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第10話 戦争の足音──揺れる国とバンドの使命

大舞台でのライブは、テフナを失いながらも成功に終わった。観客の心を震わせた演奏は、一躍バンドを国民的存在へと押し上げる。まだ哀しみを抱えたままのメンバーたちではあるが、その音楽が人々の支えになっていることは確かなようだった。


 しかし、賑わいを見せる街の一角には、不穏な噂が絶えない。隣国との停戦が崩れかけているというのだ。もともと物資不足や政治的対立で綱渡りの状況だったが、このままでは再び大規模な戦争が起きるかもしれない。国中が少しずつ落ち着きを失い始めていた。


 ある夕方、研究所の裏手にある小さな庭で、(かなで)はギターを手にぼんやりとしていた。辺りに沈む夕陽がオレンジ色に染まり、風はひんやりと肌を撫でる。そこへ無口なドラム担当のナナが、すうっと現れた。


 「……奏……」

 と、ナナがぽつりと声をかける。珍しく自分から話しかけてきたので、奏は思わず顔を上げる。

 「ナナ……どうしたの? まだドラムの練習?」

 「ううん、今日は……もういい。……テフナ、いなくなって……少し、話したい……」


 そう言いながら、ナナは奏の隣に腰を下ろす。前と変わらず無表情に見えるが、その瞳の奥には沈んだ光が見えた。

 「……テフナ、いなくても……バンド、続ける……?」

 ナナの口調は淡々としているが、その問いかけは鋭く奏の胸を刺す。


 奏はギターをぎゅっと握りしめ、微かにうつむく。

 「正直……わからないよ。テフナがいないステージはやっぱ寂しい。あの歌声があってこそ……って思っちゃうし」

 ナナは小さく息をつくように言う。

 「……でも、奏がテフナの代わりに歌ったライブ……すごかった。私、ドラムしながら涙が出そうになった。……テフナもきっと、喜んでる」

 表情に乏しい彼女が、一生懸命言葉を紡いでいるのが伝わってくる。


 奏は切なげに眉を下げ、それでも微笑もうとした。

 「……ありがとう。俺も、あのときはテフナに届けたくて必死だった。でも、その先が見えなくて……」

 「……戦争の噂も、広がってる……。博士も険しい顔をしてるし……。このまま戦争になったら、どうなるんだろう……」


 風がさらりと吹き抜け、二人の間にしばし沈黙が落ちる。ナナはドラムスティックを大事に握りしめている。そのスティックには、かつて博士が作った刻印がうっすらと残っていた。テフナと博士、ナナと奏──それぞれが出会い、バンドを結成した奇跡が昨日のように蘇る。


 「……でもね、ナナ。俺、テフナの死を無駄にしたくないんだ」

 奏は、そっとギターの弦を鳴らした。ほんの短いメロディが夕暮れの中に染み入る。

 「テフナはあんな体だったのに、最後まで歌い続けてくれた。音楽が生まれて、みんなが笑顔になるのを心から望んでたと思う。……だから、俺は続けたいんだ。バンドも、音楽も……何があっても」

 ナナは微かに目を見開き、うなずく。彼女が言葉を探し出すまで数秒の間が空き、そしてぽつりとつぶやいた。

 「……私も、続けたい。……テフナみたいに上手には歌えないけど、ドラムなら叩けるから……力になれるって、信じてる」


 ギュッと結ばれたナナの唇には、決意の色が浮かぶ。奏はそれを見て、胸に温かいものが込み上げた。悲しみは消えないけれど、仲間との絆が確かにここにある。そう感じるだけで、少しだけ前を向けるような気がした。


 研究所に戻ると、博士が険しい顔で地図を睨んでいた。街の各所から「隣国の兵士が国境付近に集まり始めた」「補給路が封鎖されるのではないか」という情報が飛び交っているらしい。

 「……せっかく音楽が広まって、みんなが元気になりかけていたのに……」

 ナナは悔しそうに唇を噛み、拳を握る。テフナを失った哀しみが癒えないなか、今度は戦争の不穏な気配まで迫ってきている。

 博士は地図を指さして言う。

 「このまま隣国との衝突が再燃すれば、また多くの命が失われる。私が過去に作った兵器が使われる可能性もあるんだ。……どうすれば止められる?」

 いつも軽口を叩く博士の表情は、今は見る影もなく曇っている。奏はその横でギターを抱え、強く拳を握りしめた。


 (テフナの死を無駄にしないためにも、俺たちはここで諦めちゃいけない……)

 「やっぱり……音楽で人々の心を一つにするしかないんじゃないかな。戦いじゃなくて、笑顔を取り戻したいって思っている人は、きっと多いはずだから……」

 そう呟く奏の声は震えているが、どこか熱を帯びている。ナナも博士も黙って耳を傾けている。


 たしかに、音楽が人々をひとつにする力は、この国で既に証明されつつあった。ライブを重ねるごとに笑顔が増え、疲れた心を癒やすメロディが人々の支えになっている。

 テフナが命をかけて遺していった歌――その意思を継ぎ、奏や仲間たちはまだできることがあるはずだ。


 博士は重い沈黙を破るように言った。

 「……戦争を止める明確な方法は見えないけれど、私たちのバンドが少しでも警鐘を鳴らせるならやってみる価値はあるかもしれないな。……そうだろう、奏?」

 「うん。……俺たちが諦めちゃいけない。テフナが命を懸けてくれた音楽だし……どうにか、みんなに想いを伝えたい」

 ナナも静かにうなずく。もはや“バンドの成功”だけが目的ではない。この世界を変えたい、戦争を止めたい――そんな大きな願いが三人の胸にじんわりと根を張り始めていた。


 翌日から博士の研究所には、これまでとは違った緊張感が漂い始める。博士は「万が一のときに備えて装置を色々と準備しておかねばならん」と言い、また謎の発明に取りかかった。ナナは練習を再開しつつ、時折、勇気づけるように奏のギターに合わせてリズムを刻む。


 奏もまた、テフナがいないステージで歌う自分を想像しながら、何かできることはないかと思い悩む。だが、その苦悩はかつて感じていた単なる“自信のなさ”とは違っていた。今は“音楽で人々を救いたい”という強い思いが彼の中で燃えている。

 (もし再び戦争が始まったら、テフナのような犠牲者がもっと増えてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ……!)


 外からは不吉な噂が絶えない。けれど、奏たちは音楽を手放すつもりはなかった。戦争によって多くを失ったこの国で、テフナが最後まで歌い続けた意志を無駄にはできないのだ。


 (やれることは少ないかもしれない。それでも、奏でられる限りの音を──)


 熱い夕陽が染める研究所を見つめながら、奏は静かに拳を握った。ナナと博士の顔にも決意の色が宿っている。停戦が崩れかけている今こそ、“音楽の力”で人々をひとつにしたい。それがテフナへの弔いであり、この世界で自分たちが成すべき使命なのだろう。


 もう一度、みんなが笑顔でいられるように。そう願いながら、三人はそれぞれの思いを胸に、また前へと踏み出していくのだった。


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