芋虫
虐め
薄暗い教室で、私はセーラー服の白い襟に着いた小さな墨汁の黒い染みを気にしながら椅子に浅く腰掛けていた。
ふと、擦れて傷だらけの、土汚れのついた黒いローファーの右の片方を脱いだ。
足の親指が黒いタイツを突き破り、ひょこりと顔を出している。
私はため息をついた。三つ編みが乱れ、手が震える。
擦れて傷だらけの、土汚れのついた黒いローファーが、私を嘲笑った。
心の中で一つ、チッ、と舌打ちをした私は、その不様なローファーで、右足の穴の空いたタイツを隠した。
窓の外は午前中までいてくれた太陽はどこかに姿を消し、黒い雪雲が空を覆っている。
私は教科書を、親族のお下がりの黒いひび割れた革の鞄に詰め、帰ろうとした。
すると、何匹かのローファーが私に近付いてきた。
級長と2人の手下だ。
完璧に編まれた三つ編み。メガネのフレームが光り、シワ一つ無い清潔なセーラー服とその白い襟が神々しく見える。
級長の両脚を、一点の汚れも無い黒いタイツが覆い隠している。その黒い脚からは威厳すら感じる。
級長のローファーが静かに床を叩く。傷も汚れもない純粋無垢なローファーが、私をうっとりとさせた。
「ちょっよろしいかしら。」
冷たい声が教室に響き、メガネの奥で嫉妬が光った。
肩に置かれた手が重く冷たい。
手下の背の高い方がニヤリと笑う。鋭い八重歯が「貴方、準備が遅いわね。」と囁く。
手下の背の低い方は、目をそらしながら俯き、私の様に、擦れて傷だらけの、土で汚れた不様な自分のローファーを見つめている。手が震えている。
「向こうで話しましょう。」
級長がそう言うと、背の高い八重歯の娘が、私の白い襟の肩を掴んで校舎の裏へ連れていった。
黒い墨汁の染みが、八重歯の手で隠れた。
裏庭の泥濘んだ地面にローファーが沈み、三つ編みが風に揺れる。
古い井戸が不気味に佇み、冷たい風が黒いタイツを刺した。
級長がメガネを調整し、「あの人とお付き合いするなんて、貴方には100年早くってよ。どういうおつもりかしら?」と冷たく言い放つ。
メガネの奥で嫉妬が燃える。
私は背筋を伸ばし、両脚をぴたりと付けて、何も言わず、ただ俯いていた。両手を後ろに組んで。
私の左右二匹の不様なローファーが、私を嘲笑った。
ぴしゃり。
級長の平手が、私の頬を撃った。鋭い音が静寂を切り裂き、頬が熱く腫れた。
「何とか仰いなさい!」
級長が怒鳴る。
背の低い方が震えながら近づき、怯えた手で平手打ちをした。頬に新たな痛みが走り、「ごめんなさい。」と呟く。
すると今度は八重歯がニヤリと笑い、力強く平手打ちを撃った。八重歯が私の脚を軽く蹴った。彼女の右足の擦れて傷だらけのローファーが私の脚に噛みついたのだ。
「赦さないわ!」
そう金切り声を上げると、級長は、私の肩を掴んで泥に押し倒した。
地面にうずくまる私。3人は順番に私を蹴りはじめた。
3人は自分の右足を私の身体に撃ち込んだ。三匹のローファー達が私に牙を剥いた。
背の低い方の弱々しい蹴り。擦れて傷だらけの、土汚れのついた不様なローファー。
八重歯の力強い一撃。擦れて傷だらけのローファー。
級長の冷酷な足が脇腹に当たる。光沢のある真っ黒な威厳のあるローファー。
3分が途方もなく長く感じられ、体が焼けるような痛みに耐えた。歯を食いしばる。
やがて三匹のローファー達は動きを止める。級長の威厳のあるローファーが、私の顔を押しつぶした。
級長は、私の顔を踏みつけ、「不様なものね。」とニヤリと笑った。
突然、級長が私の胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。セーラー服の白い襟が締め付けられ、三つ編みが顔に張り付く。
「あら、汚れてるじゃない。洗って差し上げるわ。」と冷たく皮肉な声を発した。
メガネの奥で嘲笑が広がり、級長は私を学校近くの古い橋に連れていった。
橋の木製欄干が錆び、冷たい川風が黒いタイツを刺す。橋に来ると、級長が「しっかり身体を洗って、ついでに頭を冷やすといいわ。」と言い放つ。
メガネが冷たく光り、背の低い方が震えながら私の腕を掴み、八重歯がニヤリと笑って背中を押す。
3人は、この世に有ってはならない忌まわしいものを葬り去る様に、3人がかりで欄干から私を突き落とした。
冷たい川風が肺を刺し、水面に到達するその瞬間までの間、私の心は自分の惨めさに涙を流した。
岩にぶつかり、白い襟が水で重くなり、黒いタイツが泥と混ざる。ローファーが川底に沈み、必死にもがいた。
水面に出ようとしたが、橋の上にまだ3人がいるかも知れず、死角になる橋の下から顔を出した。
冷たい水が体を刺し、橋の柱に爪を立てる。
遠くで、背の低い方の「浮いてこない?」という声が聞こえた。
級長が「よろしいじゃないかしら。身投げなんて良くある話よ。」と冷たく言う。八重歯が頷き、3人のローファーの音が遠ざかった。
私は柱にしがみつき、凍えた手で耐え、彼女らが去るのを待った。
3人が去った事に気付いた私は、川の岸まで何とか泳ぎ着き、土手の上まで、まるで芋虫のように四つん這いで這い上がった。
よろけて、土手の窪みに転がり落ちた。
窪みの中でうずくまり、湿った土と落ち葉が体を包む。
白い襟が泥で汚れ、黒いタイツが冷たく貼り付く。
しゃっくりが止まらず、涙が頬を伝った。凍えた手で土を握る。
黒いシワだらけのセーラー服が鉛の様に重い。小さな墨汁の黒い染みのついた白い襟が、私の両肩に伸し掛かっている。
うずくまり、涙を流す私を、両足の、擦れて傷だらけの汚れたローファー二匹が嘲笑った。
雪雲が割れて、光が私を照らした。
私は泣き続けた。
お疲れ様でした。