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最終話 平和を願う最期の歌

停戦状態が崩れかけ、国全体が再び戦争へと傾きつつある。そんな中、政府は大規模なライブを開催すると発表した。表向きは「国民のための音楽祭」とうたっているが、実際は戦意を煽り、敵国を仮想して団結を訴えるプロパガンダイベントだというのは明白だった。

 「とことん私たちを利用するつもりだな……」

 博士は唸るように低く呟く。だが、国が主催する以上、断ればバンドの活動はおろか、命の保証すらないかもしれない。


 一方で、奏にはもう時間が残されていなかった。この世界に来てからしばらく経ち、博士の文献調査によって「あと数日で元の世界に帰ってしまう」可能性が高いと判明していたからだ。

 「それならこそ、最後の最後まで……俺は音楽を捨てない。テフナの想いも、守り抜きたいんだ」

 奏は拳を握りしめ、残された時間でできることを必死に考える。博士とナナも、そんな彼の覚悟を黙って見守っていた。


 そして迎えたライブ当日。会場はかつてないほどに大きな舞台が用意され、観客席には兵士や政府関係者がずらりと並ぶ。殺伐とした空気の中、奏たちホーピーズは半ば強制的にステージへと立たされる形になっていた。

 「……敵国の脅威を訴え、国民を鼓舞するための演奏をせよ」

 政府の役人が後方から睨みを利かせ、周囲には武装した兵士が警戒態勢を敷いている。


 そんな光景に背を向けるように、博士はこっそりナナへ囁いた。

 「準備はできたか? 裏で兵器関連の施設を封鎖し、できるだけ戦闘力を削ぐ。……君の力が必要だ」

 ナナは小さく頷き、ドラムスティックを握りしめている。

 「……うん、わかった。奏が歌ってる間に……私と博士でやる」

 彼女の目には、テフナの死を経て生まれた覚悟の色が宿っていた。


 ステージ袖でそのやり取りを見届けた奏は、「やるしかない」という思いで深呼吸をする。

 博士が舞台裏で兵器を壊す算段を立て、ナナがサポートに回る以上、奏はひとりで時間を稼がなければならない。もし政府に見つかればどうなるかわからない。けれども、自分にしかできないことがある。


 やがて緞帳が上がり、観客の前に現れたのは政府の要人だった。声を張り上げ、まるで威勢の良い軍人のように叫ぶ。

 「さあ、音楽で我が国の偉大さを示すのだ! 敵国を打ち破る気概を見せろ! 民は怒りの声を上げ、血をもって勝利を掴むのだ!」

 会場からは威圧的な拍手が起こる。空気は不穏な熱を帯び、まさに戦争を煽る祭典のようになりかけていた。


 だが、その直後にステージへ出てきた奏の姿は、明らかに違和感を放っていた。ギターを握りしめ、緊張でわずかに肩を震わせながらも、目はまっすぐ前を見据えている。

 「……みなさん、僕たちは……ここで“平和”を願う歌を届けたいと思います」

 「何を言うか、貴様!」

 政府の役人が怒声を上げるが、奏は構わずギターを弾き始める。


 **しん……**と会場が静まり返る。静かなアルペジオから入り、ほんのわずかな音が広がっていく。そこには、テフナが最後まで守ろうとした“音楽”の温もりが宿っていた。


平和への願い──歌詞(3フレーズ)

「**砕けた夢の 破片を拾い集めても

 憎しみに沈む心は癒えない

 だけど 祈りは未来を変えるかもしれない


 手を取り合って 重ねる希望

 戦いのためじゃなく 笑い合うために

 言葉を超えた歌が 道を照らす


 争いの叫びよりも 愛の響きを

 繋いでいこう 消さないように

 平和を願う声が 一つになる**」


 透き通るメロディは戦意高揚とは真逆の、“平和”を訴えるものだった。ステージ袖や客席から「違う曲を歌え!」という怒声が飛ぶが、奏はまるでそれを聞こえないかのように、心を込めて声を張り上げる。

 (テフナ、俺は……最後まで諦めないよ……)


 この隙に、博士とナナは舞台裏へ回り、兵器関連の施設や火薬庫といった“戦力の要”を手際よく破壊していく。博士は「ここをこう切断すれば……動かなくなるはずだ」と呟き、ナナは黙々と走り回って準備を進める。

 「やっぱり私たちも、戦争なんかさせたくない。テフナだって、こんなの望んでない……」

 目を伏せるナナに、博士は小さく微笑んでみせる。

 「うん……さあ、急げ。奏が歌い続けられるのも長くはないはずだ」


 彼らの破壊工作は成功を収め、戦争の準備を大幅に遅らせることに成功する。だが、間もなく異変に気づいた衛兵たちが「何をやっている!」と怒声を上げ、研究所の発明品である工具類を取り上げようと襲いかかる。


 一方ステージ上では、とうとう兵士たちが奏に向かって駆け寄ってきた。政府の役人は激昂し、怒鳴り声を浴びせる。

 「貴様……国に逆らうのか! 死ね!」

 刃が振り下ろされる瞬間、奏はギターを抱いたまま目を閉じる。怖い。それでも最後まで歌を止めたくなかった。


 (だけど……ここで終わるのなら、せめてあの世界での思い出を胸に……)


 その刃が真上に迫ったそのとき――まばゆい光が、奏の足元から弾けるように広がった。視界が一瞬ホワイトアウトし、浮遊感が身体を包んでいく。


 気がつくと、奏は制服姿のまま、元の世界の校庭脇に立っていた。周囲を見回すと、ほんの数時間前までは異世界でライブをしていたはずなのに、こちらでは文化祭の余韻がまだ残っているようだ。

 「……帰ってきた……のか……」

 呟く声は震えていた。手には(いびつ)なギターのストラップが握られている。それは博士が作ってくれた異世界での“楽器”の名残だ。現実離れしているはずだが、これだけは間違いなく現実に存在していた。


 文化祭ステージの近くでは、スタッフや友人が片づけを進めている。あの日の失敗から取り戻せずにいた自分が、今ここにいて――でももう、あのときのような絶望感はない。

 「……逃げるわけにはいかない。音楽は、俺が夢を追うための大事な道なんだ……」


 奏は無意識にステージに向かい、スタッフに声をかける。

 「す、すみません……俺、もう一度だけ歌わせてもらえませんか?」

 驚いたスタッフが困惑するが、奏は一人でステージに上がった。マイクスタンドの高さを変えギターを調整する。胸の奥には、あの異世界での仲間たちの声がこだまする。


 校庭にはまだ人が残っていて、ざわつきながら彼を見守っている。

 (テフナ、博士、ナナ……みんな。あなたたちと奏でた音、俺は絶対に忘れない)

 まぶたを閉じ、あの世界で覚えたメロディを思い出す。深く息を吸い、指をギターの弦に当てて――一音目が校庭に響いた瞬間、周囲はしんと静まった。


 文化祭の失敗なんてもう怖くない。父への劣等感だって、まだ完全に消えたわけじゃない。でも、異世界でテフナが示してくれた“音楽の力”を信じて踏み出そう。

 (俺は、もう迷わない……)


 奏の歌声が校庭を染めていく。前とは違う、確信に満ちた音。思わず足を止める人が増え、胸に手を当てながら聴き入る者もいる。ステージ脇で父・大生が驚いた表情を浮かべているが、奏はそれさえも気にならない。ただ真っすぐに、音を届けたかった。


 ギターの最後のコードをかき鳴らし、静かに声を止めると、校庭に一瞬だけ深い沈黙が落ちる。そして拍手が起こり、人々が笑顔で近づいてくる。

 その光景を見た奏は、目を細めて空を仰いだ。まるで彼方でテフナが微笑んでいるかのように感じられる。博士とナナの姿も、遠い記憶にかすかに重なっている気がした。


 こうして異世界での長い旅は再び自分の世界に戻ってくる形で幕を下ろした。時間はほとんど動いておらず、まるでほんの一瞬の出来事だったかのようにも思える。

 けれど奏は、あの世界で得た経験や仲間たちとの想いが確かに胸に残っていることを知っていた。父へのコンプレックスも、テフナとの別れも、全部ひっくるめて“自分の音楽”の糧に変えていける、そんな力強さが今の彼にはある。


 顔を上げれば、鮮やかな青空。いつかまた、あの世界で出会った人々が笑って暮らしている姿を思い浮かべながら、奏は小さく息を吐いた。

 「ありがとう、みんな……。俺、音楽を続けるよ。どんな壁があっても……」


 校庭に集まった観衆の視線を受け止めながら、奏はギターを高く掲げ、はにかむように微笑む。

 (この世界でも、俺は音を奏で続けるんだ。テフナたちがくれた“音楽の力”を、絶対に無駄にしないから……!)


 こうして彼の第二のステージが静かに始まる。何もかもが戻ったようで、実際は大きく変わっていた。もう、どんな失敗や恐れがあっても、奏は逃げはしない。

 あの異世界で紡がれた歌が、今も確かに彼を支えているのだから。


──(終)


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