第71話:ひと波瀾の予感
猛烈な風切り音とともに、幅広の大剣が振り下ろされた。
俺はそれを身体強化魔術によって強化された目で捉え、紙一重でかわす。それと同時、足に防御魔術をかけて、地面に着いてた自分の足元を爆発させ、まさに爆発的な速さで相手の懐に潜り込み、腹に右ストレートを………叩き込む!
「グッ!」
相手が吹き飛んでいく。それを見逃す理由などなく、俺は風の補助とともに相手の上空へ飛んだ。
そして、
「招雷!」
そう言い放ち、相手の上空で掲げた両手を振り下ろす。
追い打ちには多少やりすぎかもしれないが、そうは言ってられない。起き上がられると面倒だからだ。
空から走る雷光に周囲は一瞬目をやられ、落雷の轟音と煙に包まれた。
「………ふぅ」
地面にスタッと降りた俺は、油断なきよう煙を見据える。
しかして煙の晴れたそこには、服があちこち破れ、焦げた跡の残る、相手が倒れているのだった。
「………生きてる………よな?」
正直、雷の威力は適当なのだ。今までの感じからなんとなくの威力を予想し、感覚で放っている。だから最悪、死ぬことはないはず………、なんだけどね。
脇から審判が出てきて、相手を確認する。そして立ち上がり、こちらを見て、こう言った。
「第1回戦、第16試合! 勝者、ユーリ・ツキシロ選手!!」
次の瞬間、会場内は溢れんばかりの歓声に包まれた。先ほどの雷鳴に負けんばかりの歓声に、マルス祭の人気と入場者の数に驚かされる。
戦っていた相手は、すぐさま救護室に運ばれて行った。どうやら気絶しているらしい。でも救護室には腕利きの治癒魔術の使い手がいるらしいので、あまり心配はしていない。
マルス祭の武術大会は、初めの乱戦はふるいにかけるだけで、本戦試合とはみなされないらしい。
最初の乱戦によって勝者は40名となるはずだったのだが、リナリアが試合で無双して、勝者がリナリア1名になってしまった結果、全員で39名になってしまった。そこで大会本部から1名プラスし、最終的には全40名で武術大会は開始された。
第1回戦で20名まで絞り、第2回戦で10名。そして第3回戦で5名。第4回戦でシードを選び、3名。第5回戦でも同じくシードを選び、2名。最後に第6回戦で優勝が決まる。
「今第1回戦終わったから、最長であと5回も戦うのか………。しんどそうだなぁ」
などとぼやきながら、俺は舞台を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
「よくやったの、ユーリ」
「ん、ノアか」
控え室に入ると、ノアが椅子にもたれながら話しかけてきた。ここの控室というのは割と数があり、選手が持ち回りで使うことになっている。しかし俺の試合は全20試合中16試合目だったので、俺の後に使う選手はいなかったはずだ。
ということは、ノアはわざわざ俺の控室を探して来てくれたんだろう。それに、ノアの試合は俺の1つ前だから、終わるまでずっと待っててくれたのか。
「すまん、待たせたな」
「よいよい。これでも早いほうじゃろうて」
ノアは笑いながらそう言った。
まぁ確かに早い方だと思う。試合自体は15分くらいで終わったし。
それはそうと、この場にいない狐のあの子はどうしたんだろう。
「リナリアか? あやつはおそらく街に出ておるぞ」
「あ、そうなんだ。珍しいな」
軽く自惚れだが、リナリアは俺の試合は見ると思ってたのに。
ちなみにだが、リナリアはすでに第1回戦を勝ち抜いている。あの八卦魔術は、やっぱバランスブレイカ―だわ。天と地を操るとか何にそれって感じ。そのうち乾と坤以外も操れるようになったら、俺ですら勝つのは難しいだろう。
まぁイフの話ではあるが。俺とリナリアが戦うことなんて、あり得ないし。試合で当たっても、たぶんどっちかが棄権するんじゃないかな、とか思うのだが、どうだろう。
「ところでさ、俺思ったんだけど」
「んむー?」
ノアは椅子にぐてーっともたれかかり、なんだかそのまま寝そうな勢いだった。
って、それはどうでもいい。
「もし俺とノアが試合で会ったらどうすんの?」
「それはもちろんわらわが棄権するぞ」
………もちろんなんだ。
「当たり前じゃ」
ノアは椅子から立ち上がり、俺を正面から見据える。
「ユーリはわらわの主じゃぞ? 主に牙を向けようなど、たとえこのようなお遊びであろうと許されることではなかろう」
「………そうなのか」
なんだかノアはノアでよく考えているんだな。
………いや待てよ? 俺たまにノアに襲われてるんだが。この前リナリアとデートした時とか。
てなことを考えていると、ノアはクスクスと笑いだした。
「ま、主人に盲目的に着いてゆくのが良い従者ではなかろう。時に間違った方へ進もうとする主を正しい方向へ戻すのも、従者の使命じゃ」
「………あー、そう言われればそうなのか」
時に主に敵対してでも止めなければならない場合もあるのか。なるほど。
「あと鬱憤晴らしとか」
「オイ」
視線を反らしつつ言い放つノア。
非常に気になるんですが。つーか俺が痛めつけられてる理由の9割以上がそれじゃねーのか? あと目ェ見ろ目を。
………まぁ間違っていたらそれを示唆してくれると言うのだから、その恩恵はありがたく受けておこう。
「まぁそうなったらよろしく」
「では遠慮なくするとしようかの」
………あれ? 早まったか?
「ふふふ………」
………でも、まぁ。
口元を押さえて上品に笑うノアを見ていれば、なんだか安心できるのはなんでなんだろう。
「さて、と。そろそろ出るかの?」
「あ、ああ」
急に話を振られ、少し焦る。
「む? どうかしたのかえ?」
「んー、んにゃ、なんでもないよ」
そうはぐらかし、俺たちは控室を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆
「そういえば今から1回戦最終組がやるらしいのじゃが、行くか?」
そうノアに言われ、俺とノアは客席の方へ足を運んでいた。
ただ、俺たちの顔はそれなりに有名になってしまったので、今は久しぶりの概念魔術で俺たちが思う他人からは俺たちが他人に見えるようにしている。ややこしい。ま、結局は他人からは俺たちだと認識されない、というわけ。一種の幻術である。
「なんという概念魔術の無駄遣い………」
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
ふむ? 何か言ってた気がするんだが………まぁいいか。今はとりあえず最終組の試合を観戦するか。
そう思いながら、舞台を見やる。
現在天候はギリギリ晴れ、と言ったところか。もうじき雨が降りそうではある。
『さぁ、これから始まるは第1回戦最終組! 選手の入場だああああああああああああ!!』
ワァァァァ!!!
実況の声に大歓声を上げる観客たち。ノリがいいのかそれとも他にストレス発散できる場所がないのか、謎である。
隣で座っているノアはそんなことお構いなしと言わんばかりに、俺が亜空間から出した梨のような桃のような味のするミカンの形の果物を頬張っている。食った時にガリッガリッという咀嚼音がするのは如何なものだろうか。
『さぁて最初の選手はこちらぁ!! ここから遥か西にあるアニスタ王国よりグラッジスト・ランバルスだああああああああああああ!!』
やはり大歓声の中現れたのは、なんだか爬虫類顔をした戦士だった。基本的な装備、胸当てやら手甲などとともに、双剣を装備している。なるほど、双剣使いであれば防御力よりも素早さを取るわけか。
ちなみに爬虫類っぽい顔とは、具体的に言うならワニっぽい顔だ。………これは種族的に獣人の中に入るんだろうか。どちらかと言えばリザードマンとか言われて魔物として退治されそうな容姿をしているんだが。
「あいつ強いんかな?」
「まぁあの乱戦を乗り越えたのは間違いないじゃろうから、それなりに強いのではないかの?」
まぁそれもそうか。
なんて会話をしている間にも、次の選手が呼ばれていた。
『そして次は、今大会のイレギュラーにより本部から送られた刺客、その名もベルネアだああああああああああああああああ!!!」
そして大歓声。
ということは、あの人がリナリアによって開けられた穴に入り込んだ選手というわけか。全身をすっぽり覆うローブによってどんな姿なのかは分からない。ついでに顔も深くまでフードを被っていて、表情すら見えない。なんという謎な選手だ。
「なんかまた変なのが出て来たなぁ」
「クックック、そうじゃの。これは面白い」
なんだかノアが楽しそうだ。なんか感じたのだろうか。
それは置いといて、そろそろ試合開始だ。
『それでは両者前へ!!』
審判の声に従い、互いに10メートル程の間隔を開け、見合った。
そして、
『では第1回戦、第20試合! ………開始!!』
始まる。
ワニ顔のグラッジストは双剣を構え、ローブ男(もしかしたら女)のベルネアに急接近する。どうやら身体強化に加え、風の補助も使っているのではないかと思う。とにかく、風を巻き起こしてグラッジストはベルネアに迫ったのだ。
それに対しベルネアは右手を前に掲げるのみ。
俺はその瞬間、終わったな、と思った。なぜならば。
―――キンッ、と金属を叩いたような澄んだ音が響く。
次の瞬間には、全てが終わっていた。それは一瞬で終わった。
ベルネアの勝利という形で。
「………おいおい、やり過ぎだろう」
「む、これはまた、やりおったのう」
舞台の光景に、観客たちは騒ぐのも忘れ、魅入っていた。
なぜなら、そこには1本の氷柱が坐していたからだ。
―――その中にグラッジストを閉じ込めて。
直径は3メートル近くあるだろうか。高さは10メートルほど。その姿はさながらトーテムポールだった。
その姿に一瞬呆気に取られつつもカウントを始める審判を横目に、俺は先ほどのことを思い出していた。
あのとき、俺は一瞬で試合が終わると理解出来た。なぜなら、ベルネアの右手に濃い魔力を感じたからだ。大きな魔力を凝縮したかのようなその右手に、グラッジスト程度の戦士では太刀打ちできないだろうことは、すぐに理解した。………いや、理解させられた。
なぜなら、それは相手を倒すというよりは会場へ向けられたものだろうと予想できたからだ。
………あまりにも、なのだ。あまりにも魔力を注ぎ込み過ぎている。それではオーバーキルであるし、なにより魔力の無駄遣いである。
ではなぜそんな無駄なことをしたのか。答えは簡単だ。先ほどの通り、会場へ向けたアピールなのだろう。
乱戦という名の予選を戦わずして、本戦に出場した選手。これは非常に観客に受けが悪い。しかも本部からの駒であるとすれば、なおさらだ。
だから、その強さを示すためにこのような方法を取ったのだろう。たとえ予選に出ていたとしても勝ち上がっていた、それを今この場で証明し、観客ひいては出場者にも納得させたのだ。逆に試合を長引かせて魔術を連発するという手もあっただろうが、あまり手の内を晒したくなかったのではないだろうか。
「………こりゃまたひと波瀾の予感、だな」
カウントが終わりベルネアの勝利宣言がされると同時、審判や他の人も氷柱に駆け寄り、火で氷を溶かし出した。割れては駄目だし火力を強めてはグラッジストを燃やしてしまう可能性がある。しかし解凍が遅いとグラッジストが重傷を負ってしまうという、なかなかに大変なことになっていた。
まぁ重傷なら重傷で医療班が治すだろうけどさ。
「ん?」
そこでふと、ベルネアと目があった、ような気がした。
ただ周囲を見渡しただけかもしれない。俺の気のせいかもしれない。ただ、そんな気がした。
「ふむ………?」
とにかく、これで1回戦は全て終わった。
これからどうなるのか、そして誰と戦うことになるのかが結構楽しみだったりする。
「俺たちの戦いはこれからだ!」
「まだ終わらんからの」
「まじぽん?」
「まじぽん。なぜヒーロー物の最終回的なノリなのじゃ。あとまじぽんとか古すぎじゃろ」
フラグは破壊された。そしてちょっと落ち込んだ。
そんな感じで、次は2回戦だ。………まぁそれなりに頑張りますかね。
すいませんでした。
謝りつつ入るのもアレですが、長いこと間開けてしまい申し訳御座いませんでした。
どうも、芍薬牡丹です。
投稿していない間もじわじわ増えるお気に入り数に胃をすり減らしながらも書きあげました。
ストーリー評価と文章評価が共に500を越えていました。ありがとうございます。これからも頑張ります。
それと、前回からお気に入りユーザー数が38人にまで増えて、ありがたい限りです。良く考えると38人って数字って凄いですよね。高校とかの教室1クラス分の人数なんですから。
さて、次は………どうしましょう。正直、何かネタ下さい。それなりの流れはあるのですが、細かいところが決まっていないのです。感想でも活動報告でもメッセージでもいいんで、何かいただけるとありがたいです。ちなみに感想は非ユーザーの方でも書きこめるようになっておりますので。
それではまた次回。
ではでは。