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猫神ランドループ  作者: 黒色猫@芍薬牡丹
第五章 魔物襲来
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閑話06:五日目の観察

 俺はグレイシティス王国フォルステトーレ公爵家、デュエピー・グランシア・フォルステトーレだ。

 二日ほど前に、魔物に襲われているという事実と今まで経験したことのない大人数での寝食というストレスから、ちょっと感情が爆発してしまった、未熟者だ。公爵家を継ぐものとして、もっと器の大きな人間になれと日頃から父上に言われているのに、この結果だ。流石に俺も顔が赤くなると言うもの。

 しかしそれも、ノアという亜人のような少女に諭され、公爵どころか王家のあのリラックスした態度を見て、俺は完全に冷静を取り戻した。


 しかし昨日、ついに恐れていたことが起こった。


 ―――学園結界の破壊。


 それにより学園は一転、恐怖に見舞われ、みな恐慌状態に陥った。

 魔物が周囲を覆っているためか、昼間なのに薄暗く、異臭もする。これが魔物の臭いなんだろうかと考えた瞬間、吐き気がした。

 ……しかし、それでも世界には救いがある。

 これはやばいんじゃないかって時に、外で大きな爆裂音が聞こえてきたのだ。それこそ耳がおかしくなるんじゃないかってくらいの。そして、それと同時に地面が揺れたのだ。俺は魔物の攻撃なんだろうかと思って絶望したのだけど、どうやら違ったらしい。

 爆音がやんだあと俺たちのいる大講堂に現れたのは、エメラルド色の髪をした優男と、亜人と思われる尻尾が九つある狐娘。そして、あろうことかレモン色の髪を揺らして現れた、アンネルベル・クレスミスト第一王女様だったのだ。

 あれにはびびった。

 なによりびびったのは、例のノアって子が彼ら三人の頭を殴り、説教かましていたからだ。

 たぶんこのノア。亜人とか人間だとか、そんなちゃちなもんじゃ断じてねぇ。もっとおそろしいものの片鱗を見た気がするぜ……。

 とにかく魔物の襲来が一時止んだ学園内を、少し見て回って見たいと思う。



 ◆ローレル◆


 お手洗いに行こうと廊下を歩いていると、曲がり角の先で話し声が聞こえてきた。


「……困ったことになったな。ここではユーリを待つのが得策か……まぁそれを待たずに回避できるのが最高ではあるんだが」

「ええ。ここで我々が出しゃばるのはあまり上策とは言えません。ユーリ様に限らず、クレスミスト勢が治めてくれると良いのですが……」


 どうやらティアリス皇女殿下の護衛の……なんだっけ、ローレル? そんな感じの名前のヤツと、学園の兵士が話し込んでいるようだった。

 ユーリと言えばアンネルベル皇女殿下の護衛として急に現れた男だったはずだ。俺たち学生の間ではアンネルベル様と恋仲なんじゃないかとか噂があったのだが、どうやらそうでもないらしい。ノアとリナリアという従者みたいなのを連れていて、それでアンネルベル様と恋仲になるというのは、流石に想像し難いものがあるのだ。

 まぁそれは置いておいて。


「いつか魔物が襲ってくるとは思ったが……、いささか早かったな」

「それだけ相手も焦っている、ということでしょうか」

「分からん。しかしせめてティアが卒業してからであれば良かったのにな」

「そうですね……。しかしそうすれば今のように関わることは出来なかったかもしれませんよ?」

「そこなんだよなぁ。アリかナシかで言えば、ティアには悪いがアリなんだよな」

「んー……、それよりいいのですか?」

「何がだ?」

「聞かれています」


 拙い、バレてる!?


「構わねぇよ。これだけ聞いて分かるような気配じゃない」

「そうですか。それでは私はこれで」

「ん」


 そこまで聞いて、俺はその場を静かに引き返した。


「や」

「うごおおおおおえええええええ!?」


 が、振り向いた途端、目の前にローレルがいた。


「いやいや、聞かれちゃったねぇ?」

「え、あ、え、ぅえ!?」


 いやなんで? さっきまで結構距離が開いてたよな?


「このことは内緒にしておいてね。じゃないと、―――」


 刹那、目の前から心臓を一突きにされ、それと同時に首にいつの間にか細い糸がかけられていたのがキュッと締まり、声も出せずに激痛とともに意識が薄れていく……という錯覚をおこした。


 ―――幻覚。


「はぁッ、はぁッ、はぁッ、」


 短い呼吸を繰り返しながら、自分の体を確認する。……大丈夫だ。心臓には何も刺さっていないし、首にも何もかけられていない。

 いつの間にか額には汗が浮かんでいた。


「―――こうなるから」


 ふいに静まり返った廊下に響いた声。さっきまでの余韻を残した、酷く無機質で無感情な声だった。


「分かったら首を縦に振れ」


 その言葉に、無意識に言われた通りにする。


「よし。覚えとけ」


 そう言うと、ローレルはそのまま歩き去っていった。

 俺はというと壁を背に、下に座り込んでしまった。なんなんだよあれは。


「たかが学園に、なんつーもんが潜んでやがるんだ……」


 誰とでもなく呟く。


「あの、大丈夫ですか?」


 そのとき、座り込んだ俺の頭上から、誰かが話しかけてきた。


「ああ、だいじょ……」

『セラー、こんなのほっとこうよー』

「いえ、そういうわけには……」


 セラフィム王女殿下と、天使だった。



 ◆セラフィム◆


「セ、セラフィム王女殿下!?」

「はい、こんにちは。座り込んでいますけど大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です!!」


 俺は一も二もなく素早く立ち上がる。


「そうですか? 良ければどなたか呼んでまいりますが……」

「いえ、問題ありません!」


 そんなこと恐れ多くてできません。


「ああ、そうでした。つかぬ事をお聞きしますが、妹を見かけませんでしたか?」

「妹……ルチアーナ様ですか? 大講堂にいるときしか見かけませんでしたが……」

「そうですか。どこいったんでしょうか……っと、ありがとうございました」

「いえ、お力になれず申し訳ありません」

「いえいえ、貴方のせいではありませんので」


 セラフィム様はいつでも礼儀正しい人だ。どこかお堅い感じがして、初対面ではありありと心の壁を築かれているんじゃないかと誤解する人もいる。しかし、これはもう癖のようなものなんだろうと、学園に通う生徒たち……主にセラフィム様親衛隊の人たちは理解している。

 実際、俺も話してみてそんなに壁を感じていない。まぁこれも勘違いなのかもしれないが。

 だから、といってはなんだけど、


『セラー、だから言ったじゃない。こんなやつが知ってるわけないって』


 こんな口の悪い天使と一緒にいるのが、ちょっと違和感だ。

 そもそも天使ってオイ。三対六枚の翼があるんだけど、これってたしか高位の天使じゃなかったっけ。


「だめですよフィーさん。そんなことを言っては」

『でもさぁ、』

「フィーさん?」

『ッ!? ……ごめん』

「はい、よろしい」


 天使より上手のセラフィム様もどうかと思う。


「セラフィム様、こちらの方はどなたでしょうか……?」

「ああ、フィーさんは私の……なんでしょう?」

『うーん……友達でいいんじゃない?』

「では友達で」


 なんだか疑問が増えた気がするけど、無視しよう。


「本当は私の守護天使、みたいな感じなんでしょうけどね」

『それだと強制って感じがするじゃない? 私は結構好きで一緒にいるんだしねー』

「わっ」


 そう言ってフィーと名乗る天使はセラフィム様に抱きついた。セラフィム様も驚かれはしたものの、苦笑でそれを受け入れているところから頻繁にあることなんだろうと予想できる。

 仲いいんだなぁ。羨ましい。


「では私たちはこれで失礼しますね」

「あ、はい。ルチアーナ様は見つけ次第、セラフィム様がお探しの旨を伝えてとりあえず大講堂へ向かっていただくようお願いしておきます」

「ありがとうございます。それでは失礼しますね」

『じゃーねー』


 そういうと、地面から浮いているフィーさんを背中に張り付かせつつ、セラフィム様は去っていった。セラフィム様は細いお体をされているので、フィーさんの体重はほとんどゼロなんだろう。じゃないと潰れそうだ。本当の意味で箸より重いものを持ったことがなさそうだもんなぁ、あのお姫様は。


「んー、うん?」


 そのとき、廊下の奥のほうからドドドドドドという誰かが駆ける音が響いた。

 誰だろうと目を凝らすと、それは元アンネルベル様護衛、現セラフィム様護衛のスィード様だった。



 ◆スィード◆


「クソッ……、あ、そこの少年!」

「あ、はい?」


 スィード様が話しかけてきた。

 俺がスィード様と呼ぶのは、この人がおそらく騎士を目指す人全ての憧れで、俺もその一人だからだ。

 なんといっても、クレスミスト王国近衛騎士隊隊長である。騎士隊の中でも精鋭を集めた近衛騎士の中で、さらにその総指揮を任される人物。武器は主に剣を使うが、基本的にどんな武器でも並以上に扱えるらしい。その上魔法に関しても王族に迫る量を持っており、それを扱う術にも長けている。

 にもかかわらず、だ。それを自慢しないし慢心しない。民を想う王族のためだけにその剣を振るうその姿は、やはり騎士を目指す人にとっては目指すべき目標であり夢であり、憧れなのだ。

 スィード様はアンネルベル様の護衛だったのだが、最近さっき出てきたユーリってやつにお株を奪われて、現在は第二王女セラフィム様の護衛となっている。それでもあまりある光栄ではあるのだけど、俺個人としてはユーリにいい感情は持てない。いくら特別近衛騎士であろうと、それは譲れないところだ。


「どうされました?」

「少年、セラフィム様を見かけなかったか?」


 どうやらセラフィム様を探しているようだ。


「ああ、それならついさっきあっちに歩いていきましたよ。フィーさんって天使と一緒に」

「フィーが出てきているのか!? 面倒だなぁ……まぁ仕方ないか。ありがとう、それじゃ!」


 そう言うと、スィード様はセラフィム様が向かった方向に駆け足で向かっていった。

 確かに護衛なのに対象から離れるのはいただけないんだろうけど、セラフィム様も見た感じ自分でうろちょろしそうな感じがする。とても失礼なこと考えてるけども。それにフィーさんもいたし、護衛としては問題ないのかもしれない。

 まぁ天使というのは珍しいが、一年に一度見るか見ないか程度の頻度では見る。……三対六枚の翼を持つ天使は初めて見たけど、あれはどうなんだろうな。

 考えても無駄か。

 そういえば俺はお手洗いに行く途中だったっけ。当初の予定を思い出し、すぐに用事を済ます。大講堂から地味に遠いのが嫌な感じだ。


「さぁてと、これからどうすっかなぁ」


 用事が済めばすぐ大講堂へ戻るよう言われてはいるのだが、それでは気分が落ち込んでしまう。

 ならばちょっと外が見える場所に移動したい。少しくらいならいいだろう。そう思い、俺は上へと伸びる階段へ向かった。



 ◆レイネスティア + ルチアーナ◆


 階段近くまで行くと、レイネスティアという名前のヤツに出会った。しかし彼は、今、なぜか全力でこちらへ走って来ている。

 理由は分からない。


「撒いたか……?」

「まいたねー」


 何かに追われているようだ。こちらに一向に気付く様子がない。

 そういえばこいつはルチアーナ様の護衛だったはずだ。こいつもこいつで護衛とはいえルチアーナ様を背負ったまま全力ダッシュって何やってるんだ。

 ……って、ちょっと待て。こいつ……龍人じゃなかったか?


「そこの少年」

「そこのしょーねん!」

「は、はい!」


 龍人からの恐れで、体を直立不動にして応えてしまう。王族に対しては畏れだが、龍人に対しては恐れである。そこに尊敬の念は基本的にはない。


「ん? ああ、そんなに怯えないでくれ。それはそうとアンネルベル殿は見たか?」

「あ、いえ、見てませんが……」

「む、そうか。ノア殿はどうだ?」

「あ、そちらも見てませんね」

「そうか、良かった。それは良かった。うん」

「よかったねー、レイ」


 何があったんだろう。よくは分からないけど、たぶんノアさんに追いかけられているんだろう。もしかするとアンネルベル様にも追いかけられているのかもしれない。でも昨日ノアさんから怒られていた感じからすると、どちらかと言うとアンネルベル様も追いかけられている側なのかもしれない。


「それじゃ、僕はもう行くから。じゃね!」

「あ、待ってください」

「どうかした?」

「いえ、あの、ルチアーナ様」

「なーに?」

「セラフィム様がお探しでしたよ。見つかり次第大講堂で待っていただくようにと言われておられましたが」

「姉様が? うーん……レイ、どうしよ?」

「んー……こればっかりは仕方ないね。戻ろうか」


 龍人がそう言うと、ルチアーナ様は少し困ったような顔をした。


「でもそれだとレイが……」

「いやまぁあれは僕が悪かったのだし、いや悪くないのかもしれないけど、それでも原因の一端は担ってるからね。さあさ、戻って大人しく怒られますか」

「ごめんね、レイ」

「いやいや、気にしないでってば。さ、行くよー」


 完全に置いてけぼりである。


「あ、少年。言伝ありがとね。確かに承った」


 それだけ言うと、レイネスティアという龍人はルチアーナ様をおぶったまま走り去っていった。何なんだったんだろう。


 それから俺は階段を上がりテラスへと足を運んだのだが、またしてもそこで出会いが待っていた。


「蹴散らしたといっても、やはり魔物は多いですね」

「……そうですわね」


 アンネルベル第一王女殿下と、ティアリス第二皇女殿下だ。



 ◆アンネルベル + ティアリス◆


 話し声が聞こえたので、俺はとりあえず聞き耳を立てることにした。


「なんでこんな場所を魔物は狙ってくるんでしょうか」

「そうですわね……普通でしたらクレスミスト王国やリンディア帝国、その間のアーノルディ聖国なんかを狙うはずですのに」

「ですよねー」


 ……世界最大級の国家にして敵対国の姫同士が、学園のテラスで重大なことを軽い口調で立ったまま言い合っている。このちぐはぐっぷりは、どう表現していいかさえ分からない。まさに、なんとも言えない空気、である。


「まぁ理由らしきものは二つほど簡単なのがありますけどね」

「ですわね。さて、どちらかしらね」


 理由が二つのどちらか? それって一体……。


「でも学園に何か秘密が、ってのはちょっと突飛過ぎな気もしますわ」

「そうですね。でも学園に重要人物がいるって言うのもそれはそれで、って感じはありますけどね」

「結局どちらも決定打には欠けますわね……」

「難しい問題です」


 どうやらその二つとは、そういうことらしい。


「まぁ今は魔物を一掃することが重要課題ですわ」

「うっ……嫌なこと思い出させないでください……」

「……嫌なことって……ノアさんに怒られたことですの?」

「はい……。だって昨日も怒られたのに、今日も怒られたんですよ?」

「それはそうでしょうに。だって貴女、魔力ほとんど使い切ったんですって?」


 ……それはとてもヤバイ状況なんじゃ?


「いや、でも二日くらいで全快するんで問題はないんですよ? それなのにノアさんったらねちねちと……」

「あ、ノアさんですわ」

「ごめんなさいッ!?」

「嘘ですわ」

「………」


 ちょこっと覗き見してみたところ、アンネルベル様はブチッといっちゃってる感じがした。


「ルドラ」

『どうしたんです?』


 アンネルベル様が何かを呼ぶと、すぐ隣に酷く長身の女性が現れた。多分さっきの龍人よりも高いんじゃないだろうか。それよりもどこから現れたんだ彼女は。


「彼のものを亡き者に」

『……? ああ、なるほど。委細承知しました』

「ちょっと、ルドラはやりすぎではなくて!?」

「私を馬鹿にした恨みは凄いんです!」


 怒った拍子なのか、ちょっとアンネルベル様が幼くなった感じがした。


「くッ! ルーリィ!」

『ブルルル』


 ティアリス様も何かを呼ぶと、翼の生えた馬が現れた。ルーリィって言うのか、アレ。見たことがあると思ったら、ルーリィはティアリス様の使い魔だ。そしてそこの長身女性はアンネルベル様の使い魔だ。人間にしか見えないけど、使い魔だったはずだ。


「ルーリィ、私を守って!」

『ブルルル』

「無理言うなですって!? なんでよ!!」

『ブルル』

「いや確かに相手は神ですけど、それでも主人を守ろうというのが使い魔ではなくて!?」

『……ブル』

「酷い!?」


 何を言っているのかは分からないけど、随分と楽しそうに話している。

 それを見てアンネルベル様は楽しそうにしているし、長身女性使い魔は手を出す気配もなくにこにこと成り行きを見守っている。

 ああ、これを含めての『委細承知』だったのか。優れ過ぎた使い魔だ。


「ティアリスさーん?」

「なんですの!? 今わたくしは忙しくてよ! 今日こそはこの馬畜生に上下の格というものを分からせてやるのですわ!!」

『ブルルルー』

「いい度胸ですわ! 表へ出なさい!!」

「二人ともうるさいってば。ルドラ、やっておしまい」

『あらほらさっさー』

「ちょ、ま、キャアアアアアアア!?」

『ッ!?』


 ああ……、長身の……ルドラだっけ、彼女が手を上に向けると、どこからともなく大量の水が……。

 

「頭冷やしてください」

「はい……」


 どうでもいいけどこれって外交問題とかにはならないのかな。

 とりあえずびしょ濡れで地面に突っ伏しているティアリス様が、とても哀れに見えた。ルーリィの方は水浴び気分だったのか、体を軽く震わせる程度にしている。

 そういえばアンネルベル様は水の魔法がお得意だったなー、と考えにふける。


「さて、服も濡れた事ですし、一度大講堂に帰りましょうか」

「だ、誰のせいで―――ッ!」

「何か?」

「………なんでもないですわ」


 ……哀れだ…………。

 っと、ここにいたらまた鉢合わせになっちゃうな。別に隠れる必要はないんだけど、ちょっと隠れ見ていたことに引け目を感じる。


「先に大講堂に行くか」


 元々の目的である気分も、ある意味では晴れたことだし。

 そう呟くと、俺は少しばかり早足で階段を下りていった。



 ◆ノア + リナリア + ◆


「で、リナリアも魔力はほとんど使い果たした、でいいんじゃな?」

「うん……、その通りよ」


 大講堂へ帰ると、多くの生徒や教職員たちがひしめいていたが、その一番奥。大きな窓があるその下で、彼女たちは椅子に座って言葉を交し合っていた。


「どれくらいで全快するか分かるか?」

「多分二日くらい。それが最速だと思う」


 それを聞いたノアさんは、少しばかりのため息をついた。


「まぁ過ぎたことじゃからもうよい。次の一手を考えるぞ」

「……うん」


 どうやら何かしらでリナリアさんは怒られていたらしい。きっとおそらく昨日の続きみたいなものなんだろうけど、リナリアさんたちは魔物を一掃してくれて、どちらかと言えば感謝すべき対象なのではないかと疑問になる。現に、生徒らなどから手厚い感謝を述べられていたはずだ。

 しかしそれは、どうやらノアさんにとっては想定外の出来事だったらしい。


「一旦魔物の侵攻は収まるじゃろう。しかしそれも短い間じゃろうな。全て引き上げてから再度侵攻となると、リスクが高すぎる。となれば次の侵攻は、おそらく三日以内、といったところじゃろうか」

「そんなに早く来るの?」

「ただの予想じゃよ。魔物はほぼ確実に、その行動を誰かに支配されとる。完全支配ではないじゃろうがな。その術式は簡単なものではない。ならばなるべく早く攻略してしまうのが吉じゃろう」

「やっぱりそうなんだ。魔物の動きが統制取れすぎてたもんね」


 なにやら難しい話が聞こえてくるが、あまり理解できない。

 そういえば、ノアさんってユーリの使い魔なんだっけ。アンネルベル様といいユーリといい、見たこともない使い魔を召喚していたが、それもアンネルベル様の護衛にユーリが選ばれた要因にもなっているのだろうか。……それはないか。

 リナリアという亜人にしたって、後から気付いたけど首に蒼い首輪をしている。あれは確か奴隷契約の首輪。あれによってユーリのリナリアに対する所有権が発生し、リナリアはユーリの権利の一部を共有することが出来る。しかしそれは同時にユーリにとって危険なのだが……それさえ問題ないほどに信頼し合っている、ということなんだろう。その点は、ちょっと羨ましい。


「それに学園に何かあるってのは……どうなんだろ」

「ふむ。それについてちょっとリナリアにお願いしたいことがあるのじゃが」

「え、なになに?」

「あのじゃな、―――……」


 あ、ひそひそ話になったから何言ってるか分からないや。ま、いいんだけど。

 なんて考えていると、急にガシッと首に腕をかけられた。


「いてっ!」

「よーう、少年」

「ロ、ローレルさん!?」


 奴がいた。


「誰にも話してないだろーなぁ?」

「ももももちろんです!」

「よーぅし、そのまま墓まで持っていけよ? ま、誰かに喋っちまったらオレ直々に墓に入れてやるけどな」


 うう……苦手だこの人。ともかく、あのことは全て忘れよう。それがいい。


「ちょっとローレル? 何かつあげしてるんですの? それより私の着替えをとってきてちょうだい」

「あれ、どうしたよ姫様。水も滴るいい女まがいになってんじゃん」

「まがいって何ですの!? どこからどう見てもいい女でしょうに!」

「寝言は寝て言え」

「なぁんですってぇー!?」


 大講堂に入ってきて速攻で口喧嘩を始めるリンディア帝国の姫と護衛。しかもすげぇ低レベルだ……。


「ほらほらティアリスさん、先に着替えましょう。風邪引きますよ」

「ぐっ……仕方ないですわね」


 いつの間にか着替えを手にしたアンネルベル様になだめられるティアリス様。なんだろう。ティアリス様って、基本的に弄られる側なのかな?


「すいませんね、アンネルベル様。うちのじゃじゃ馬が」


 いつの間にか首に回していた腕をどけ、アンネルベル様に頭を下げるローレルさん。こうしてみるとそれなりの美男子なんだけどなぁ。


「いえいえ、いいですよこれくらい」

「ところでオレと付き合ってください」

「世界が終わるとしてもそれだけは拒否します」

「そうですか、残念です」


 ……いいんだ。納得しちゃうんだ、それで。

 ローレルさんは結構心の強い人なんだと確信した。もし俺がそんなこと言われたら、おそらく十日はへこむ。


「そういえば、」


 と、ふいにアンネルベル様が声を上げた。


「妹たちはどこへ行ったんでしょう?」


 その声に応えるかのように、騒がしい一団が大講堂に入ってくるのが見えた。


「流石スィードだね」

「よしてくださいよレイさん。それに、あれくらい出来ないと近衛騎士隊隊長は勤まりませんし」

「いえいえ、流石スィードさんでした。最後のフィーさんの雷を避けての鳩尾への一撃は見事でしたよ」

「スィードかっこいー!」

「セラフィム様にルチアーナ様まで……お褒めに預かり光栄です」


 レイネスティアさんとスィード様、そしてセラフィム様とルチアーナ様だ。どうやら合流できたらしい。良かった良かった。

 しかしその声を聞いて不審げな顔になるアンネルベル様とティアリス様。


「スィード、何してきたんですか?」

「ア、アンネルベル様……ッ」

「答えなさい」

「あ、いえ……フィーと軽い稽古を……」

「本当に稽古ですね?」

「はい、もちろんです」

「……ルチア?」

「けっとー!」

「スィード?」

「すいませんでした!」


 展開はえー!

 てかフィーってあの天使? って、もしかしてさっきの会話からすると、スィード様は天使と戦って勝ってきたってこと!?


「で、正直に何してきたんですか?」

「いえ……またフィーのやつがセラフィム様の護衛はあたし一人で充分だーなどとおっしゃられたので」

「叩きのめしたと」

「はい……、あ、もちろんお互いに枷を付けて戦ったのでもうフィーも私も全快しております。まぁフィーは拗ねてしまって出てこないでしょうけど」

「はぁ……あまり危ないことはしないでくださいね。ただでさえこんな時なんですから」


 その言葉にスィード様は苦笑する。


「申し訳ありません。ただ大きな声では言えませんが、これもある意味息抜きの一つになればと思いまして」

「どういうことですか?」

「いえ、我々の戦いを生徒たちに見せ、それでストレス解消を狙ったのですよ」


 こそっとアンネルベル様に耳打ちするスィード様。その場所がオレのいる場所と近かったので、その話は俺に丸聞こえになってしまった。

 なるほど、それはまた高度なことを。


「んー、まぁいいです。でもこれからは何かする時はまず私に一声かけてくださいね」

「はい、承知いたしました」


 そう言って笑いあう主人と従者。

 その関係は、第三者から見ていても信頼に満ちた美しいものだと思わされた。


「それはわらわにも教えておいて欲しかったなぁ。のう、スィードぉ?」


 そして最強ノアさんが黒いオーラを纏い、スィードの背後にいつの間にか立っていた。

 いつの間にか。本当にいつの間にか立っていた。


「ノ、ノアさん!?」

「のぅ、わらわはな、ユーリからの魔力供給が途切れたおかげで髪の毛も短くなってしもうたし、これ以上魔術を使うと消滅の恐れさえある身じゃ。じゃから戦力にならずとも参謀の役目くらいは果たそうとこうして日がな一日作戦を立ててな? 相手の行動を予測し、推察し、精査し、こちらの戦力、特色、得意不得意、他の国家の動き、軍の動き、その他いろいろあるが、そんなものをいちいち考えてどういった作戦行動を起せばこの現状を打開できるかって考えておるんじゃよ。じゃから昨日そこの三馬鹿が魔力を消費しまくったのがあって予想を大きく変更しなくてはならなくなったのじゃよ。その三人がおれば問題なかったのに使い物にならなくなったからそこに兵士を配備して、そのせいで薄くなった警備に休憩中の兵士を呼び出し、その摩擦や不満なんかもわらわがなんとかしておるのじゃぞ? スィードは結果的に問題なかったからいいものの、これで怪我するようなことがあればちょっと説教しておったところじゃぞ?」


 ……ず、随分と不満がたまっておられるようだ………。どうやらストレス解消しないといけないのは生徒ではなく、ノアさんだったようだ。

 しかし、……スィードさんのあんな表情、初めて見たなぁ。


「あ、あ、あの……」

「じゃからな、スィード? 今後このようなことがないように、わらわは貴様に教え込まないといけない、そう思うのじゃ」


 ついに呼び方が貴様になった。


「じゃから、これは仕方のないことなのじゃ。世界の意思なのじゃ。不可避の摂理なのじゃ」

「ちょ、ちょっと、ま、」


 ちょいちょい。

 肩がつつかれる。なんだろうと振り返ると、リナリアがいた。


「へい少年。危ないから下がってたほうがいいわよ」

「あ、ああ、ありがとう……」


 亜人に普通に対応してしまったことに疑問をはさむ余地は、なかった。


「じゃからぁ……」

「あ……」

「これはぁ………」

「ああああ………ッ」

「天誅なのじゃぁぁぁあああああああああ!!!」

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」


 その日俺は、上には上がいる、と言う言葉を座右の銘とすることを決め、……少しだけ、大人になった。

 遅くなったので10000文字越えで許してください。


 どうも、芍薬牡丹です。

 今回は第三者視点からのみなさんの様子を観察してみました。


 ところで、↓のアルファポリスさんのバナーを1クリックしていただけるとありがたいです。ポイントが多いと出版を考えてくれるらしいので。


 次回は……山場突入です。お楽しみに。


 ではではー。

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