泥の人形
剥き出しの生存本能
深く狭い塹壕で、彼女達は、突撃の合図を待った。塹壕の地面は、彼女達自身の大便や小便、そして、雨水で、激しく泥濘んでいる。彼女達は全身汚れながら、銃剣付きの歩兵小銃を構えて待機していた。たくさんの女子兵達が、緊張と恐怖で嘔吐したり失禁したりしている。一人の女子兵が「死にたくない!死にたくない!」と言いながら、突然、カビた泥の着いたパンを貪り食い始めた。
戦争が始まり二年もしないうちに、男が足りなくなった。国は強引に女どもを徴兵し、かき集めた。上は60歳から下は13歳まで。女どもに充てがう軍服がなかったために、取り急ぎ代わりになるものが用意された。女学生用のセーラー服だった。老いも若きも、黒い長袖のセーラー服を着て、裾の位置が膝と足首の中間辺りにある黒いスカートを履いた。両脚を厚めの生地の真っ黒なタイツで、素肌が見えない様に、しっかりと覆った。足には黒いローファーを履いている。セーラー服の襟元に、黒い地の色に横に一本幅が広い赤いラインが入ったネクタイを巻いている。セーラー服の襟には、赤いラインが三本入っており、手首にも赤いラインが二本入っていた。頭を保護するために、カーキ色のブロディヘルメットが支給された。女どもは、それをしっかりと深く被った。彼女達は荷物の全てを、大きなカーキ色の布袋に詰めて、それを身体に斜めに袈裟懸けした。一人一丁ずつ、歩兵小銃が与えられた。
塹壕近くに砲弾が着弾し、激しい轟音とともに、大量の土が女子兵達に降り注ぐ。すると、何人かの女子兵は、「ぎゃーっ!」と泣き叫びながら錯乱してしまった。一人の女子兵が恐怖の余りうずくまり、ガタガタ震えだした。隊長が、その女子兵の胸ぐらを掴み、無理やり立たせ、平手打ちをくらわせた。「怖いのは全員一緒である。」と言い聞かせた。一人の女子兵が、上官に、突撃までの時間を聞いた。「5分後である。」旨を確認すると、突然しゃがみ込み、塹壕の地面に向かって、激しく大便を垂れた。下痢をしており、非常柔らかく、どこまでが泥で、どこまでが大便かが分からないぐらいだ。もう一人の女子兵が、それを見て、笑いながら唾を吐いた。
突撃開始の笛が鳴った。女子兵達が順番に塹壕の壁に掛けられたハシゴを登っていく。もたついている子に「さっさと登れ。」と歳上の女子兵が背中を強く押した。上官が女子兵達に「勇気を出して、元気よく!」と声をかけた。
全員が銃剣付の歩兵小銃を前に突き出して構え、ゆっくりと前進する。敵の塹壕の方角から、機関銃や小銃の弾が、ヒュンヒュンと、嵐の様に飛んでくる。前進する女子兵達の目は、大きく見開いている。ある者は胸を、ある者は腕を、またある者は脚を撃たれ、バタバタ倒れていく。その倒れている仲間を乗り越え、また、死体となった仲間を踏み付けながら、女子兵達は前進する。
ある所まで前進すると、敵の中距離砲の砲弾が着弾し始める。激しい爆音と火炎とともに土が女子兵達に降り注ぐ。砲弾の餌食となった女子兵の身体が粉々になって飛び散る。女子兵達は、その場に腹這いなり、わずかな距離を恐怖で怯えながら、銃を持ちながらも、四つん這いで前進する。
「今だ、いっせい突撃!」と言わんばかりに、上官が手で合図する。すると、残りの女子兵達は立ち上がり、銃を構え、目を見開き、口を大きく開き「やーっ!」と叫びながら全力疾走し始めた。敵の銃弾の嵐と雷鳴が、草より脆い女子兵達を容赦なく貫いていく。バタバタと折り重なり、戦場は死体の海と化していく。取るに足らない使い捨ての消耗品達は、か弱さを隠す様に叫びながら全力疾走した。ある者は泣きながら、ある者はよだれを垂れながら、泥濘んだ戦場の泥の中を、雨水の溜まった穴を越えて、敵の塹壕の手前、鉄条網の森に近づいた。
次々と撃たれる女子兵達は、まるで、風に飛ばされた紙切れが、木の枝に引っかかる様に、鉄条網に倒れ、引っかかり、ぶらんと垂れ下がった。余りに大量の消耗品達がぶら下がったので、鉄条網に突破口ができるほどだった。生き残りは、ぶら下がり、死んでいる仲間を利用して、死体を遮蔽物にしながら、鉄条網の間をすり抜けて行く。
鉄条網の突破口から、女子兵達が、敵の塹壕にいっせいに飛び込んだ。敵も同じ様に女子兵だった。彼女達はもみくちゃになり、銃剣で突いたり、突かれたりした。ある者は胸を、ある者は尻を突かれ、塹壕の中で、敵と味方の区別がつかないほど折り重なり倒れ、転げ回り、のたうち回る。その様は、まるで、肥溜めの中で、蛆虫が、ゆらゆら蠢くようだった。ある女子兵は、死んでいる敵の女子兵を、何度も叫びながら、小銃で殴り続けた。
どれくらいが経過したか分からない。辺りが静まり返る。果てしなく続く死体の海原。血、泥水、汚物…。司令部に敵の陣地を陥としたと連絡が入る。1キロメール前進。幹部達は、「たった1キロか。」と不満を漏らした。司令部が忙しくなる番だった。消費した消耗品や壊れた消耗品を確認する必要がある。誰かが言った。「在庫が足りない、補充するように。」と。そして、また大量の消耗品が、狩り集められる。
生き残った女子兵達は、戦場近くの村にあるキャンプに戻ってよい事になった。傷付いた者は手当てを受けていた。全員が、疲労し、腹を空かせ、ふらふらとしていた。パンが配給された。女子兵達は、パンの山にいっせいに飛び付き、素早く分捕ると、地面に倒れ込み、必死にパンを貪り食った。順番にシャワーを浴びる様に言われた。女子兵達は村人の視線など気にする事なく全裸になり「キャッ!」と言いながら、上官の監視下でシャワーを浴びた。村の地面に泥だらけの人形が落ちている。
お疲れ様でした。