第3話 ドラム加入──無口な少女と博士の過去
博士の研究所での日々が続く。奏はギターの練習や曲作りに励みつつ、ボーカルのテフナ、そしてベース担当の博士と一緒に“バンド結成”の準備を進めていた。しかし、いざバンドとしてライブをやるとなると、もう少し“音の厚み”が欲しくなる。
「やっぱりドラムが欲しいよね。リズムがしっかりしていると、テフナの歌ももっと映えるし……」
奏がそう提案すると、博士は「私がドラムをやるとベースがいなくなるし、君がドラムをやるとギターがいなくなる。困ったなあ……」と腕を組む。
そんなある日の夕方。研究所の入り口からかすかな足音が聞こえたかと思うと、手のひらサイズの壊れたオモチャを抱えた少女が立っていた。灰色の髪を短く束ね、無表情でこちらをじっと見つめている。
「……ナナ? どうしたのかな?」
博士が声をかけると、少女――ナナは静かに答える。
「壊れた……。直してほしい……」
ナナが差し出したのは、人形型のオモチャ。中の機構が複雑らしく、歯車らしきパーツが折れている。博士は苦い顔をして首を振る。
「部品が足りないかもしれない……すぐには直せないよ。ごめんね」
それを聞いたナナはうつむき、少し迷ったように小声で言った。
「……でも、音楽……やるんでしょ? それ、手伝うから……だから直して……」
いつも無口なナナが、珍しく強い意志を見せる。テフナが「ナナ……あなたもバンドに興味があるの?」と問いかけると、ナナは顔を上げてこくんと頷いた。
「……昔から、このオモチャ……博士が作ったもので、大事にしてた。博士を……助けたいし、音楽も……楽しそうだから……」
奏も博士も思わず顔を見合わせる。こんなに無口で表情に乏しい少女が、こんなにまっすぐな意志を見せるなんて。
「じゃあナナには……ドラムを叩いてほしいんだけど、どうかな?」
奏が言うと、ナナは黙ってスティックを受け取ってみる。最初はぎこちなく握っていたが、いざリズムを叩いてもらうと意外なほど正確だ。
「こりゃ筋がいいぞ!」
博士が目を丸くして感嘆すると、テフナも「すごい、うまいね!」と微笑んで拍手を送る。ナナは照れたのか、そっぽを向くように少しだけ頬を染める。
その夜、研究所の片隅で簡単なセッションを終えたメンバーたちは、楽器を置いてほっと一息ついていた。
「ボーカルはテフナ、ギターは奏、ベースは博士、そしてドラムがナナ……これで一応バンドの形はできたね」
テフナがそう言うと、博士は「ふむ。楽器の組み合わせとしては申し分ない」と満足げに頷く。奏もワクワクしながら、「じゃあいよいよ本格的にライブを目指せるな」と声を弾ませた。
すると、ナナがポツリと呟く。
「……バンド名、決めてない……」
奏とテフナが「あ、たしかに!」と声をそろえ、博士も頭をかくように「私たち、バンドとして何も名乗ってなかったな」と苦笑する。
少し沈黙が生まれるなかで、ナナはオモチャを見つめるようにして、低い声で言い出した。
「……さっき、テフナの歌を聴いて……あと奏のギターも……すごく、希望を感じた……。国は戦争とかで大変だけど……“希望”があれば変わるかもしれない……」
博士とテフナが神妙な面持ちで耳を傾ける。ナナは言い慣れない言葉を一生懸命探すように続けた。
「……だから、『ホーピーズ』……とか、どうかな……。Hope……平和を願う……そんな気持ちで……」
「ホーピーズ……!」
テフナが目を輝かせる。
「いい名前だね! なんか明るくて、でも強い意志がある感じ……!」
奏も深く頷き、嬉しそうに口を開く。
「うん、響きもいいし、“平和”と“希望”って言葉がちゃんと伝わってくる。俺、賛成!」
博士も笑みを浮かべ、「これなら私の研究所で作る発明にも誇りが持てるかもしれない。ホーピーズ、か……いいじゃないか!」と力強く同意した。
こうして4人のバンドは、「ホーピーズ」という名のもとに正式に始動することになった。ナナは照れ隠しのようにドラムスティックを握りしめ、「……ありがとう……」と小さく呟く。自分の提案が受け入れられたのが嬉しいのだろう。テフナは優しく微笑み、「これからも一緒に頑張ろうね」とナナに声をかけた。
その晩、夜風が心地よい時間帯に、奏は外でギターを爪弾いていた。ふと視線を遠くへやると、ナナが庭先でぼんやりと月を見上げているのがわかる。
「ナナ、まだ眠くないの?」
奏が声をかけると、ナナは小さく首を振る。
「……眠れなくて……」
そう言って、ぽつぽつと話し始めた。
「……博士は、昔……ただの修理屋さんだった。みんなの道具や壊れたものを直して、感謝されてた。……でも、戦争で見つかった“火薬”が兵器に使われて……博士の発明で、たくさんの人が死んだって……」
「え……博士が……?」
「……博士はそれをずっと後悔してる。もう二度と人が傷つく発明はしたくないって……今は人を笑顔にするものを作りたい、って言ってる……」
ナナは、手のひらサイズのオモチャをぎゅっと握る。彼女が大切にしているそのオモチャも、博士が作ったものだった。戦火で落ち込んでいたナナを救うように与えられた品だと、以前テフナから聞いたことがある。
「だから……音楽っていうのも、博士にとって“人を幸せにする発明”みたいに感じたんだと思う。……奏も……みんなを笑顔にしたい、でしょ?」
「……うん。俺、文化祭で失敗したけど……今は、この世界で音楽を広めることに燃えてるんだ。不思議だけど、自分が誰かの役に立てるって思えると、前向きになれるんだよね」
ナナは微かに笑みを浮かべる。
「……ありがとう。博士も、奏が来てくれたおかげですごく楽しそう。きっと、すごく感謝してるんだと思う……」
夜空には大きな月が浮かび、二人を優しく照らす。博士の罪の意識と新たな決意、ナナの思い……すべてを抱えながら、バンドは今まさに歩み始めたところだ。奏はギターを鳴らし、ナナは静かにその音に耳を澄ませる。
翌朝、博士はみんなを集めて誇らしげに言い放った。
「よーし、バンド名も決まったことだし、早速ライブをやろうじゃないか! しかも、ここ、私の研究所でな!」
テフナとナナは「ライブ……ほんとにできるの……?」と不安そうな面持ちを見せるが、奏はふっと笑みを浮かべる。
「……やってみよう。どうせなら、この国の人にも“ホーピーズ”の音楽を知ってもらいたい。博士が用意してくれる照明とか、楽しみじゃない?」
博士は自信満々に胸を張り、「私が開発した電飾で、今まで見たことのないステージを作ってみせる!」と豪語する。
こうして、初ライブに向けて動き出す4人。バンド名も“ホーピーズ”に決定し、ナナのドラムが加わったことで演奏は格段に充実した。人々が戦争に疲れ果てているこの世界で、音楽でどこまで笑顔を届けられるかは未知数だが、彼らは一歩ずつ前へ進もうとしていた。
(博士とナナの想いを知った今、俺はここで立ち止まるわけにはいかない。……よし、まずはこのライブを成功させるんだ)
音楽という“人を幸せにする発明”。それを証明するために、ホーピーズの初ステージが近づいている。声高に告げられるものではないが、彼らの胸には確かな希望が芽生え始めていた。




