ鍛えりゃいい」と不器用に答える。それがこの親子の最初の一歩だった。
そんな光景を見守りながら、奏は心の奥で小さく息を吐く。
(やっぱり、父親ってのは子どもが失敗する姿を見たくないんだ。……それは、俺の父さんも同じだったんだろうな)
父がかけた厳しい言葉も、今なら少しわかる。父は“才能で生きていく”ことの厳しさを熟知していたし、息子が痛い目を見るのを黙って見過ごせなかっただけかもしれない……そう気づいたとき、胸に張り付いていた劣等感の一部が溶けるように軽くなる。
鍛冶職人の父子がようやく落ち着いたあと、少年が奏のもとに駆け寄る。
「すごい……なんだか心がすっと軽くなったよ! みんな、ありがとう……!」
奏は照れくさそうに笑う。
「俺自身も悩んでてたことがあって。少しでも背中を押せたなら嬉しいよ」
少年と父がこれからどんな道を歩むかは分からない。ただ、父子の間にあった誤解が解かれ、夢を追う勇気を取り戻すきっかけになれたのなら、それで十分だ。奏は自分自身の父への想いも、少しだけ整理がついた気がした。
(失敗してもいいんだ。それでも、自分の夢を捨てちゃいけない。……父さんも、俺が音楽を本当に好きで続けたいと思うなら、きっと見守ってくれるだろう)
そう感じられるようになったのは、テフナや博士、ナナたちと音楽を奏で続けているからだろう。奏は抱え込んでいた劣等感がわずかにほどけていくのを感じながら、ギターケースを背負い直した。今日も、新しい場所で誰かを笑顔にする音楽を作りたい——そんな前向きな気持ちに満ちていた。