第85話:個々の覚悟
◆クレスミスト城・食堂◆
そして食堂。ちょっと時間は早いが、料理自体はどの時間帯でも作ってくれる。
「や、久しぶり」
「ん? あらまぁ! レイ君じゃないの!!」
「ご無沙汰してます」
レイが話しかけたのは食堂のおばちゃんだ。レイはその見た目のよさからいろんな場所で顔が利く。しかも性格のよさがそれに拍車を掛けていた。
「大丈夫だったの?」
「ええ。僕は何も問題ありませんよ。ああ、定食二つお願いします」
「あいよ! 大盛にしとくからね!」
「はは、ありがとうございます」
レイは笑顔で話している。それをリナリアは不思議な気持ちで見ていた。
この前までみんな一緒にいた。それなのに、今では離れ離れ。そんな状態で不安にならないほうがおかしい。
それなのにこの龍人は、こんな風に笑っていられる。それが不思議で仕方なかった。
「はい、定食でよかったかな」
「あ、うん。ありがと」
いつの間にか目の前の席に座っていたレイにびっくりしつつも、夕飯を受け取る。……うーん、ちょっとお肉が多い。太らないかなぁ……。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。いただきます」
そういって、リナリアは夕飯を食べだした。それを見てレイも食べ始めたのだが、やはり先ほどの疑問がひょっこりと目を出し、気になって仕方なくなってきてしまった。
だとすればすることは決まっている。訊けばいいのだ。
「あのさ、レイ」
「ん?」
レイはサラダを口に運びながらの状態で、顔をリナリアに向けた。
「なんでそんなに悠長に構えてるの?」
「……はい?」
レイはリナリアの真剣な眼差しに当惑した。そういうリナリアもそんなに焦っているようには見えなかったからだ。しかしそれは客観的なもので、主観でどう思っているかは分からない。それはリナリアにも同じことが言えた。
「今大変なのは分かってるよね」
「たぶん誰よりも分かってるよ」
「じゃあなんでそんなに気軽にいられるのよ」
リナリアは自分のことは横に置き、レイに疑問を投げかける。
そうして疑問をぶつけられたレイは、少し考えた結果、ちょっとした話を始めた。
「僕の国にはね、昔々の御伽噺があるんだ」
「おとぎばなし?」
「そう。彼の英雄、その名はマルス。一騎当千の力と博学多才の知。金剛不壊の志を持って勇往邁進に道を行く」
「それって……」
リナリアの呟きにレイは右の人差し指をピンと立てる。
「そう。マルス祭の原点、勇者マルスのお話だ」
そしてレイは話を続ける。
「御伽噺、とは言っても子供に読み聞かせるようなものじゃなくて、伝承として残ってるものだけどね」
「そんなのがあるんだ」
「これはもう人間には伝わっていないのかもしれないけどね、彼は、実はとても弱い人間だったらしいんだよ」
「弱かったの?」
そう、彼はとても弱かった。それは人の間で読み聞かされる話とはかなり違っている。その話とは、各地で仲間を集め、魔王を倒すと言う単純な話でしかない。
しかし今、それは長きを生きる龍人によってひっくり返されようとしている。
「マルスはね、魔物に攻められどうしようもないって時に、空から降ってきたんだって。でも彼はその身から炎を出し、その場にいた魔物を殲滅してしまった」
「……それ、かなり強いじゃないの」
リナリアの言葉ももっともだ。
「うん、でもね、彼は心が弱かった」
「心……?」
レイは軽くうなずいた。
「彼は英雄と祭られ、とあるお城で優遇された。でも彼はこれから魔物との戦争になると聞いて、逃げ出したんだ」
「………」
「そして街を転々とする間に仲間に出会い、魔王の手によって悲しむモノ、死に逝くモノを見て、ようやくその重い腰を上げた」
「そう、なんだ」
「さぁ、リナリア?」
レイは両手を広げ、リナリアに訊ねた。
「彼は、マルスはどんな人間だったかい?」
その問いに、リナリアは考え込む。
確かに逃げ出したのは弱いのかもしれない。しかしそれは戦争で死ぬかもしれないというハイリスクがあったからで、現実逃避とはまた違う気がした。
かといって強い人間かと問われれば、それにも疑問を抱いてしまう。戦争から逃げたし、被害を直接目の当たりにするまでは魔王を倒そうともしていなかった。
じゃあマルスってどんな人だったんだろう。
そんなリナリアの様子を見て、レイは苦笑した。
「そんなに難しいことじゃないよ。龍の国ではマルスは弱い人間で、それがなんとか魔王を封印するだけに至ったとされている。人間の国じゃマルスは強い人間で、仲間と死力を振り絞って戦ったが封印するしかなかったとされている。さて、どっちが真実なんだろうね」
レイの言葉はいつも難解だ。なんでこう、もっとさっと言えないのだろう。
そんなことを考え始めたリナリアに、レイはある意味衝撃的な一言を放った。
「考え方を変えるとね、どっかの誰かと似てるんだよね」
「………?」
レイはどこか優しい笑みで言葉を紡ぎだした。
「僕の想像でしかないんだけど、きっと面倒だったんだろうねぇ。それに魔物と戦争になるってことは、もちろんマルスも担ぎ出されるだろう。それは結局使われるってことだ。……使われるってのが気に食わなかったんだろう。だから抜け出して旅に出た」
その瞬間、リナリアはレイが何を言おうとしているのかが全て分かった。
だからか。レイが悠長に見えるのは。
つまりそういうわけなのだ。レイの言葉には不思議な感覚が秘められている。リナリアはそれを感じ取り、自分自身にうんざりした。
「あー、私って最低ね……」
「ん? どうしたんだい?」
「……ううん、なんでもないよ」
今、リナリアの中には自己嫌悪にも似た何かが渦巻いていた。
はっきり言えば、先ほどの話はマルスがユーリに似ているかもしれないと言う話だった。つまり、ユーリが勇者のように自分たちの危機に颯爽と現れ、悪を一掃してくれる。そんな希望を持たせるものだった。
しかし実際はどうだ。ユーリという個人に勇者と言う名の鎧を着せ、期待という鎖を巻きつけて、自分たちはただ神に祈るように他力本願を願うばかり。いつかユーリがやってくれるだろう。じゃあ今頑張らなくてもいいや。そんな気分にさせられている気になってくるのだ。
そうじゃないだろう。
ユーリはただの人間だ。強いところもあれば弱いところもある。それを蔑ろにして盲目的に信仰するのは違うんじゃないだろうか。
「明日……」
「ん?」
リナリアはひとつの覚悟を持って、レイに宣言した。
「明日、私を学園に連れてって」
「……なぜ、と訊いてもいいかい?」
レイもリナリアの目を見つめ、真剣に訊ねる。しかしレイもこれは予想の範囲内だった。
「なぜ魔物が学園を襲うのかは分からない。でも今、守りが必要なのはそこでしょ。城には多くの兵士も騎士も魔法士もいる。ドレブナイズにはマルス祭が終わってすぐだから、高ランクハンターがいっぱいいる。でも学園は生徒ばかり」
「そうだね。でも学園は防御結界があるよ?」
「だから、ここよりも近いドレブナイズでいいわ。連れてってくれないかな」
数瞬だけ見つめあっただけだが、レイにはリナリアの真剣さが痛いほどに伝わった。心の中で何があったかは知る由もないけれど、何か歩き出せる取っ掛かりを見つけて、今リナリアはそれに必死にしがみつこうとしている。
ならば僕に否はないな、とレイは決めた。
「いいよ。でも僕も明日は城の状況を見ておきたいと思ってるから、ちょっと遅くなるけど」
「それくらい別にいいよ。学園の防御はすごいらしいって城でも噂になってたし」
そうなんだ、と相槌を打ちながらレイは食事を再開する。
しかしレイは最後にこう一言だけ呟いた。
「……でもこれだけは言っておくよ。僕はユーリに全てを背負わすつもりなんてサラサラないって」
「………」
「むしろこの件は僕が解決したいくらいだ。だからユーリに頼りそうになっている自分が、嫌いだ」
リナリアにはぼんやりとしか分からなかったが、レイが抱いているものは間違いなく劣等感だった。そんなこと感じる必要はないはずなのだが、レイは心のどこかでそんなことを考えずにはいられなかった。
「……よくは分からないんだけど―――」
リナリアは一瞬だけレイと目を合わせると、すぐ視線を下げた。
「―――きっと私と同じ心境なのよね。いつもどこかでご主人様のことを支えにしてる。そんな自分が嫌いだって」
「……そうだね」
「それはまぁ、これからの課題にすればいいんじゃない?」
「え」
先ほどのシリアスモードを全く無視し、ケロッとしながらリナリアは言い放った。
「それを今すぐ改めなきゃならないわけでもないし、別にそれで困ってるわけでもないしねー」
そしてもしゃもしゃと野菜を口にするリナリア。
そんなある意味暢気な行動を見て、レイは笑みを漏らした。
「……なによ」
「いやぁ、ユーリに似てきたなぁ、って」
「え、ホントに? それはそれで嬉しいんだけど」
そして溢れる笑み。場の空気はすでに和やかなものになっていた。
……しかし、そこで空気を読まない……いや、空気を呼んでいたがあえて今壊しにかかった一人の女性がいた。
「私もご一緒してよろしいかしら、レイ様」
メラスフェルラその人だった。
いきなりの登場に噴出しそうになったレイは、なんとか咳き込みながらも回避に成功した。
「ごほっ、ごほっ、……どうかしましたか?」
「ええ、お食事でもご一緒させていただけないかと思いまして」
「あ、ああ、そうですか……」
「もしかしてお嫌でした?」
「い、いえ、そんなことはありませんよ」
「そうですか。ではお隣失礼いたしますね」
よいしょ、と言いながらレイの隣に座るメラスフェルラ。実はちょっと前から食堂についていたのだが、真剣に話していたため出るタイミングを計っていたりする。
「私も失礼しますね……」
「……アンネ……大丈夫?」
後から疲れた顔で入ってきたアンネに心配そうな声で話しかけるリナリア。それに対し、アンネは乾いた笑いを返した。
どうやらリナリアの知らないところで揉みくちゃにされたらしい。
「それでレイ様」
「はい?」
レイもまだ距離がつかめないのか、丁寧語で話している。
「結婚しませんか?」
「……まず理由を聞こうか」
アンネはその様子を見ながら軽くため息をついた。
このメラスフェルラという皇女様。結構言葉の足りない天然皇女だったりする。
「貴方様の勇姿にいたく感動いたしました。そして惚れました。私と一緒にリンディア帝国を大きくしていきましょう」
……先ほどもあったが、やはりどうやら王位継承権は彼女にあるらしい。
「……お断りします」
「あらあら、何故か聞いてもいいかしら?」
メラスフェルラはさも意外だったかのように訊ねた。
「僕は……私は龍国を背負う者だ。そのような形で人間に手出しすることは許されない」
それはレイの引くべきボーダーライン。どこまで行ってもレイは龍人で、次期龍王なのだ。当たり前だが、リンディアの王と龍国の王を兼任することは出来ない。それでは一つの国としてみなされてしまう。
ならばレイが龍国を諦めるか、メラスフェルラがリンディア帝国を諦めるかしないといけないのだが、当然両者にそれが容易く捨てられるものではないことは重々承知だろう。
「それなら、」
―――しかし、まだレイは甘かった。
「私がリンディアを捨てましょう」
時が止まったような気がした。
しかし、メラスフェルラは未だニコニコとした笑みを顔に浮かべている。レイにはなんとなくだが、今の言葉が本気であるように感じた。
「……つまり王位継承権を捨てることになるんですが」
レイは最後の砦といわんばかりに、その城壁を築く。
「わかってますわよ。それを放棄する、と言っているんです」
そしていとも容易く破壊された。
「……アンネルベル」
「……メラスフェルラ皇女は天然だけど、案外頑固ですよ」
アンネへの援軍要請も空振りに終わり、リナリアに至ってはすでにこちらを見ていない。というか普通に夕飯を食べている。
背水の陣、とはよく言ったものだとレイは嘆息した。
「それで、答えのほうはどうなんでしょう?」
「あー……」
珍しく本気で困っているレイだったが、周囲に援軍は無し。
「……とりあえず保留でいいかな」
「あらあら、もちろんですわ。知り合って間もありませんものね。これからお互いを知っていけば良いですわ」
そして押し負けるレイだった。
レイの明日はどっちだ!
次回に続かない!!
どうも、私ですごきげんよう。
前回のサノベ云々ですが、大体は「イラストのレベルが高ければおk」ということになりました。でも今はシルエット方式が現実的。でもやっぱイラストは欲しいなぁ。
まだご意見待ってますのでよろしくお願いいたします。否定意見でもどしどし送ってくださいね。
そして各評価が900ポイント台にきたー。わはー。
よしよし、もうすぐ1000だなぁ? ちょっと計算して見るか。まぁ大体一人4ポイントくらいくれると願って計算して……25? 25人の評価がいるの? なにそれ来年になるわ。
ともかくポイント入れてくれた人もお気に入りしてくれた人も感想くれた人も、そしてもちろん読者の皆様方、ありがとうございます!
今後ともよろしくお願いいたします。
それでは~。