第87話:臥竜鳳雛三羽烏
◆フォレスティン学園◆
「迎撃用意ぃぃぃいいいいい!!」
学園を囲むように配置された魔法士たちが、一斉に杖を掲げる。
「撃てぇ!!」
瞬間、学園に轟音が響き渡り、学園を中心として色とりどりの属性魔法が放たれた。上空からそれを見ていれば花火のようだと評す人もいるかもしれない。実際はそんな生易しいものではないが。
―――日も暮れようかという頃、一つの事件が起きた。
『学園結界の崩壊』
それは危惧していた中で、最悪の事態だった。
なぜ突破されたのか。それは酷く簡単な方法だった。それは、特攻。魔物自身の内包された瘴気を直接障壁に叩きつけると言う、荒業の極地だ。それはもちろんその名の通り自殺行為であり、これも普段の魔物の行動とはかけ離れたものであることは言うまでもなかった。
学園の防御障壁というのは互いに支えあい反発しあって、その相乗効果で強固な壁を生成している。つまり、どこか一角が破壊されればその他はいとも容易く破壊が可能になってしまう諸刃の剣だった。
しかし、万全の状態のその強固さは、一流の魔法士が百人集まっても破壊できないほどなのである。普通、これが突破されるなどとは誰も夢にも思わない。
しかし今、その夢が現となって襲い掛かってきている。それは認めなければならない。
そして結界が破壊されたあとにノアが取った行動は、レイたちにこの事実を早急に伝えること。しかし現状周囲には魔物が集まってきており、念話を飛ばすことが出来ない。
そこでどうしたかというと。
「我が命に従い顕現せよ、神々の伝令」
ノアは残り少ない理力を使って神を召喚した。とは言っても元々のスペックがあるため、魔力消費は極僅かで済んだのだが。
イーリスは言葉を伝えることの出来る神だ。その行動範囲は天界顕界冥界から地獄にまで達する。
そしてイーリスは一点突破で魔物の壁を抜け、ドレブナイズへ向かったのである。
神なのにぶっちゃけパシリ並の扱いではあるが、それでも神の一端であることには違いない。たとえ一瞬であっても魔物の壁の突破は容易いことであり、ほとんど瞬間移動並の速さで言葉を伝えた。
そのスペックを知っているノアは、イーリスが飛んでいった1秒後にはすでに伝えるべき相手に伝えているだろうことは分かっていた。
だからこそ―――
「迎撃するぞ!」
即時に次の行動へ移った。
「ノアさん!」
ここでノアに声をかけたのはスィードであった。
「魔物が殺到してきます! 動けるものは一旦外で迎撃しますので、ノアさんは王女殿下とティアリス皇女殿下を頼みます!」
「それはいいが、わらわが行った方がよいのではないか?」
それはそうだろう。スィードは護衛として来ているのだから。
しかし、スィードの答えはある意味で的を得たものだった。
「確かにそうです。しかしノアさん、貴女は今、最善の状態ではないのでしょう?」
「………」
スィードはもちろん、他のみんなもノアの異常には気がついていた。それはそうだ。なにせ、外見からして違うのだから。
ノアは理力の使いすぎで、物理的に体の一部を失っている。その一部とは、髪の毛だ。現在のノアの髪の毛は肩上辺りだろうか。普段ならばこのようなことはありえない。なぜなら、ユーリからの理力供給があるからだ。しかし今となってはそれも途絶え、ノアを構成する理力分しか魔法を使えない状態になっている。
ただ、その理力だけでも魔法として使うのであれば相当の量はあるのだが。
「……なるほどのぅ。あいわかった」
「それではよろしくお願いします」
「うむ。死んで花実は咲かぬし、命あっての物種じゃ。危なくなったら逃げるのじゃぞ」
「了解しました。ローレル、行きましょうか」
「おーう」
ローレルは静かに行っていた準備運動を切り上げ、外に向かって走り出した。それに続いてスィードが走り出す。
実のところローレルはティアリスの傍を離れるつもりはなかった。このような事態だからこそ、離れるわけにはいかないと思ったからだ。……しかし、事態はその段階を踏み越えてしまった。これからはローレルのような戦える人材が前線に立たないと、何もかも終わってしまう。
だからこそローレルはティアリスの傍を離れる。それよりさらに大きなものを守るために。
彼らが大講堂を出てすぐ、大きな揺れが襲った。しかしこれは学園に配備されていた魔法士が一斉に魔法を放ったことによるものだと、すぐに説明が入った。
これより、学園は戦闘に入る。
◆フォレスティン学園上空◆
「うわぁ……これは凄い」
呟いたのはリナリアだった。
現在龍化したレイの背に乗ったリナリア、アンネは、フォレスティン学園の上空付近まで駒を進めていた。しかしそこから見えるのは、絶望的な光景。学園が見えないほどに、魔物がびっしりと半円状のドームを形成しているのである。
いや、すでにその半円は崩れ、魔物は各々で学園に攻撃を仕掛けている。それは強酸の雨であったり泥であったり、地割れであったり炎球だったりした。その一つ一つに強大な魔力―――この場合は瘴気が込められており、それを相殺することすら学園の人材では難しい。
「どうやって入ったら……あれ?」
それに気付いたのはアンネだった。
魔物が囲う学園の、ちょうどレイたちの裏側あたりで魔物が吹っ飛んでいるような光景が目に入ったのだ。
「どうかしたの、アンネ?」
「いえ、……レイさん、裏側に回れますか?」
「ん、了解」
リナリアの問いかけには曖昧に答え、レイに指示を出す。
レイはアンネの言う通りに、大きく旋回はしたが、学園裏側までやってきた。するとどういうことか、そこだけ大きな穴が開いていたのだ。まるで、大きな力で無理矢理こじ開けたような。
【リナリア! 聞こえるか!】
「し、師匠!?」
突然の念話に、リナリアは危うくレイの背中から落ちるところだった。
【師匠!? ……大丈夫なの?】
【大丈夫じゃないわい。どこにおる?】
【もう学園の上空よ。今行くわ】
【うむ。適当に一掃しておいてくれると助かるんじゃが】
【了解。一当てしたらそっちに向かうわ】
念話終了。
「リナリアさん?」
「アンネ、中と連絡取れたよ。この辺の魔物を一掃してから中に来て欲しいって」
一掃とは言っても、ここにいる魔物の数は計り知れない。学園だけなら万はいるだろう。しかしまだまだ集まってくる魔物が多くいるのだ。それこそ、今までどこに隠れていたんだというくらいに。
それに、今回は魔物の壁を崩すくらいで大丈夫だろう。まだ魔力は温存しておきたい。魔物の数から言って、長期戦になることは容易く予想できるのだから。それに、どうやら今回のこの襲撃は、裏に魔物以外がいると見ていいだろう。なぜなら、統率が取れすぎているからだ。だからこそ次の行動が読めもするのだが。
つまり、魔物の壁を崩されたならば、一旦魔物を引かせるだろう、という予想。正解であればいいのだが。
……と、リナリアは考えていた。
「さて、とりあえずは広範囲殲滅魔法を撃つよ」
レイがそう言うと、魔力を高め始めた。それを見て、残りの二人も準備を始める。
「これはちょっとストレス解消になりそうですね」
アンネはマルス祭で魔物に襲われていたときとはまるで違う、戦士の表情で両手を広げた。
「私が最初にこれやったら鬼畜よね」
リナリアはいつの間にか手に持っていた神楽鈴を打ち鳴らす。
そして、蹂躙が始まる。
「乾! 坤! 術式融合―――」
「我が命に従い顕現せよ―――」
「いざ受けてみよ―――」
リナリアは両手て拍手を打ち、アンネは空を仰ぎ、レイはその翼を大きく広げ、その言葉を口にした。
「天地否!」
「咆哮を上げる者!」
「光の雨!」
リナリアの天地否の意味は、停滞。つまりは相手を行動不能にする術である。未だ発展途上のリナリアではあるが、それでも一瞬以上魔物たちを足止めできれば、それ以上の戦果はいらない。なぜなら、あとの二人ですでにオーバーキルだということが、すでに理解できているから。
そうして釘付けにされ逃げられない状況の中、ルドラが降臨する。それはまさに神の断罪。暴風雨神の名に恥じぬ、その名の通り切り裂く風、刺し穿つ雨、そして全てを焼き尽くす雷で大半の魔物を殲滅したにも関わらず、まだ悪夢は続く。
一瞬のブランクを置いて空から殺到するは、流星のような光の雨。しかしそれは一つ一つが半径五メートルほどのクレーターを作るほどの威力である。それが空から無作為に余すことなく、ただただ地表を蹂躙するだけのマップ兵器と化す。
もちろん学園は当たらないようにしているが、それでも中にいる人からすれば世界の終わりのような光景であっただろうことは想像に難くない。
そして、全ての攻撃がやんだとき、学園の周囲には湖が出来ていた。言わずもがな、光の雨で穿たれた地表と、ルドラの豪雨によるものだ。
それを見た各々の感想は、同じであった。
それはもちろん。
………やりすぎた。
◆フォレスティン学園◆
スィードとローレルの活躍により、魔物の壁に一時穴を開けることに成功した。それと同時にノアはリナリアと連絡を取った。なぜかといえば、魔物を外からある程度倒して欲しかったからである。
だからこそ軽く攻撃して魔物を一旦引かせ、そして作戦を練ろうかと思っていた矢先、まさかの蹂躙が始まった。
これは流石にノアでも予想外であり、全てが終わるまで何も出来なかった。……たとえ動けたとして、何が出来るわけでもないのだが。
しかし今後の作戦的にも、なぜかここで魔力を消費しまくった三人に、ノアは訊ねなければいけない。
「さて、どうしてこうなったのか説明してもらおうかのぅ?」
ノアは頭に大きなたんこぶを乗っけた三人衆を見やる。そしてノアの後ろにはセラフィムを始め、ルチアにスィード、ティアにローレルとそろい踏みである。
ちなみにではあるが、ここは最初に逃げてきた大講堂であり、他の避難者ももちろんいる。しかしその誰もがそこの三人衆に恐れを抱いているのは、仕方のないことである。たとえその中の一人が王女であろうと、仕方がないのである。
「し、師匠?」
「はいリナリア!」
恐る恐る手を上げたリナリアに、ノアはびしりと人差し指を突きつけ、発言を許可する。
「私がみんなに伝え忘れたのが原因じゃないかなぁ、って」
「ほほぅ?」
「いや、念話で一当てしたらって言ってたのに、確か伝えるときにそれ言ってなかったような気が……」
回想してみよう。
『この辺の魔物を一掃してから中に来て欲しいって』
言ってない。
「よぅし、リナリアの頭を三倍アイスクリームにしてやろう」
「言葉の意味は何一つ理解できないけどやめて!?」
戦いの後にはひと時の休息を。
休むこともまた、重要なのである。
どうも、私です。
前回総合6000ptあざすー、という報告をしましたが、今回、7000ptあざすという報告をしなければいけません。
わけが分からない。
でもとにかく総合7000ptありがとうございます!
もうちょっとで総合アクセスも400万になりますので、そのときはまた御報告させていただきます。
さて、今回のお話。
や り す ぎ た 。
ユーリ無しで襲撃編を解決しそうで怖い。なにあいつらえらく強いんですけど。
次回はまた駒を進めますかね。
それではまた。