第63話:第11戦目
第10戦までが終わり、残り半分は次の日となった。確かに第3戦目と第7戦目は一瞬で終わったが、その他は、というか普通はもっと時間がかかるものなのだ。
だってそうだろう。約50人の乱戦だ。並大抵のことじゃ決着つかんだろうし。
まぁそれは置いといて、次の日。第11戦目は、ついにリナリアの出番だ。俺が一番心配な。
「なぁリナリア………。やっぱ棄権しない?」
「なんでよ。そんなに私が信用できない?」
「信用っつーか、お前が怪我するところを見たくないんだよ。こんな試合じゃ絶対怪我くらいはするだろうし」
俺は舞台脇の選手控室で、リナリアと話し合っていた。もうすぐ時間なのだが、やはり心配である。
だって、今まで怪我してるとこばっか見てるし、あまり戦闘が出来るようには見えないのだ。サンローズと戦った時だって………、いかん、嫌なこと思い出しちまった。
「………ご主人様? なんか恐い顔してるよ?」
「う………」
しまった。俺はなんとなく気まずくなり、右手で口を押さえ、視線をそらした。
「ご主人様?」
「あー、いや。なんでもない」
リナリアは首を傾げるが、俺は視線を合わせられずにいた。
まだ引きずってんのかなー、俺。
弱ッ。
「………勝算はあるのか?」
俺は無理矢理ではあるが、話を変えた。
リナリアも困惑の表情を少し見せたが、空気の読めない子ではない。俺の話に合わせてくれた。
「えっと、たぶん勝てるわよ?」
「うん? そうなのか?」
これは予想外の反応だ。出来るだけ頑張ってみる、とか言うと思っていたのだが。
ということは、なにか策があるのだろう。根拠もなしに言うような性格してないと思うし。特に俺に対しては。
「………そうか。とりあえず俺からの願いは、極力怪我をしないで欲しいってことだ」
「うん、分かってるわ。これ以上ご主人様に迷惑かけるわけにはいかないし」
その言葉に、なんだか全身がもやもやした!
俺が言ってんのはそういうことじゃねぇよ!!
そんな万感の思いを込めて、リナリアの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。リナリアは本日二度目になる困惑顔をしながらも、おとなしくぐしゃぐしゃにされていた。
「あのね、リナリアさん。俺が言ってんのはそう言うことじゃなくて」
「へ?」
「純粋に心配してんだよ。それは別に迷惑とかじゃない。………つか、むしろ迷惑ならかけてくれ。それくらいは余裕で受け入れられるくらいの度量は持ってるつもりだ」
「………うん、ありがと」
「うむ」
あー、恥ずかしい。ちくしょうめ!
俺はたぶん赤くなった顔を隠すように、踵を返した。
「俺は客席に戻っとくわ。頑張れよ」
「………うん。見ててね、ご主人様」
「………ああ」
そう言って、俺は客席へ向かう。
客席へ戻るために薄暗い階段を上がりながら、俺は少し考える機会を得た。
リナリアは、実はそんなに魔力を持っていない。といっても、俺が傍にいて感じる内包魔力だが。ただ、たぶんその感覚はほぼ当たっているはずだ。
リナリアは九尾である。それを考えると、その少ない魔力は変だと思う。だって、九尾だ。妖怪狐は、力をつけるに応じてその尻尾の数が増えていく。九尾というのはその最大尾数なのだ。
ただ、これはリナリアが九尾だとした場合のことだ。もし、ただ尻尾が9つあるだけの亜人なのだとしたら、その魔力量にも納得出来る。
しかし、それではなんだか俺が納得できないのだ。リナリアにはなにかあると、俺の勘が告げるのだ。
ま、それでも勘の範囲内であって、確信するに足る判断材料なんて何もないのだけど。
「さて、と。とりあえず無茶だけはしないといいけど」
そう言うと、俺は客席への階段の、最後の一段に足を置いた。
「さぁ、俺は何が起きても動じない心を手に入れたぜ!」
「その覚悟は、必ずブチ壊されるぞ?」
大きな独り言に介入してきたのは、やはりノアだった。今日も良い天気なので、幾分か眠たそうな表情をしている。
いや、それより何か気になることを言っていたね、キミ。
「お前なんか知ってんのか?」
「クックック………、リナリアも成長しておるんじゃよ」
ユーリのおかげでな、という言葉を残し、ニヤニヤ笑いを隠そうともせずノアは席へ戻っていった。
ノアの言葉に疑問を持ちつつも、俺はその後を追う。
そして、席についてすぐに、審判が舞台に現れた。どうやら俺は階段を上がりながら結構な時間考え込んでいたらしい。
俺はとりあえずリナリアの姿を探す。すると、どうやら舞台のど真ん中に立っていた。それも、両手を合わせた格好で。神に祈る時のような格好だ。
「何してんだ、アレ」
「ククク………、あれはリナリアの戦闘態勢じゃよ。………ぷッ」
なんかノアがツボッてる。必死に笑いをこらえようとしているが、それも完全に無駄っぽい。もろに吹き出しとるし。
なんかちょっと、いやかなり気になるが、教えてくれないんだろうなぁ。どうせ見てれば分かるわい、なんて言うに決まってる。
なら、俺はもう黙って試合を見守るよりほかにすることがないじゃないか。
なんて考えていると、審判が昨日同様に手をあげた。
そして、
ドンッ!
『試合開始!!』
と言った途端、リナリアは合わせていた両手を少しだけずらし、1つ拍手を打った。
パァンッ!!
その拍手は暑さで弛んでいた場を一気に引き締め、次の瞬間には莫大な魔力が渦巻いた。
それに驚く間もなく、舞台はリナリアの独壇場と化す。
◆リナリア◆
心配してくれたのは、正直嬉しかった。………でも、結局は心配される程度なのだ。
さっきはたぶん、ご主人様は城でのサンローズってやつのことを思い出していたんだろう。
なんとか隠そうとしていたので気付かないふりをしたんだけど、あれで正解だったのかな?
ま、とりあえず今は置いておこう。
それよりも今は戦いに集中しなければ。
私は舞台に上がると、審判の合図があるまで精神集中することにした。
「ふッ」
私は1つ息を吐く。
呼吸とは、生物が行う最も基本的な動作の1つだ。だからこそ、一番簡単な力を増す方法でもある。
その方法1つで、世界は変わる。
「はぁー……」
集中しながら、両手を体の前で合わせる。
全身を巡る力を、さらに隅々まで通わせる感覚。頭のてっぺんから足の先まで、余すとこなく。
そして、時は来た。
「試合開始!!」
その声と同時、私は拍手を打つ。
パァンッ!!
刹那、世界が変わった。本当は鈴も欲しかったんだけど、拍手でも今は大丈夫だろう。
この場合の拍手は、邪気払いの性格を持つ。これによって、拍手の音が届く範囲を邪気払いすることが出来る。もちろん、そういう意志をもって、それなりの力がないと出来ないことだが。
そして私は言霊にその想いを乗せる。
「―――ケン!!」
そう言った瞬間、ポツリと足元に何かが落ちる。そして、次の瞬間!
ビュオオオオオオ!!
暴風が舞台を駆け巡った。しかも、不思議なことに、空は晴れているというのに横殴りの雨が降り出したのだ。
視界は猛烈な雨に塞がれ、風で立つこともできなくなった選手たちを横目に、さらに私は追い打ちをかける。
「―――コン!!」
さらに重ねた言霊は、舞台上のみで局地的大地震が起きた。
ありえない光景。しかし、それが今、私が操っている魔法だった。
その大地震で、ほとんどの者が地に伏せたのを確認すると、もう一度言霊を乗せる。
「―――コン!!」
そう言うと、次は舞台を形作る石が、勢いよく石柱の様にせり上がった。
その勢いに選手は空へ放り出され、しかし次の瞬間には舞台は何事もなかったかのように戻っていたため、空へ舞い上がった選手たちは、そのまま舞台や場外に落下していった。
「………うん、上出来かな」
私はその出来にそれなりに満足した。
が、それはただの慢心だと気付くのは、そのすぐ後だった。