第72話:演武
「あれから10年の月日が経った。
マルス祭を優勝した俺は、そのまま魔王を探す旅へ出た。傍らにノアとリナリアとレイとアンネを連れて。
アンネを旅に連れて行くに際しては色々問題はあったが、アンネの強い意志により、ラルム王が折れる形で決着した。ただし、ひと月に一度は手紙を出すことが条件だったが。
そして、大陸の端まで行くと、今度は船に乗り、あらゆる大陸を船で行き渡り、出発してから約1年の月日を経て、ようやく魔王がいるらしい大陸に降り立った。
問題はそこからだ。
俺とノアは障気に対して有効な理力を元から保有していたが、他の仲間は違う。その差を埋めるために大魔法を連発しなければならなくなり、すぐに魔力が枯渇してしまい、疲労は溜まる一方だった。
そこで俺は決断しなければならなかった。仲間には死んで欲しくない。ならばどうするか。
俺は、仲間たちと相談することにした。その結果、アンネの「これ以上ユーリさんたちのご迷惑になっては本末転倒です」の一言により、俺はアンネ、リナリア、レイの3人をクレスミスト王国へ転移させた。
そしてそれから半年ほどその大陸をノアと2人で旅し、ようやく魔王のいる城までやってきた。
城はアンデッドや魔獣が山ほど住み着き、ギルドランクでいえば余裕でSランク任務だっただろう。その中を俺たちは突き進み、魔王の間までたどり着いた。
魔王との戦いは長時間に及んだ。
しかし、やっとのことで倒すと、俺たちはクレスミスト王国へ帰ったのだった。
そして現在、俺はノアと一緒に各国を周遊し、魔物退治を生業としている。
未だに元の世界に帰る方法は見つからないので、まだこちらでやることが何か残っているのだろう。そう考えることにした。
以前ノアが言っていた、数ある未来の選択肢の中から、俺はこの未来を選んだのだろう。
俺はこれからも、この世界で生きていこうと思う。大切な人たちがいる、この世界で………。
………という夢を見たんだ」
朝から長話に付き合ってくれたノアにそう言うと、この一言。
「阿呆か」
ダイヤモンドダストが吹き荒れる程の冷たさだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「第2回戦、第1試合!! まずは最初の選手はこちら、かの大国クレスミスト王国の特別近衛騎士にして圧倒的治癒魔法技術の持ち主、ユーリ・ツキシロ選手だあああああああああああああ!!」
いえーい。俺です。
というかその解説は一体………?
「そしてその相手は、幼女体型黒髪長髪猫耳まで付いてどうして嫌いになれようか!? 服は一風変わった服装で、しかしその裾にある白くヒラヒラのレースは長く漆黒の髪と素晴らしいコントラストを演出している! そう! こちらは皆さんご存知のぉ、ノア選手だあああああああああああああ!!」
いえーい。ノアです。
………おい解説者。貴様ノア大好きだろ。
ちなみに一風変わった服装ってのは着物もどきのことか。俺の世界でいうところの和風ゴスってやつか? あまり良くは知らないが。
ちなみにだが、俺の服装はカーゴパンツに普通のシャツだ。全力で普通の格好である。
「それでは両者見合ってぇ………試合開始!!」
次の瞬間、ノアが俺に向かって風のように走り出す。
俺はすぐさまノアの背後に瞬間移動するが、目の前にノアはいない。
(どこに………上か!?)
俺は上からの気配に気付き、確認は二の次で再び違う場所に瞬間移動した。
そこから先ほどまでいた場所を見ると、ノアが舞台上に氷の槍(むしろ柱)をぶっ刺しているところだった。
危ねぇ、と思いつつもノアがいる場所に雷を落とす。が、どういった運動神経をしているのかそれを避け、地面に手を置く。
それを見て俺は横に飛ぶ。すると立っていた場所から石の槍がいくつも突き出ていた。しかも避けた俺をさらに追ってくる。
俺は風の力で空へ飛び上がり、ノアに狙いを定める。
ノアもそれに気付き、構えをとるが………。
「ッ!?」
次の瞬間にはノアの首を、俺の身長ほどある大きなハサミの刃が捉えていた。その2つの刃で、ノアの細首を今にも切ろうとするかのように。
何かしようとしたのは俺のフェイント。構えたと同時に創造魔術でハサミを創り、ノアの背後に瞬間移動したのだ。
「………む、降参じゃ」
そう言って、ノアは両手を上げてヒラヒラさせる。
間。
「な、なんとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 一瞬、秒殺、刹那の間に決着が付いてしまったあああああああああああああああああああああああああ!!」
解説うるせぇ!
あと、観客席も大歓声が響いている。この音を映像で表したらじゃみじゃみなんだろうなぁ。あ、じゃみじゃみってのはテレビの砂嵐のこと。福井弁ね。
未だ歓声鳴り響く舞台を、解説者の熱い解説をBGMに降りていく。
これにて俺とノアの演武は終演だ。
………なぜこんなことになったかと言うと、話は2時間ほど前に遡る。
◆ ◆ ◆ ◆
「よし、棄権しよう」
「いや、ちょ、待てやコラ」
対戦表を見たノアの決意に、俺は突っ込みを入れた。
ちなみにだが、対戦表は一応トーナメント形式である。しかし回戦の度にシャッフルし直すので、第1回戦の第1試合と第2試合で勝った者同士が第2回戦で戦うとは限らないのだ。
だから、俺の次の相手は誰かなー、と軽い気持ちで見に行ったら、相手がノアだったもんで、そしたらこの台詞だ。
「以前言ったじゃろうが。もしユーリと戦うことになればわらわが棄権すると」
「いやまぁそうだけどさ………」
なんか、せっかくの機会なのに勿体無い気がするのだ。
だってよく考えろよ。ノアって……神様だぜ? 神様と戦えるチャンスなんだぜ?
「むぅ………」
ノアは腕を組み、唸る。
そして1分後、こう提案した。
「………ならば演武という形にするかの」
「演武? ………そんなのしたことないぞ?」
そう言うとノアは笑った。
「わらわとお主の仲じゃし、なんとかなるじゃろ。わらわも手加減するしの」
「ということは、やっぱノアとガチバトルしたら俺が負けるか」
「そりゃあの。グングニルでも出せば即終了じゃろう」
「だよなぁ………ん?」
流した方がいいのだろうか。………ダメだよな? うん、そりゃダメだよな。だがそこをあえて流すのが私、月城優璃です。久々の本名登場。
「んじゃあ簡単にでも打ち合わせしておくか」
「うむ」
そう言って、宿へ帰りがてらとてつもなく簡単な打ち合わせをするのだった。
………まさか打ち合わせが30秒で終わるとは、流石に予想外だった。
◆ ◆ ◆ ◆
「さぁて飯にすっか」
「ユーリの手作りでな」
「はいな。でもレパートリーは少ないぞ?」
「一番得意なので良いぞ?」
「んー……、ならばオムライスだ」
「よしッ!」
歩きながらガッツポーズをとるノアに和まされつつ舞台を降りると、そこにはリナリアが待っていた。
「お疲れ様、ご主人様と師匠」
「おー、さんきゅ………師匠?」
ぐるりと首を回し、ノアを見る。
「まぁ八卦魔術を教えたのはわらわじゃしな。あれからもちょくちょく修行しとるし」
「え、なにそれ」
なんかリナリアの努力を知らなかった俺がちょっとショックなんだが、なぜだろう。………なぜだろう。
「ねぇご主人様」
「んぁ?」
言いながらノアと反対側からしなだれかかってくるリナリア。なんか柔らかいんですが。なんかいい香りするんですがッ!
………なぜノアも腕を掴む。なぜ抱き付く。なぜ噛みつ痛たたたた。ノアの犬歯が腕に穴を開けんと圧力をかける。猫なのに犬歯とはこれ如何に。
「ねぇってば」
「おっと。なんだ?」
言いながらも舞台横の選手控え室の前を通り過ぎ、もうちょっと歩けば外の光が見えてくるはずだ。
舞台も中も石で出来ていて、かなり頑丈である。また、魔術的な補強もしているらしい。詳しくは知らないが。
「この後どうするの?」
「とりあえず宿に帰って昼飯だな」
「ユーリの手作りでの」
ピクン、とリナリアの耳が反応する。
「………」
そして無言の懇願。
………欲しけりゃ欲しいと言えば良いのに。
「欲しいのか?」
こくり。
「そんなに?」
こくこく。
「まぁいいけど」
やったぁー!と両手を空に伸ばし、喜びを全身で表現するリナリア。なにこの可愛い生物。
ノアもこれくらい感情表現豊かだったらなぁ………。
「よぉしユーリ。お主の考えていることが手に取るように分かるぞ。良いじゃろう、戦争を始めよう」
鋭い目つきで俺を見上げるノア。怖ッ!
しかし私には最終兵器があるのだよ!
「飯作らんぞ」
「わらわが悪かった」
結局は胃袋を鷲掴んどけば、俺の平穏は保たれるのだよ!
「はっ! しまった、つい謝ってしもうた」
「まぁまぁキニスンナ」
ふははー、と笑いながら、俺は宿への道を急ぐのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
こんな感じでまったりと終了するはずだった1日。しかし、最後の最後でこんな事があるとは思わなかった。
それは、宿へ帰って来て飯も風呂も終わり、後はゆったり寝るまでゴロゴロしているはずの時間。
そんな最中、部屋の扉がノックされた。
「はい、誰ですか?」
今まで寝転んでいたソファーから身を起こし、訊ねる。
「オレだ、ローレルだよ」
「なんだお前か。開いてるからどうぞー」
「おう、失礼するぜ」
そういってローレルは部屋に入ってくる。
「どうした?」
「いや、ちょっと報告にな」
そういうと、ローレルはどこか決まり悪そうに頭を掻いた。
「いやぁ、なあ?」
「はぁ? 歯切れ悪いな。言いにくいことならちょっと外行くか?」
リナリアは風呂でいないが、ノアは出窓に座って夜の街を眺めている。
と、不意にノアがこちらに視線を向けた。
「そういうことなら、わらわが席を外そう」
そう言ってノアは出窓から降り、扉から出ようとする。
しかしそれをローレルは引き止めた。
「いやいや、そこまでな話じゃないから。ちょっと恥ずかしいだけだ」
「なに俺、告白されんの?」
「んなわけないだろうが殺すぞ貴様」
割と本気の殺気がローレルから漏れた。冗談の通じないやつだぜ。
「んで?」
「ああ、そうだったな。………うん、いや悪い。俺、負けたわ」
………は?
「負けたのか?」
「ああ。まぁ相性が悪いのもあったが、オレは元々使い魔ありきの戦いを訓練してたから。その内負けるだろうとは思っていたが、案外早かったわ」
そう言って照れ笑いをするローレル。
そういえばなんか“片翼のローレル”って呼ばれてたんだよな。それは皮肉か賛辞か。
「そっか。それで、これからどうすんだ?」
「オレは学園に一足先に帰るわ。うちの姫様もお冠だろうしな」
ひひひ、と笑いながらローレルは言った。
確かに早くティアの護衛に戻らないと、ティアの精神的疲労が溜まりに溜まって、そろそろ爆発してもおかしくない頃だ。
「そっかぁ。いつ行くんだ?」
「いや、特に準備とかもないし、明日には発つさ」
「早いな。ま、お疲れさん」
「おう。ユーリは絶対優勝しろよ?」
その言葉に苦笑しつつ、出来たらな、と答えた。
「それじゃ」
そう言って出て行こうとするローレル。
………って、ちょい待て。まだ気になることがあるぞ?
「なぁローレル」
「んぁ?」
すでに出かかっていたローレルが振り返る。
「お前とやった相手って誰なんだ?」
「ああ、えっと確か………」
次の一言で、俺は凍り付くことになる。
「確か………、“サンローズ”ってやつだ」
どうも、芍薬牡丹です。
季節の変わり目は風邪にかかりやすい。どうぞ気を付けてください。げふんげふん。
さて、最後にやって参りましたあの方。これは結構前から決まっていたイベントです。
ユーリはどうするのでしょうね?
でも、その前にもう1つデカいイベントがあるので、ちょっと紙面使うと思います。ま、マルス祭が終わるくらいから物語は加速しますけどね。
あ、あと初っ端に変なフラグ立ててすいません。夢落ちってことでフラグは折りましたが、一度夢落ちをやってみたかったんです。すいません。
それではまた次回。
ではでは。