第70話:一緒に
その辺の店で昼食を済ませた俺たちは、再び町へ繰り出すことにした。どこもかしこもお祭り騒ぎで、露店は出てるわ道は人だかりで真っ直ぐに進めないわの大混雑。
そりゃ迷子も出るわと、先ほどの姉弟を思い出す。
「いやはや、午後になって人が急に増えたな。大丈夫か?」
「う、うん、だいじょ……いたっ」
っと。どうやら誰かとぶつかってしまったようだ。
ふむ………、これはリナリアが迷子になりそうだな。
そう考えた俺は、解決案として1つの答えを導き出した。
「リナリア。手」
「へ?」
道の脇に寄って立ち止まり、リナリアに左手を差し出す。
その左手を数秒硬直して見つめたのち、リナリアはこう言った。
「お手?」
ポンッ、とリナリアの右手が俺の左手の上に置かれた。
「なんでやねん」
その瞬間、俺は無意識のうちにリナリアにツッコミを入れ、頭突きをかましていた。
「い、いたい………」
「す、すまん。つい………」
俺もなぜその行動に出たのか意味不明だったが、とりあえずリナリアは両手でおでこを押さえ、上目づかいで涙目になっている。
何をやっとるんだ俺は。
「えっとだな。そうじゃなくて、手を繋いでおこうと言ったんだよ」
「……………へ?」
簡単な話だ。手をつないでおけば迷子になどならないだろう。
が、それを聞いたリナリアの反応は、再びの硬直だった。
「………おーい、どうした?」
「て、ててててて、手をつつつつ繋ぐの!?」
「落ち着けよ!?」
再起動したリナリアの過剰な反応に驚いたのは言うまでもない。
「深呼吸だ、リナリア。はい吸ってー……」
「すぅー……」
「吐いてー……」
「はぁー……」
いや、なんでこんなにリナリアは純粋なんだろう。混乱していたにもかかわらず、俺の言ったことをちゃんと聞いてくれてるし。案外冷静なのかもしれない。
なんて考えている間に、リナリアは多少落ち着いたようだ。
「………ふぅ。そ、それで、なんで手をつ、繋ぐの?」
「そりゃあはぐれないためだよ」
「……ん、よし、じゃあ行きましょう!」
「お、おう……?」
なんとなく顔が赤いような気もするが、こちらから見ると逆光であまりよく見えない。もしかしたら気のせいかもしれないな。
「とにかく、早く行こうぜ」
「う、うん!!」
そして、俺はリナリアの手をとった。
◆◇◆◇◆◇◆
それから俺たちは街を散策することにした。
リナリアがオススメするなんとかの実と言うのを食べてみたが、なんか桃とリンゴを混ぜたような味がした。うん、悪くない。
「しかしあれだな。注目されながらのオヤツというのは、なかなかに気が休まらんものだな」
「そ、そうよね………」
そしてやはり注目されまくりな俺たちだった。
てなことを考えていると、通りから見知らぬ女性の方が俺たちに向かってくるのが見えた。
「あ、あの………」
「ん、なんですか?」
おそらく俺よりも年上だろう女性は、とても低頭しながら、おそるおそると言った感じで俺に話しかけた。
「もしかして、ユーリ・ツキシロ様とリナリア様ですか?」
………。
なにこれ。ツッコミ待ち?
「………リナリア?」
「えっと、まぁいいんじゃない………?」
簡単に意思疎通し、女性に向き直る。
「はい、俺がユーリですけど。で、こっちはリナリア」
「こんにちは」
リナリアはにっこりと作り笑いを浮かべる。さすがにリナリアに初対面の相手へ普通の笑顔を向けろというのは無茶すぎる話だ。
しかし女性はそんなことに気にもせずに(もしくは気付かずに)、両手を目の前で組み目を爛々と輝かせた。それはまるで神に祈る信者のようだった。
「サ、サインお願いしてもいいですか!?」
………どうやら、先の試合観戦者だったようだ。
というか、俺サインなんてしたことないんだけどなぁ。
「どうする?」
「サインなんてしたことないわよ、私?」
「だよなぁ」
ただ、女性は鞄から色紙っぽいものを出してお願いしてるから、それを無碍にするのも後味悪い。
まぁそれっぽいもので良ければ、してみることにしよう。
「ん、まぁいいですよ」
「本当ですか!?」
ぐいっ、と近付いた女性に若干身を引きつつ、了承した。
………さて、どうしようか。俺の世界でいえば変形ローマ字で1つの絵みたいな感じで書くけど、残念ながらそんなこと即興で出来るわけないし。
………まぁローマ字で書いて、あとごちゃごちゃとデザインすればそれっぽく出来るかな?
そう結論に至り、サラサラと適当に書いてみる。
………うむ、これをサインと言ったら誰かに怒られそうな出来だ!
「えっと、こんなんでよかったですかね?」
とりあえず女性に渡してみる。
すると女性はやはり目を輝かせたままこう言った。
「ありがとうございます! あの、出来ればリナリア様も、サインよろしいですか?」
おお、そう言えばそうだった。
「ええ、いいですよ。それ貸してもらえます?」
「え? あ、はい」
リナリアはさっき俺が渡した色紙もどきを再び手に取り、少し考えた後、さらさらと書いてまた女性に渡した。
それをちらっと見てみると、なんか俺のサインに交わるようにリナリアのサインが書かれており、見ようによっては2つ合わせて1つのサインに見えなくもない。
なるほど。リナリアの意外な才能だな。
「あ、ありがとうございます!!」
そう言うと、女性は色紙もどきを胸に抱え、走り去って行った。
まぁ嬉しそうだからいいか。
「さて、行くか………ん? どうした?」
「ん? いえ、なんというか、私ってほら、亜人じゃない? さっきの人はたぶん人族っぽかったのに亜人を差別しなかったなぁ、なんて」
そういえばそうか。アンネたちと通っているフォレスティン学園でさえ、教育はしているはずなのに、生徒は亜人を差別した。しかしここではそれがない。
やはりもとから人種の入り乱れるこう言った場所では、差別は起こらないのだろう。差別とは、外的要因からなるものなのかもしれない。
「良かったじゃないか。なんならここに住むか?」
そう言うと、リナリアは不機嫌そうに俺を睨みつけた。
「そうしたらご主人様はどうするのよ」
「え、いや俺は目的があるから、そのうち旅に出るつもりだけど」
「………それで、私はご主人様の元を離れてここに住めと?」
そう言われた瞬間、ハッとした。
それはなんだか、俺がリナリアのことを足手まといのように言ってるみたいじゃないか。
………それに、リナリアが八卦魔術を覚えたきっかけは何だった? 俺が悪いんだろう?
いい加減、俺の頭の悪さに嫌気がさす。
「………すまん。そんなつもりじゃなかったんだが………」
「………ま、分かってるんだけどね。ご主人様がそんな嫌味を言わないことくらい」
「でも、ごめん」
それは、言わなければならないことだった。
それを聞いたリナリアは、フッと表情を緩め、俺の胸に抱きついて来た。
「ど、どうしたんだ?」
「んーん。なんでもないわよ」
俺はどうしていいか分からなかったが、とりあえず左手を肩に回し、右手で頭を撫でた。右手に感じる髪の毛の柔らかさと狐耳の感触が、とても気持ち良かった。
………うん。こんなとこで悪いけど、ここで1つ言っておこうかな。
「なぁ、リナリア」
「ん、なに?」
リナリアは俺の胸に抱きついたまま、頭だけを上げてこちらを向いた。
「俺はさ、このマルス祭が終わってアンネに危険がなくなれば、クレスミスト王国を出ようと思ってるんだ」
「うん」
「ずっと前にも話したように、俺はこの世界で瘴気を撒き散らしている魔王の屍を倒さないといけない。そのために俺はこの世界に来たんだからな」
「………うん」
「ただ、その旅はとても危険なものになると思う。魔物とももちろん戦わないといけないし、旅に出れば人とぶつかりあうことも少なくない。盗賊だっているだろう。最終的には魔王が待ってるしな」
「………」
「俺はさ、この旅に、リナリアを連れて行きたくない―――」
「そ、そんなッ!」
「―――と、思ってた」
リナリアは焦りの表情から一転、ポカンとしてしまった。
それを見て笑いそうになる頬を、そっぽを向くことで無理矢理抑え込んだ。
「うん、でな? 思ったんだけど、俺はまだまだ実力不足でさ。戦闘経験なんて全くないし、元の世界でも喧嘩なんかあんまやったことないんだよ」
「………」
「だから、さ」
俺はリナリアと目線を合わせる。
「俺の力不足を補ってくれないか?」
確かにリナリアは強いだろう。しかしそれに頼ってしまってはこれ以上の成長なんか望めやしない。
俺は全開でやるつもりだ。
………しかし、どうやっても経験不足は足かせになり、どうしたって隙は出来る。
そこを、埋めてもらいたい。
ただの依存の関係ではなく、共に闘う仲間として。
「俺と一緒に来てくれ、リナリア」
そう言った俺をリナリアはじっと見つめ、ふいに微笑んだ。
「それは愚問ってものよ、ご主人様?」
その言葉に唖然とし、次の瞬間には苦笑が漏れていた。
「あはは、そうかもしれないな。でもやっぱり、言葉で聞きたいのだけど?」
冗談めかしていうと、リナリアは、本当に美しく微笑んだ。
「ええ、もちろん。あなたの旅に、一緒について行かせて下さい。そして、一緒に日々を過ごさせて下さい」
「ああ、よろしくな、リナリア」
そうして俺たちは約束を交わしたのだが、1つ忘れていたことがあった。
―――ここは街中だったのだ!!
気づいた時にはすでに人だかりが出来ていて、人々がこちらを見つつ何かこそこそを話していた。
こういった場所での噂はあり得ないほどに速いと聞いたことがあるし、これはちょっと拙いな。
「うおぃ、注目の的だな………」
「見せつけとけばいいのよ」
いやいや!? 流石にそれはアレでしょう!?
「とりあえず離脱が最優先だ! リナリア、ちゃんと捕まっとけよ?」
「うんッ!」
というか、さっきから抱きつかれたまんまだし。
「よし、じゃあ行くぞ。………転移ッ!」
そしてその場には、群衆のみが残された。
◆◇◆◇◆◇◆
あれからまた少し街を回って、リナリアに髪止めをプレゼントして宿に帰ると、ノアがすっげぇ睨んできた。
「のうユーリ。街ではお楽しみだったようじゃのぅ………」
ああ、これは終わったな、などと思いながら、俺はノアの制裁を受けるのだった。
その間リナリアは俺があげた髪飾りを触りながら、終始ニコニコしていた。うむ、喜ばしい限りだ。
しかし、苦笑していたレイはいいとして、ニヤニヤしていたローレルは後で懲らしめておくことにする。