第89話:上と下の戦い
「どうした、何があったのじゃ!」
開戦の合図を聞いたノアは、誰とでもなく叫んだ。
それに答えられる人物が遠く離れた大講堂にいるはずもなく、誰も彼もが一様に体を硬直させていた。
「ノアさん!」
その時、大講堂に駆け込んできたのは、ティアリスだった。
「ノアさん、寮の方面を巡回していた兵士が、その、殺されましたわ」
「殺された……? 攻撃されたと言うのか?」
ティアは神妙な顔つきで頷いた。
「わたくしも現場は見てませんが、首から上が木っ端微塵、らしいです」
「ふむ……、狙撃、かの? しかしもし狙撃で結界を貫いてくるとなると、……これは面倒なことになった」
本当に、面倒なことになった。
結界があるから篭城戦が出来るのであって、攻撃が徹るんじゃあ話しにならない。
「しかしティア、なぜその情報を手に入れられたのじゃ?」
「わたくしにもそれなりの手はありますわ。まぁネタバレするなら、兵士の一部に連絡用の魔石を持たせておいただけなのですけどね」
もう少し詳しく言えばティアお抱えの私兵で、学園に紛れ込ませていた者達であるのだが、そこは伏せておく。
「なるほど。じゃがそういうのは早めに教えてくれると助かるんじゃが」
「申し訳ありませんでしたわ。わたくしもこれは緊急用でしたので、極力は使いたくありませんでしたの」
その言葉を聞いて、ある程度ティアが渡していた魔石の用途に気が付くノアであるが、本当に緊急用であるのには違いないだろうとその言葉を流すことにした。
とりあえず今は迎撃しなければならない。そして、相手の攻撃手段の解明を急がなければ。
「ティアはルーリィを召喚してここで生徒たちを守るのじゃ。……まぁ皇族に頼むことではなかろうがな」
「承りましたわ。生徒たちは予備の魔石に魔力を充填する作業に入ればいいのですね?」
「うむ」
そう、戦えない生徒は魔力を受け渡すことで、他の人の戦力増強に役立ってもらっている。少し嫌な扱い方ではあるが、死ぬよりはマシだろう。
それはまぁおいといて、とノアは思考を変える。
「アンネは――」
「なんですか?」
アンネを呼ぶと、忍者か何かのように隣にいた。気配はなかった。
しかしノアはやはり、それに突っ込みを入れることなく話を続けるという選択肢を取った。
「……対外的なことはおぬしに任せるが、良いか?」
「了解しました。私はそちらの指揮をとりますね」
「逆に内部情報に関してはティアに任せるぞ」
「併せて了解ですわ。何か動きがあればすぐ知らせます。その時用にこれを持っていてくださいな」
ティアから差し出された手に反射的に手を伸ばすと、コロンと黒っぽい色の魔石を渡された。
「連絡用の魔石ですわ。まぁ魔力がなくなればただの石ですので、使えても一日くらいでしょうけどね」
「ふむ、十分じゃ」
その石を片手で軽く弄んでから、ポケットに入れた。
「ただし!」
「んむ?」
突然ティアが少し声を張ってノアに言い放った。
「言っておきますが、わたくしは見返り無しに善行をするほどお人よしではありません。この一件が無事に終われば対価を支払っていただきますわ」
その一言に、むしろノアは好感を覚えた。
もちろんティアのことは信用しているが、それでも付き合いは短い。心配も信用もしているが、信頼はしていないのだ。
だからこそ対価を払い助けを求めるのは、ある意味何よりも信頼できる関係なのである。
「いやティアリスさん……学園の危機に対価を求めるのは如何なものと思うのですが……」
「よいよいアンネ。ティアは現状を正しく把握しておるだけじゃよ。……してティアよ、それはまた後ほど聞くということでよいか? 働きに応じたものを用意出来るよう努力しよう」
「ありがとうございますわ」
アンネは少し瞑目して、ある程度納得したのか、ひとつ頷いた。
「それで、ノアさんはどうするんですか?」
「うむ、わらわは、そうじゃのう……」
ノアはアンネの様子に少し笑みを漏らし、中空に視線を彷徨わせてからこう言った。
「害虫退治、かの」
◆フォレスティン学園・地下◆
ピチャン………
ピチャン………
薄暗い通路に、二つの足音が響く。
ここは学園の地下にあたる部分だ。もちろん生徒が知る部分などではなく、宝物庫の一番のさらに積み上げられた荷物の下、そこに巧妙にカモフラージュされた地下への入り口があった。
なぜ宝物庫があるのかというと、それは少しギルドとの関係性があるからだ。ギルドにはユーリとレイが受けたような拠点破壊や、古代に造られたか魔獣の住処かのダンジョンのマップ製作などの依頼がある。そこで見つけたものは基本的に見つけた者の物なのだが、それに対してギルドでは買い取りを行っているのだ。
そういった宝や武器などの素材になるものの買い取りはギルドの役目なので問題ないのだが、問題はその買い取ったモノが国の重要機密だったり国宝であったりする場合だ。ハンターたちはそういったきな臭いものは積極的にギルドへ売っているし、それをギルドも奨励している。しかし、ではその問題のブツはどうするのか。
そこでそれを蓄える場所として挙げられたのが、フォレスティン学園だ。
木を隠すには森、とでも言わんばかりに、多種多様の人材が眠る学園の宝物庫に、それを保管することにしたのだった。
もちろん学園はそのことを隠しているし、知っているのは学園長とギルドマスターぐらいだ。しかしそのリスクは計り知れないものがある。何とっても見るものが見れば、それは宝の山にも爆弾の山にもなるものばかりだからだ。
しかし今、そんなものあったっけと言わんばかりにスルーした二人は、色々反則しながらここまで辿り着いていた。
もちろん許可など取っていない。
「しっかしさー、ホントに何かあるのかしらね?」
「どうだろう……。でも確かに何かありそうな気はするよ」
「むしろ何もないといいんだけどね」
くすりと女性は苦笑した。
ここにいるのは、リナリア、そしてレイの二人だった。この二人はノアに言われ、とあることを確認しに別行動中である。
「にしても寒いわね。光じゃなくて火にできない?」
「出来るよ。ただそうすると光が斑になって見えにくくなるけどね」
ここは地下であるため、気温が著しく低い。そして通路は三人横並びでなんとか通れる程度の幅しかなく、通路自体は石で出来ているため歩く分には問題ないのだが、長年放置されていたためかたまに壁や天井の石がはがれかけていて、そこから地下水がポタポタと落ちているという、なんとも気分が悪くなる様相を見せていた。
しかも整備されていないということは虫やトカゲみたいなものもいたりと、女性には特に居心地は決してよくないと言える場所であろう。
しかし。
「あ、虫」
「蜘蛛の巣多いねぇ」
まるで気にしない狐と龍のコンビであった。
「なんか独自の進化してるね。随分と閉鎖されていたようだし」
「そうみたいね。それこそ千年単位で閉鎖されてたんじゃない? 変な進化してるんだしさ」
先ほど彼らが見た蜘蛛は、色は白っぽい透明で、八本の足の他に触手みたいなものが何本か生えていた。大きさは小さく全長でも五センチ程度だからいいものの、これが大きかったらちょっと戦闘になっていたかもしれない。
そもそも地下は食糧となるものが少ないため、肥大化することはまずありえないだろう話ではある。
「あ、トカゲもどき」
「僕は龍だし親近感が湧くかとも思ったんだけど、流石に足のないトカゲはどうだろう」
「そして私はなんでコレをトカゲと判断したんだろう」
二人して頭を傾げてしまった。
つまり普通のトカゲサイズで色は白。手で這いながら蛇のように体をくねらせ進んでいる。なんにせよ、見たことのない種だった。
そして、どうやら光のない地下で進化した生物は色が白くなることが判明したが、二人にはどうでも良かった。
「やっぱ空気が違うわね、地下は」
「そうだね。そういえば凄い風袋ではあるけれど、ここにいる生物は瘴気を帯びていないね」
「そうね。魔物化はしてないものね」
見ない姿かたちではあるが、結局瘴気にさらされていなければ魔物化はしないのである。これはこれで一つの進化というわけだ。
「……道が開けた? あ、階段ね」
「そうだねぇ。底が見えないほどの螺旋階段とはまた、この学園は一体何を隠しているのやら」
「師匠に言われたから来たけどさ、たぶん師匠のことだからある程度の予想は出来てるんだと思うよ」
ノアに言われたのは、学園がおそらく地下に隠しているだろう何かを確認すること。
注意したいのは確認することが目的であり、それの持ち帰りや破壊等はしないよう厳命されている。
「さぁて、ここからが本番ね。私達も頑張るわよー」
「おー」
そう言って二人は足元を確認しながらも、一歩一歩階段を降りていった。
――ジャリッ
背後から迫り来る影に気付かないまま。




