第84話:お忍び過ぎ旅行者
◆クレスミスト城◆
「なんだあれは?」
魔物に襲われる王都を守る外郭城壁で守衛をしていた兵士は、東の空に何か飛行する物体を確認した。
現在の状況を考えると何が起きてもおかしくないので、兵士はすぐさま城に連絡を送り、第一種警戒態勢へと移行することを勧めた。
しかしその進言はやんわりと拒否させる。
なぜか、と言い募る兵士に城の騎士はこう言った。
「まもなくレイネスティア殿が参られると連絡が入った。念のため第二種には移行するが、そう心配はすることはないだろう。一応ではあるが、その小さき影を見ていてくれたまえ」
そういわれた兵士はその影を見つめる。すでに西日となっていたために、東からやってくる影には太陽に向かって飛んでいるようなものだろう。だからこそ、兵士からはその姿がよく見えた。
「………」
―――魔物だった。
「おいおい……」
一瞬呆気にとられたが、すぐさま意識を取り戻した。
「って駄目じゃねーか! クソッたれ!!」
兵士は連絡を取るために走り出そうとしたが、次の瞬間、強烈な突風が吹き荒れ、兵士は思わずその場にしゃがんでしまった。
「いったいなんだってん……だ……」
その突風が吹き荒れたその先を見て、兵士は固まった。
なぜならそこには薄緑色の鬣を揺らして魔物を見据える、白銀の巨龍がいたからだ。
「レ、レイネスティア、様……」
「……ふむ。同じ龍族としてこれは見過ごせないな。それ以上に醜悪だ」
龍の姿なので表情は分からないはずなのに、とても嫌そうな顔をしているのがなんとなく分かった。
「とりあえず降ろすね」
そういうと巨龍は足で掴んでいた馬車の荷台のようなものを城壁内の広場にそっと降ろす。
そして再び大空へと舞い上がった。
「空飛ぶ魔物。……龍か」
龍とは言っても、瘴気に身を堕とした魔龍。
そう、今飛んできた魔物の正体は龍の成れの果てであった。
「ガァァァァァアアアアアア!!!」
巨龍―――レイの目の前でホバリングする魔龍は、威嚇するようにレイに吼える。しかしレイにとっては、それはただの鳴き声でしかない。弱い犬ほどなんとやら、というくらいにしか思っていない。
少し考えてからレイは自身の龍化をやめ、いつもの人の姿となり、魔龍と対峙する。人化できる事実から、龍族の中でも力を持つ龍人族であることを示してお帰り願おうとしたのだが……。
「やはり理性をなくした魔物には無理だった、か」
どこか悲しそうにレイは呟く。
次の瞬間、魔龍はレイに向かって直径五メートルはあろうかという火球ブレスを放った。……しかしそれはレイの右手の一振りで意図も容易く掻き消えてしまった。
レイは一度目を瞑り、そして、ゆっくりと開いた。
「ならば致し方ない」
刹那、空気が変わる。殺伐とした空気。その場にいたものを全て凍りつかせるような、殺気。
レイは人の姿でも空に浮かんだまま、魔龍を見据えてこういった。
「塵も残さず消えてしまえ」
次の瞬間、魔龍の視界からレイの姿が消えた。
そして、消えたレイの姿を探す余裕さえ与えずに、上空から無慈悲な声が届いた。
「光刃一閃」
「ギャ!?」
一本の光の剣が魔龍の胴体のど真ん中を貫いた。
「二閃」
さらに両翼に二本の剣が刺さり、たまらず魔龍は地面へと墜落する。
「三閃」
そしてさらに追撃。頭に、胸に、尾に刺さり、計六本の光の剣によって標本のようにされた魔龍は、すでに急所を的確に穿たれ、息絶えていた。
しかしレイは、死人に鞭打つと言わんばかりに魔法の言葉を口にした。
「……解放」
光の剣に込められた魔力の純粋な暴走による爆発。オーバードライブ。城壁が壊れてしまうのではないかという錯覚さえ起こすような爆音が、周囲に響き渡った。
―――塵も残さず消えてしまえ。
レイはその言葉をただ誠実に遵守したのだった。
「………」
土煙は風に流され、あとに残るのはクレーターのみ。城壁外であったからこその光刃解放であった。街中でこの魔法を行使したら、何人の犠牲が出るか分からない。
「……来世ではよき生を」
同胞への何かがあった。レイは静かに目を閉じる。
―――レイー! 降りて来なさーい!!
しかしそんな感傷も、よく知る声に吹き飛ばされた。レイはばれないようにクスリと笑い、地上へ舞い降りる。
「やぁ」
「レイ! なんであんなに大きな魔法使ってんのよ!」
「いや、魔龍だよ? 結構強いんだよ?」
「それを圧倒したレイが何を言うか」
確かにそうである。
「いや、まぁ久しぶりだね、リナリア。元気そうで何よりだよ」
「そっちこそ元気が有り余ってるみたいね、レイ」
リナリアの若干の皮肉を込めて返された言葉に、レイは苦笑する。
「それで、こちらのお嬢さん方は誰なの?」
「ああ。ここに来る途中、魔物に襲われてるところを発見してね」
「ふーん。フラグ立ったね」
「はい?」
その言葉に首を傾げるレイだったが、次の瞬間には謎は解けていた。
「あなたはレイとおっしゃいますのね?」
「ん?」
荷馬車から出てきれいな姿勢で立っているのは、先ほど助けた女性だった。
髪の色は金に少し茶が入ったくらいで、肩甲骨の下辺りまで伸びている。背も女性にしては高いほうだろう。そして、簡易ドレスのような服装の上からでも分かるほどに、豊満な胸をしておられた。
「レイ……?」
「な、なんでもないよ?」
男だから仕方ないものの、じっとは見つめないレイは、どこまでも紳士であった。
「レイさん」
「はい」
再び呼び掛けられ、女性のほうを向く。
「先ほどはありがとうございました。危ないところを助けていただきまして」
「いえ、それくらいは当然です」
「ところで結婚しませんか?」
「はい、もちろ……んん?」
レイは自分の耳を疑った。遥か一キロ先の悲鳴が聞こえる耳を疑ったのは、生まれてこの方初めての経験だった。
「今、なんと?」
「だから、私と結婚しませんか?」
その言葉に再び固まるレイだったが、それに反応する前に彼方からさらに場を混乱させる者が現れた。
「メ、メラスフェルラ皇女!? こんな場所でなにをなさってるんですか!?」
「………あら?」
メラスフェルラと呼ばれた先ほどの女性は、呼びかけられたほうを向くと、優しい笑みを見せてその方向へ向かっていった。
「あらあら、アンネルベルちゃんじゃない。久しぶりねぇ」
「ぐむぅッ! ちょ、息がッ!!」
訂正。向かっていって抱きしめた。そしてアンネルベルが大海にのまれて窒息しかけていた。
それを周りの男衆はうらやましそうに見ていたが、レイだけはそんな感情になることは一切なかった。それよりも今、難問が立ちふさがっていたからだ。
「……とりあえず、どうしよう」
「……様子見じゃない?」
レイの独り言にも思えた言葉に、リナリアが呆然としたまま答える。
「……っぷはぁ! なにをしてるんですか貴女は!」
「あら? あらあら、久しぶりすぎて嬉しくなっちゃったのよー」
「嬉しくなっちゃったのよーじゃないです! そもそもなんでこんなところに……というか貴女は今いろいろ大変な時期でしょう!?」
「そうねぇ。王位継承権が正式に私に来てしまいましたから。もう書類仕事が山のようにあるんですのよ……」
メラスフェルラは右手を頬に当てつつ、憂いの声を上げた。
「だからちょっとティアリスちゃんに会って補給しようかな、と」
「何を!?」
「癒しを」
なんだかレイたちには一瞬でアンネが老けた様に見えたのだが、暗黙の了解により、アンネに伝わることはなかった。
「……それで、護衛と言うには随分と貧相なのですがこれは一体?」
アンネがちらりと荷馬車を見る。そこには出るタイミングを逃した男二人が居心地悪そうにしているのが見えた。
それなりの装備ではあるものの、王族の護衛とは全く持って言えない。もしこれが王族の護衛だとしたら、どこの弱小国だと思われるに違いない。
「いえ、お忍びだったので」
「お忍び?」
そう言われて、アンネはなるほどと思った。
貧相に見えるのは姿だけ。それは外敵から身を守るための隠れ蓑であり、その実、護衛の実力は近衛騎士と同等と言うわけだ。
「なるほど、考えましたね」
「ええ、かなり安い報奨金で雇えるんですね、護衛とは」
「………」
アンネはその場で頭を抱えて蹲りたくなった。
どうやらこの女。近衛ではない普通の護衛を連れてきたらしい。真の意味でお忍びだったようだ。
「よくそれでここまで来れましたね……」
「ええ。まぁ先ほど死に掛けましたが」
「……大丈夫だったんですか?」
「はい、そこの―――」
メラスフェルラはレイを指差し、
「―――龍人様……レイ様に助けていただきましたので」
そんなことを言った。
もちろんレイに覚えはあるし、助けたのも事実だ。しかしだからといって、
「なので、結婚しませんか?」
こうくるのはおかしいと思うんだ。
レイは未だ混乱の極みにある頭で必死に考える。
「……とりあえずレイさんのことは置いておきましょう。それより父様にご挨拶して来てください。現状を把握しなければならないでしょう?」
「そうですわね。なぜあんな場所に魔物が現れたのかも気になりますし、ティアリスちゃんも気になりますし」
「ああ、ティアリスさんは学園にいますよ。学園防御は抜かれていないので、今は安全だそうです」
「そうですか……。ありがとうございます。さて、行きましょうか。レイ様、また後でお会いしましょう」
そういうとメラスフェルラとアンネは今度はちゃんとした近衛隊の護衛を受けながら、城へ向かった。
今更だが、ここは城壁の中。街中である。野次馬もたくさんいるのである。近衛がある程度ばらけさせたが、それでも人はいる。
これでいいのか王族。
「あのさ、リナリア」
主役のいなくなったその場所で、レイが呟いた。リナリアはレイに顔を向けることで返事に応じる。
「僕の覚え間違いだったら申し訳ないんだけど」
「うん」
「クレスミスト王国とリンディア帝国って戦争中じゃなかったっけ」
「……正確には停戦中らしいけど、まぁ戦争中だね」
「なんであんな仲良さげなんだろう……」
「……きっと気にしたらいけない部類のものなんじゃないかな」
レイは目を閉じ、心の中で呟く。現実を見るな、と。
「……夕食にしよう」
その結果口から漏れた答えに、リナリアは無言で肯いた。
どうも、芍薬牡丹です。
活動報告でも書きましたが一つ相談したいことがあります。
もしも、の話です。
もしも私の友人がサウンドノベル作ろうぜーとか言い出して、じゃあ芍薬牡丹シナリオねとか言われて、考えてみたけどいい案が出なくて、いっそ猫神を再構成すればいいんじゃねって思ったとする。
そうなると、もちろん立ち絵が必要になるので、キャラをビジュアル化することになるわけです。
さて、ここで質問なのですが、読者として小説のキャラクターをビジュアル化することを是とするか否とするか、教えていただきたいのです。
もちろんこの小説に直接キャラ絵を載せるなんてことはしません。あくまでゲーム用です。
正直私は著者の立場なので、その辺がよく分からないのです。他の方が書かれる小説なら、どちらでもいいかなって感じではあるんですけども。
なので、その辺のご意見をいただけると幸いです。場所は感想でも活動報告でもメッセージでも構いません。どうぞよろしくお願いいたします。
ちなみにですが、これはあくまで未定事項です! 猫神のサウノベ作ってるらしーぜとか言わないでねっ!
長くなって申し訳ありません。それでは。