閑話04:転移魔術
それはリナリアと街を歩いている時に起きた。
『帰れ屑が!!』
『お願いします! どうか!!』
そんなやりとりが聞こえてきたのだ。
「………なんか聞こえたな」
「うん。たぶんこっちの細い通りからだと思うわ」
リナリアは狐耳をピクピクさせながら応える。あとで耳を触らせてもらおう。
って今はどうでもいいか。
「ちょっと行ってみるか」
「ええ、ご主人様が行くなら私も行くわ」
そう言うと、俺たちは表の大通りから一本外れた、少し薄暗い道を歩き始めた。
特に細すぎる路地と言うわけでもないので、辺りにゴミが散らばっているわけでもないし、人通りが全くないわけでもない。むしろこう言った細い路地の方が、武具店や薬草などを売っている店が立ち並び、ある意味散歩するにはうってつけと言ったところか。
俺は石で舗装された道を、歩いて行く。
と、
「お願いです!」
「貴様みたいな亜人が来る場所じゃねぇんだよ! 帰りやがれ!!」
その言葉を最後に、勢いよく扉が閉められる音が聞こえた。
………一体何がどうしたんだ?
俺は声が聞こえた方を見ると、1人の女性が地面に座り込んでいた。
「………何があったんだよ」
「亜人だからじゃない、かな」
リナリアが少し顔をしかめて応える。
先ほど街でリナリアはサインを書いてくれと頼まれていた。それはおそらくマルス祭でのリナリアの試合を見ていた観客の1人なんだろうけど、その人はリナリアが亜人だと知っていたにもかかわらず、普通の対応をしていた。
それを見て、ここドレブナイズの街では亜人に対する差別がないのかな、などと思っていたが、どこにも例外は存在するようだ。
「とりあえず話聞くか」
「………うん、そうね」
ということで、座り込んでいる女性に近付き、話しかけてみた。
「あの、もし。何かお困りでしょうか?」
「なんか言い方が急に古臭くなった気がするわね」
「うるせぇよ!?」
見知らぬ人に話しかける時って、普通緊張するからね?
「え、あ、あの、どちらさまでしょうか………?」
顔を上げた女性は、見かけは普通の女性だった。茶色の髪の毛を後ろでお団子にしている。歳は20代前半といったところだろうか。
何はともあれ、なかなかに美しい女性だった。
それはいいのだが………
「………リナリアさん?」
「ん、何?」
「どうしてワタクシめの腕を引き千切らんばかりに抓っておられるのでせう」
「自分の心に訊いてみては如何かしら?」
にっこり笑うリナリア。この時、全身に鳥肌が立ったのは言うまでもない。
「ま、まぁいいや。俺はユーリと言います。しがない旅人でござんす」
「さらに口調が過去へ戻ってるわね」
「そなたは如何申されたのか、お聞かせ願えないか?」
「なんか吹っ切れたの?」
いちいち俺の言動に突っ込むリナリア。
やり取りは楽しいけど、これじゃ話進まねぇよ!
「って、ご主人様が変な口調で話すからでしょうに」
「ですよねー」
俺が口調を普通にすれば解決なんだよ、これは。
つーか、なんかナチュラルに心読まれたな、今。
「ええと………」
そしてやはり混乱する女性。
ごめんなさい。正直リナリアとのやりとりを少し楽しんでました。
「それで、どうしたんですか?」
「ええと………、杖に魔力を入れてもらおうと思ったんですが、やはり亜人だからでしょうか………」
あー、そういえばそんな職業もあるって話は聞いたことがある。たしか転移に関する話だった気がするが、杖に魔力を入れてもらい、それを使い転移陣を描く。それにより安全かつ一瞬で移動できるのだ。ただしかなりの高額らしいが。
………んで、それを拒否されたと。
女性はそのまま俯いてしまった。
………はてさて、どうしたものか。
そう考えていると、隣にいたリナリアがこちらの脇を肘で突いて来た。
「ぐっほぉ」
しかも割と強く。
「ねぇご主人様」
「なんじゃらほい」
「お願い」
………いやまぁ何が言いたいかは分かるけどね。もう少し言葉を多くしてもバチは当たらないんじゃないかな?
ま、いいか。
「それで、杖ってどこにあるんですか?」
「え?」
顔を上げる女性。その瞳はうっすら涙が溜まっていた。
「一応俺も魔術士というか、そんなものでね。杖に魔力込めるくらいいいですよ」
「え、でも………」
「まぁまぁお気になさらずに。それで杖は?」
そう言うと、少し迷いつつもポケットから20センチほどの木の棒を取り出した。
「………」
少し考えつつも、その棒……というか杖を受けとり解析する。
「……………」
ふと思い出すは、以前ギルドにてリナリアを助け出した一件。
あの時の依頼は黒牙という盗賊団の拠点破壊及び強奪品の奪還だった。その破壊についてだが、それを証明するためにギルド職員を現場に喚び出したことがあった。
その時ギルド職員に渡された杖と言うのが、なんというか、1メートル50センチ以上ありそうなやつだったのだ。
それを考えると、これではなんだか心許無い気がする。
「えっと、これは転移魔術のための杖ですよね。どこに行くんですか?」
「あの、フォレスティン学園です。最近友達が復学したと聞き、どうしても会いたくなって………」
………最近復学した……だと?
なんだか聞き覚えがあるような。
「その方の名前は?」
「えっと、それは………」
あー、うん。もし思っている通りの人物なら、それはちょっと拙いのか。あまり考えたくはないが、この女性は亜人だしな。
………、うん。決めた。
「いいですよ。俺がフォレスティン学園まで送りましょう」
「本当によろしいんですか!?」
「ええ、構いません。いいよな?」
そう訊ねると、リナリアは笑顔で肯いた。
「ああ、リナリアも来るよな?」
「もちろん。久しぶりだしね」
うん、ならば行こうか。
「えと、とりあえず杖はお返しします」
「え、え?」
そう言って杖を返すと、一瞬呆気にとられてから、凄く泣きそうになった。
………いや、何か勘違いしてる! 絶対してる!!
「いや、転移は俺単体で出来ますのでお返ししただけですからね? 学園にはちゃんと連れて行きますからね?」
「ぐすっ……、そ、そうなの?」
「え、ええ。ですから御心配なさらずに。ね?」
そういうと、女性は袖で滲んでいた涙を拭いた。
「……さて、とりあえずお名前教えていただいても?」
「あ、そうでした。わたしはエイラと言います」
エイラ、か。
「俺はユーリ。こっちはリナリア。フォレスティン学園の生徒ですよ」
「え、そうなんですか!?」
「さてさて、行きますよ!」
そう言うと、リナリアを抱き寄せ、エイラさんに右手を出す。
「さ、掴まって」
エイラさんは少し迷い、おずおずと左手を出す。そしてそれが俺の右手に触れた瞬間、ぐいっと引き寄せ、肩を抱いた。
「失礼します。少しの間我慢して下さい」
「え、は、え、ええ!?」
急に肩を抱かれたせいか目を白黒させているのが少し面白かったが、徐々にリナリアから黒いオーラが発せられているのが非常に胃に悪かったので、さっさとすること済ますことにした。
「では行きます。………転移!」
次の瞬間、路地に3人の姿はなかった。
どうも。
長くなったので次回に続く。明日の昼の12時に投稿しようかなと思っております。
そういえば、私をお気に入りユーザーに登録して下さっている方が30名に達しました。ありがとうございます。
30ってどうなんだろう。多いのか少ないのか私には分かりませんが、とにかくありがとうございます。活動報告もなんかちゃんと書きます。あんなのですいません。
それではまた明日。
ではでは。