第79話:夢
たゆたう。
まどろむ。
意識が揺れる。
暗い。ここはどこだろう。
「――ぃ」
? 誰だ?
「――ぃ!」
良く聞こえない。でもどこか良く聞く声だ。
「――り!」
誰だっけ。懐かしい声だ。
「ゆーり!」
あ、思い出せそうだ。そうだ、この声は―――
「優璃!」
「おわっ」
耳元で名前を呼ばれ、俺は飛び起きた。
「……葉瑠?」
「そうだよ。優ちゃん、早く起きないと遅刻するよ?」
言われて時計を見る。
うん、あと五分くらいで家を出ないと遅刻するね。
「って冷静になってる場合じゃねぇ!?」
「先行くねー」
「血も涙もねぇな!?」
そう言ってマジで出ていく葉瑠。
それを恨めしげに見ながらも、支度を亜高速で終わらせることに専念する。
そして支度すること約三分。俺は史上最高速度で家を出た。
◆ ◆ ◆ ◆
結局遅刻もせずに学校へ着き、いつも通り怠惰な授業をクリアし、いつの間にか時刻は夕方となっていた。
「んあぁぁぁぁ……」
俺はゆっくりと背伸びをする。先ほどやっとSHRが終わり、あとは帰るだけ、なのだ。
さて、今日は普通に帰るかどっかで遊んで行くか。なんて考えていると、自分の席に葉瑠が近付いてくるのを視界の端に捉えた。
「ね、優ちゃん」
「んぁ?」
「学校は楽しかった?」
「は?」
いきなりの言葉に思考が止まる。
なんだってこんなことを言い出すんだ?
「ね、楽しかった?」
「あっと、うん、まぁ楽しかったけど」
「そう。なら良かった」
そう言って葉瑠は、ニコニコと笑う。
なんだこいつ。意味わかんねぇ。
「ちょっとは気晴らしになったかな?」
「どういう意味だ?」
「ううん、気にしなくていいよ」
……あれ、なんか違和感が。
「気にしなくてもいいんだけど、これだけ覚えてて」
「ん?」
「優ちゃんはいつも誰かを護ろうとしてるけど、自分のことも護ってあげてね」
「……まぁ死ぬ気はないけど」
「ううん、そうじゃなくて。誰かを護るってことは、その誰かの周囲の環境も護るってこと。命だけ護っても、そんなのは違うって断言できる。きっと優ちゃんが護ろうとする人っていうのは親しい人だろうから、その誰かの周りには必ず優ちゃんが居る。その優ちゃんが犠牲になったら、誰かの世界は欠陥になっちゃうから」
俺の中の違和感が増えていく。
「絶対に自分を犠牲に誰かを護ろうだなんて考えないで。護るんだったらその全部を護りきって」
違和感が―――
「それが、私の願いです」
「お前―――」
「時間だね。それじゃ、いつかまた会えるのを楽しみにしてるから」
じゃあ、またね。
その言葉を最後に、視界は急速に光に包まれていった。
◆◇◆◇◆◇◆
「どうしてこうなった」
誰かに呼ばれた気がして、俺は目が覚めた。見知らぬ天井は置いとこう。
なにか夢を見ていた気がするのだが、目が覚めてみると不思議な夢だった、という印象しか残っていなかった。
まだよく状況は分からないが、どうやら病院かどこかのベッドに寝かされている模様。スプリングのないベッドは、俺の背骨を硬直させるには十分だった。
「んあぁぁぁー……」
体を捩じる。
「いだだだだだだ!!!」
激痛が走る。
何やってんだ俺は……。
呻きながらも激痛の理由を探す。
「……あ、そうだ。俺、矢か何かで貫かれたんだった」
その言葉を皮切りに、色々な頃が急速に思い出されていった。異世界に来てアンネと出会いレイと戦いクレスミスト王国へ招聘されリナリアを助け特別近衛騎士に任命されアンネの護衛としてフォレスティン学園へ行ってマルス祭に出て、そして奇襲を受けた。
今までそんなに気にしたこと無かったけど、ここは異世界で、俺の居た世界よりもはるかに死が近い世界なんだよなぁ。そしてアンネの護衛として俺が居る限り、アンネと同じくらい俺も狙われる可能性があったはずだ。俺はそれをすっかり失念していた。
まったくもって、情けない話である。
「いてて………、傷が治らんのか……」
俺の傷は、義体魔術では直すことが出来ない。治す、ではなく、直す。治療ではないのだ、あれは。
だから俺の傷は本来この世界にある治癒魔術で治さねばならないのだが……。
「なるほど、傷が深かったわけね」
いくら魔力量が多くて治癒が早いからと言って、体の基本を狂わせることは出来ない。だから、一応傷がふさがっているこの状況は結構頑張った証拠なのだ。誰かが。
まぁたぶんノアあたりがやってくれたんだろうけどな……。
「………あれ、そういえばノアはどこ行った?」
今寝ている場所から見える窓の外は、朝だった。というかちょうど日の出あたりだろう。
というか、俺はどんだけ寝てたんだろう。
「………分からん。分からんが、……とりあえず情報収集だな」
俺は痛む胸を押さえながら、体を起こした。
「うむぅ、ちょっときついかな?」
おどけてみるが、どうも上手くいかなかった。なぜなら俺の顔には苦笑が張り付いていたからだ。
さて、とりあえず部屋を出よう。
ドアノブに手を乗せ、ガチャリという音と共に扉が開かれる。
「ふむ、やっぱりここは医務室的なとこか」
外に出ると、どこかの廊下だった。たぶんだが、マルス祭本部の医務室だろうと思う。建物の作りとか空気の臭いとか、そんなとこからの判断だが。
「あ、ユーリ様!」
と、ここで聞いたことのない声で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。そちらを振り向くと、20代前半ほどの、赤毛の女性がいた。
「起きたんですか!? ってか起きないでください!!」
「どっちだ」
とても混乱しているようだ。
「起きるのは大歓迎ですが、起き上がらないでください!! 分かったらさっさと戻る!!!」
「すいませんでしたッ!」
なにこの人こわい。
俺は言われた通り、ついさっき出てきた扉を再びくぐり、ベッドに座った。
「まったく、無茶しないでください」
「ホント、すんません」
「ただでさえ戦時中だと言うのに……」
「―――え?」
いま、なんつった?
「おい、今何て言った」
「え?」
「今何て言ったんだ!」
「は、はい、戦時中だと……」
は?
戦時中?
「どういうことだ」
「えっと……」
いや、ちょっと待て。むしろ今のこの状況から説明してもらわんと、理解できるもんも出来なくなるだろう。
ということで。
「すまん。その前に俺のおかれてる状況を教えてくれないか?」
「あ、はい。マルス祭でユーリさんは胸を撃ち抜かれました。撃たれた場所は辛うじて心臓は避けていましたが、すぐ近くの大動脈を傷つけていました。これは普通即死モノ、或いは失血死または多量の失血によるショック死。とにかく致命的でした」
……うわぁ。九死に一生レベルじゃねぇぞ、それ。
「しかしユーリ様の相棒とおっしゃられるノア様が治癒魔法を施行。その卓越した……いえ、超越的な技量でユーリ様の傷は完治とまではいかずとも、傷を塞ぐことには成功いたしました」
「……そっか。ノアには迷惑かけたな」
ですが、と女性は続けた。
「問題はそこからでして」
「……何かあったのか」
「そこで先ほどの戦時中という言葉に戻るのですが、ユーリ様が倒れたと時を同じくして、フォレスティン学園が魔物の大群に襲われました」
「―――は?」
魔物の襲来?
「そしてそれに伴いユーリ様のお仲間である方々はみな、学園の方へ向われました」
……だからノアが傍に居なかったのか。リナリアも。レイも。アンネも。
みんな戦ってんのか。そうか。
「……俺はどれくらい寝ていた?」
「……ざっとあれから7日ほど、たちました」
一週間。
果たしてその長さが、致命的でなければいいのだが。
「よし、俺も行かなきゃな」
「いやいや、そんな傷で行くだなんて、無茶言わないでくださいよ!」
「確かに無茶だろうな」
「なら!」
「でも無理じゃない」
ニヤリと笑う。
それに、仲間を置いて俺は独りベッドに縛り付けられるなんて、たまったもんじゃねぇ。俺にだってくだらないプライドくらいあるんだよ。
それに、俺の夢は目に見える人全てを救うことだからな。
「すまんな。ちょっと行ってくる」
「でもここから学園はかなりの距離がありますよ……? 馬車も余り数がないですし……」
「ああ、それは問題ないよ」
そう言って、俺はその手に魔力を集める。
「転移魔術は、俺の得意な魔法なんだ」
「そ、そんな高度な魔法……本当に使えるんですか?」
「まぁ見てろって」
さて、誰を目標に飛ぶか。……まぁノアだろうな。
ノアの場所を特定。すると、やはり学園にいるみたいだ。
よしよし、なるほど。
「じゃ、そろそろ行くわ」
「……はい、お気をつけて」
「そっちもな。……転移!」
そうして俺は刹那の元、学園へ飛んだ。
どうも。
たぶんこれでマルス祭編終わりかな。ちょっと長くし過ぎたので、若干展開端折ったり。端折ったとこはまたどこかで展開させますので。
なんとなく指が動いたので早めの投稿と相成りました。短いのは次章への繋ぎだからです。
それではまた次章でお会いしましょう。