第83話:三日目の暴動と遭遇
◆フォレスティン学園◆
「おい、いい加減ここから出しやがれ!」
そんな大声でノアは浅い眠りから意識を浮上させた。とはいっても太陽はすでに頭上にあるだろう。襲われているという現状では、意識の低くなる夜、特に明け方は気が抜けない時間帯なのだ。だからノアは日が昇って皆が起き出してから仮眠を取るようにしていた。
「……何事ですか?」
隣ではノアと違い、座ったままで寝ていたスィードが薄目を開けて周囲を見回していた。
夜間の警戒だが、ノア一人でやっているわけではない。一日交代でスィードとローレルがノアと一緒にすることになっている。彼らは護衛対象がいるので毎日夜起きて昼間も護衛は難しい。なので交代制なのだが、ノアは今のところこの場に対象はいないので、とりあえず夜間警戒を続けようと思っている。
なので、今この二人はちょっと寝不足である。
「いつまでこんなところに監禁するつもりだ! 俺はもう帰るぞ!!」
それはフラグじゃのう、とノアは寝ぼけ眼で思う。
ユーリとよく見た推理ドラマとかでは、そういうようなことを言った人がよく死んでいたりする。
「なにやら限界が来たようじゃのう」
「……まだ三日ですよ? もうですか?」
「お主みたいに訓練されておらんからの。しかもお坊ちゃんじゃ厳しかろう」
ノアはこのことにさして興味がないのか、背伸びをしながら適当に答える。
しかしそれを見たのが先ほどのお坊ちゃんだった。
「おいそこの貴様! 何をしている!!」
「………」
めんどくさいことになった、とノアはひとりごちる。
「何もしておらんよ」
「欠伸をしていただろう!」
「それが何か?」
「不敬だというのが分からないのか!」
お坊ちゃんは苛立ちを隠そうともせずに、床を踏みつけた。
周囲では何がそんなに怖いのか知らないが、生徒たちが怯えるような目でこちらを見ている。もしやコイツは結構地位が高いのだろうか。
そう思ったノアは、とりあえず相手の素性を確かめることにした。
「すまぬな、わらわはこちらの土地に明るくないのだ。よければお主のことを教えてもらいたいのだが?」
そういうと、ノアが下出に出たことに気を良くしたのか、腕を組み、ふんっぞりかえって彼は言った。
「僕はグレイシティス王国公爵家、デュエピー・グランシア・フォルステトーレだ!」
「なるほど」
ノアはこの世界の地理を思い出す。グレイシティス王国といえばクレスミスト王国と同盟を結んでいる国だが、その実属国でしかなかった気がする。大きさもほどほどの国で、資源もそれほどない。現状ではなんとか同盟で生命線が保たれているが、それがなくなったらかなりヤバイ国だ。
という情報を頭の中に入れていたノアは、セラを呼ぼうかと思った。なにせ、クレスミスト王国の王女のなのだから。しかしこれではなんだかいいように使っているだけのような気がして、やめた。
「なるほど、彼の地の公爵家じゃったか。それは失礼した。それで、フォルステトーレ殿は何にお怒りなのじゃ?」
その物言いにびっくりしたのは、横にいたスィードである。ユーリの相棒にして使い魔。ユーリを至上とするノアがどこぞの公爵家如きにへりくだったのが、意外すぎたのだ。
「僕はグレイシティス王国最大規模の領地を治める公爵家の跡継ぎだ。それなのになんだこの有様は! 魔物が襲っていることは仕方ないにしても、せめて個室を設けるべきではないのか!? こんな誰とも知らない人間ともう三日もいるのだぞ! 気が狂ってしまう!」
なるほど。その言い分ももっともかもしれない。
貴族であるということはそれなりの生活をしていただろう。それが今はこの有様。耐えられなくなるのも仕方ない。
「まず個室という点についてじゃが、現状では人が休めるような場所はない。あえて言うのであれば学生寮じゃが……あそこは結界に近い場所じゃからのう。もしものことがあった場合、あそこは危険すぎる」
「ぐ……、しかし……」
「次に誰とも知らないというのはみな同じじゃ。同じクラスの人間や友人なら知っておるじゃろうが、おそらく知人ですら学園全体の一割どころか一分、もしかすると一厘しかいないかもしれん」
「だがそれはっ、」
「最後に。公爵家か何か知らぬが、たかだがその程度の人間が騒いでどうする。ほれ、そこを見てみよ」
ノアはくいっと顎を動かし、横を指した。デュエピーがそれにつられ横を見るとそこには―――
「ティアさん、本日もいいお天気ですね」
「……セラフィムさん、貴女現状どうなっているか分かっているんですの?」
「ええ、学園は魔物に襲われて、王国からも帝国からも、ギルドからの支援も期待できませんね。道々に魔物が多くて進めないと聞きます」
「ならなんでそんなに悠長にしていられるのかしら」
「なんとかなるのではないかと思いまして」
「それはまた楽観的ですわね」
「ええ。でもそれくらいでいいんですよ」
「……まぁそうなのかもしれませんわね。あの男がどうにかしてくれるでしょう」
「ふふ、そうですね。彼が何とかしてくれる気がするんです、私は」
―――ほわほわと、お茶を飲みながら談笑する二人の姿があった。
一方はクレスミスト王国第二王女セラフィム。
もう一方はリンディア帝国第二皇女ティアリス。
この二人がここで和んでいる限り、他の者に慌てる資格がないとまで言いたげな光景だった。
「……どうじゃ?」
「……なんだか負けた気がする。でも嫌な気分じゃない」
「……しかし正直ここまで和まれると、わらわとしても立つ瀬がないのう。しばし待て」
ぽかんとするデュエピーを残し、つかつかと二人に歩み寄るノア。そして振り下ろされるコブシ。
「な、なんなんだアイツ……」
「まぁあれですよ。ユーリとその仲間の行動について突っ込んでたら、一生かかりますよ」
デュエピーの独り言にスィードはわりと痛烈な返しをしつつ、とりあえずは頭を押さえながら涙目で静かな説教を受ける二人を眺めることにした。
◆ドレブナイズ◆
そのころ一方。とある龍人は城へ向けてその翼をはためかせていた。
(ドレブナイズの魔物はなんだか減ってきたし、城の様子も見てこなきゃね)
一応城のリナリアとは、ノア経由ではあるが、念話で連絡が取れる。しかしやはり、自分の目で見なければ分からないことも多い。
「……でも、これは酷いな」
龍の姿となって空を飛ぶレイだからこそ、地上の様子を俯瞰することができた。
街から一歩出ればそこはもう整備などされていない、馬車の轍があるばかりの街道だ。今そこにはダークウルフやグランベアなどの魔獣が跋扈していた。普段なら、もちろんだがありえない光景である。
そもそも魔物と言うのは基本的に個々での行動をとるものだ。狼系とか虫系ならそれもまた別なのだが。
それが今、もうなんでもありの入り乱れた構図となっている。
「……ふむ。ある意味これでは食糧不足になるな。一ヶ月も耐えればかなり規模は縮小されるだろうな」
しかしながら、それまでに食料にされるのは同族か、逃げ送れた人間などの動物なのだ。
なれば、ここで待つことは許されない。
「なるべく早く決着をつけないと、だね」
そのためにも早く目覚めてよね。そんな独り言は誰に聞かれることもなく、風に溶けた。
しかしそんな感傷も長続きはしなかった。
『―――ッ!!』
「……ん?」
レイの耳が何かの音を捉えたのだ。
さらに言えば。
「……金属音? もしかして襲われてる!?」
急いで周囲に目を巡らせ、音の発生源を探る。そして見つけたそれは、レイから右方およそ一キロの場所だった。
「馬車が襲われてる!? なんでこんな場所に……!」
不自然にもこんな場所に現れる馬車ではあったが、見れば案の定魔物に襲われていた。しかも周囲からまだ寄ってきている魔物もいる。
ここは殲滅じゃなくて奪取からの離脱優先だ。高速回転する頭でそう結論を出し、風を切って馬車へと向かった。
そして一方の馬車では。
「くっ、おいアンタ、早く逃げろ!」
「……さすがにこれではもうだめですわよ。潔く諦めましょう」
馬車の御者だった筋肉質の男は質の悪い両刃剣を振り、ダークウルフに切りかかる。しかし軽いバックステップで避けられてしまい、体勢を崩した。しかしそこでもう一人の御者である細身の男が弓を射、追撃を牽制した。
「ったく、こんなことならアンタをつれてこんなとこまで来るんじゃなかったぜ!」
両刃剣の男が愚痴る。
それも仕方のないことだ。多額の報酬金に目が眩み、ある場所までの護衛任務を二人で受けたはいいが、それがこんな魔物のど真ん中を突っ切ることになろうとは思いもしなかったからだ。
男たちが出発したのは魔物襲来のお触れが出る直前。しかもその時点では今通る場所には魔物はおらず、安全ルートとされていた。
しかしこの三日間で魔物の規模が増大し、今いる場所まで増えてきたのだ。
完全に予想外である。
「それに関しては申し訳ありません。一緒に死んでください」
「潔すぎんだろぉ!?」
馬車の荷台で小さく呟くのはとある乙女だった。金髪、というよりは栗色に近い色をした長髪を、もみ上げのところから三つ編みにし、あとは背中に流すだけの、簡素な髪型だ。年齢はおそらく二十前ほどだろうか。十人が見て十人が美女だと言うだろう容姿をしている。
しかし彼女の容姿がどうあれ、危機的状況に変わりはない。
「くそが……おい、そっちは大丈夫か!?」
「だい、じょうぶ、です! でも、そろそろ……」
「おい、アンタも魔法かなんか使えないのか!」
「使えますよ」
「使えねぇなら仕方な……使えんのかよ!?」
まさかのお返しに驚愕する男だったが、その一瞬の気の緩みが隙を生んだ。
「ッ! 危ない!」
振り向くとすぐそこには魔物の爪。しかし間一髪腰を抜かした男は凶爪を免れた。しかしそれを越えた先にいるのは。
「え……?」
「あ、あぶねぇ!!」
女性の、その白い首が紅く染まろうとしたその時。
―――ダンッ!
凄まじい打撃音が響いた。
その音とともに魔物は馬車から十メートル以上もはじき出され、更にそこに光り輝く剣のようなものが刺さった。
「解放」
その一言で魔物は暴風とともに塵に還る。
そう、そこにいたのは、
「ふぅ、危ないところでしたね、お嬢さん方」
レイネスティア、その人だった。
「あ、あなたは……」
「っと、ちょっと待ってね。軽く片付けるから」
そういうとレイは踵を返し、魔物を睨みつける。たいていの動物ならその力量差を本能的に悟り逃げてゆくはずなのだが、理性を失った魔物ではそうも行かない。
「……逆巻け嵐龍」
なんの予備動作もない。ただそれだけで馬車の周囲を巨大な竜巻が襲った。
「なん、だ、これは……」
両刃剣を持った男が呆然と呟く。
レイはそれに歯牙もかけずに、次の行動へ移る。
「三人とも、とりあえず荷台に乗って!」
「え?」
「早く!」
「わ、分かった!」
レイに急かされ、三人、というか外へ出ていた男二人は荷台へ戻った。
「さて、壊れなきゃいいけど」
未だ竜巻が起きる中、レイは龍化した。その瞬間荷台の中から怯えたような声が聞こえたが、とりあえず無視。
むんず、と馬車の荷台を掴み、大空へと羽ばたいた。
周囲に空を飛ぶタイプの魔物はいない。地上ではいなくなった人間を探すように馬車のあった場所をかぎまわる魔物の姿があった。
「……とりあえずこれで問題ないかな」
レイはひと仕事終え、軽くため息をついた。早く事態を収拾させないとなぁ。
そんなことを考えつつ一路城へ向かうレイを荷台からじっと見つめる影があったことを、彼はついぞ気付かなかった。
どうも、芍薬牡丹です。
ユーザー名を黒色猫@芍薬牡丹に変更しました。基本的に黒色猫だったのですが、猫神で芍薬牡丹名乗ってたので、いっそ統合しちまえと、そんな感じです。
ここでは今までどおり芍薬牡丹と呼んで下さると幸いです。
というわけで名前からユーザーに飛べますよー。いえーい。
……失礼しました。
それではまた次回もお楽しみに。ではでは。




