鳥籠
調教・プログラミング
チン。
エレベーターの扉が開く。
私は腕を曲げて手で合図した。
「シタヘマイリマス。」
定めらイントネーションと、定められたトーンで声を発する。私達は、そう訓練されている。
チン。この音。
それは私達にとって「パブロフの犬」の鈴。
チン。反射的に身体が動く。私達には、そうプログラムされている。
お客様は誰も来ない。私はくるりと向きを変え、エレベーターに乗ると扉を閉めた。
この上下に吊るされ、吊り上がり、吊り下がる鳥籠には鏡がある。
私は鏡の中の自分を見つめる。
黄色い鍔広の黒いリボンの巻かれた帽子。白い襟付きの黄色い長袖のワンピース。ワンピースの袖口には白いカフスが着いており、ワンピースの前面の左右には、上から下まで黒いラインが走っている。
腰に巻いた黒い革のベルトが私の身体を捕らえて離そうとしない。
私は白い手袋をはめた手を上げて合図を送る。
「コノカイハ、シンシフクウリバデゴザイマス。」
誰もいない鳥籠の中で、私はテープに録音された音声の様な無機質な声で話した。
私達は、誰かいるいないに関わらず、音声を発する様に調教されている。
背筋をピンと伸ばし、ストッキングと黒いパンプスを履いた脚の左右をきちんと揃える。
私達は笑顔を浮かべる様にプログラミングされている。心で雨が降っていても、表情は笑う様に調教されているのだ。
私達に「違い」は必要なかった。同じ表情、同じ髪型、同じいでたち、同じ動作、そして、同じ声。
エレベーターの壁には、おしゃれなポスターが掲示してあった。そのポスターが、殺風景で機械的なこの鳥籠の中を、色鮮やかに光で照らしていた。
私はチラリとポスターに目をやった。生き生きとした男女。おしゃれな服、自由。
私は鏡の中の自分に聞いてみた。
「ねぇ、本当の私は何処?」
チン。
紳士服売り場だ。
降りる人は誰もいない。乗る人も誰もいない。
それでも私は、インプットされた情報通りに動いた。
扉が閉まり、鳥籠が下へと降りる。
私は意を決してプログラムの命令に、少しだけ叛逆してみた。
首を傾けて下を向く。良く磨かれたパンプスが鈍い光を放っていた。
誰もいないエレベーターの中で、私はプログラムに従い、条件反射の支配に従って、声を発し、身体を動かした。
下を向いた事に罪悪感を感じた。命令に背いた事への罪悪感。
私は思った。
「罪悪感?そうなの?私はまだ人間なんだ。」
完全にロボットになれたら、そんな罪悪感なんて気にもならなかったのに。バカな女。
チン。
「イッカイ、フジンフクウリバデゴザイマス。」
無機質な声、録音テープの音。
降りる人は誰もいない。乗る人も誰もいない。
私は腕を曲げて、白い手袋の手で合図した。
コツン、コツン。パタ。
パンプスが床を打つ。私はくるりと向きを変えて鳥籠に入った。
扉を閉めようとする。
「シタヘマイリマス。」
エレベーターは地下へと沈んで行く。黄色い帽子の鍔が、微かに揺れた。
「ねぇ、私は誰?」
お疲れ様でした。