第60話:マルス祭
第四章 マルス祭
「マルス祭に出て下さい!!」
「………」
今、俺の目の前には兵士のような格好をした男性が5人ほど、ジャパニーズDO☆GE☆ZAを披露奉っている。その美しいDO☆GE☆ZAには日本人として心揺さぶられるものがあるが、なんでこんなことしとるんだ貴様ら。
「マルス祭ってなんでしたっけ」
「ハッ! クレスミスト王国で毎年行われる武術大会でございます!」
あー、そう言えばそれがあるから俺はアンネの護衛してんだったな。忘れてた。
なにはともあれ、とりあえず、状況を整理してみようと思う。
まず、ここは俺の部屋の前の廊下。一昨日北の森のヌシを倒して来たばかりだ。時刻は夕方。学園が終わり、帰ってきてぼんやりしていたところだった。
「で、なんで俺が出なきゃならんの?」
「特別近衛騎士であらせられまするユーリ殿ですが、その実力は未知数。国の重役の方々にはユーリ殿の実力を疑問視する声が上がっております。そこで、我らがラルム・クレスミスト王はユーリ殿にマルス祭への参加を願われております」
これが証明状です、と言って兵士は羊皮紙を俺に差し出す。それには、ラルムさんから俺に宛てた形式上の命令文が書かれていた。ただ、ところどころに申し訳なさがはみ出ているので、少し笑ってしまう。
ま、なるほどと言っておこうか。確かに頭の固そうな重役どもには、こう言った目で見て分からせるのが一番手っ取り早いだろう。
それは置いといて、なんでこいつらはDO☆GE☆ZAしてんの?
「………そろそろ頭上げて下さいな。なんか気分悪いですし」
「ハッ。ありがとうございます」
そう言うと、彼らは立ち上がり、ビシッと整列した。
「というか、なんであんたらはそんなに低頭なんですか」
「いえ、ユーリ殿は特別近衛騎士であるゆえ、我々のような一介の兵士では到底届かないお方。無碍に応じるわけにはいきません」
そんなに偉いんかね、その特別近衛騎士ってのは。
まぁいいか、と呟きながら、俺は右手で後ろ頭をかく。
「わぁーった。マルス祭には参加するとラルムさんに伝えてくれ。それと、マルス祭はいつから始まるんです?」
「参加の件、了解しました。それと、マルス祭は明日から予選が始まります」
………ん?
明日?
「では明日、ここから南西に30キロほど行ったところにドレブナイズという町があるので、そこまで来て下さい」
………いや、いきなりですね。
もう驚きとか通り越えて呆れるわ。
「………そのいきなり加減には少なからずイラッとするものはありますが、王の願いでは仕方ありませんね」
ニコリと笑いかける。兵士が怯えた。
「んじゃな、俺はちょっと用意しなきゃならんし」
「あ、はい。それでは失礼いたします」
そう言うと、兵士は隊列を乱さず、俺の部屋を離れていった。
俺は兵士が見えなくなったのを確認して、部屋へ入る。そこには、ノアとリナリアがベッドに寝転びながらこちらを見ていた。
俺は無言で2人を見つめ、こう言った。
「ちょっと旅行に行くか」
「分かったのじゃ」
「分かったわ」
そう言うと、2人は立ち上がって色々な用意をし始めた。
2人も先ほどの会話は聞こえていたはずなので、疑問なく行動を開始する。
さて、俺は全部亜空間に入っているので、2人の用意が済む少しの間、アンネたちに言っておこう。
「ちょっと出るわ」
「んー」
「早く戻ってきてねー」
2人の声を背に、俺はアンネの部屋へ行く。と言っても隣なのだけど。
コンコン
「アンネー、いるかー?」
『あ、はい。開いてますよ』
つまり入れと。
「お邪魔しまーす」
そう言いながら入ったアンネの部屋は、小ざっぱりした部屋だった。あまり物がなく、それでいて清潔感がある。
今はどうでもいいが。
「どうかしたんですか?」
アンネはソファーに座って本を読んでいた。
「いや、俺もマルス祭に参加しろと令状が来た」
「マルス祭に?」
ホレ、と先ほどの羊皮紙を渡す。
「………なるほど。分かりました、そういうことなら仕方ありませんね」
「すまんな」
「いえいえ。それより、スィードも参加しますよ?」
スィードも?
………ああ、だから昨日からあいつ見なかったんだ。先に行ってると、そういうわけか。
「でも俺もスィードもいなくなって、護衛はどうすんだ?」
「あ、それは大丈夫です。スィードが出ると決まった時点で城から1人護衛として来る手はずになってましたから。おそらく明日には来るんじゃないでしょうか」
「護衛? 誰?」
「たぶん面識はないでしょうが、バイマーという者です」
バイマー、バイマー、………聞いたことねぇな。
「誰なんだ、そいつ?」
「王国総軍隊長です。スィードと同じくらいの実力ですね」
ああ、なら相当強いんじゃん。なら大丈夫かな。
「了解だ。そゆことで、よろしく。俺とノアとリナリアは今から行くから」
「はい、分かりました。お気をつけて」
「ん、さんきゅ」
「優勝、期待してもいいんですよね」
「………ああ、しとけ」
その言葉に、アンネは目を大きく開けて驚いた。
「ユーリさんが珍しくやる気になってる………。大災害が起きるんでしょうか………」
「貴様は俺をなんだと思っている」
たまには俺だってやる気だすさ。
「そういうなら期待させていただきましょうか」
「おう。そういえば、なんか景品とかあんの?」
そういえば大会と言えば景品だろう。それによっても俺のやる気は変動する!
「たしか白金貨1枚と、」
持ってるし金いらねぇ。
「魔虹珠ですね」
それも持ってるし、俺には必要ない。
というか、あまり優勝してもメリットがなかった。やる気が10下がった。
「………その減少の基準はなんなんですか」
「地の文を読むな」
メタな話だった。
「ま、いいや。他の奴にも言ってくるわ」
「はい。私も時間があれば見に行きますんで」
「おう、楽しみにしてるぜ」
そう言って俺はアンネの部屋を出た。
さて、じゃあそれぞれの部屋に挨拶回りにでも行きますか(半分暇潰し)。
セラ&ルチアの場合。
「そうですか………。残念ですが、父様の命令では仕方ありませんね。ユーリ様のご健闘ご活躍、期待しております」
「よくわかんないけど、お兄ちゃん頑張ってね!」
「おう、あんがとよー」
ティアの場合。
「いきなりですわね………。まぁ仕方ありませんけどね」
「寂しいか?」
「さ!? 寂しくないに決まってるではありませんか! 身の程を知りなさい!!」
「はっはっは。そんな怒んなよ」
「怒ってませんわ!!」
「はいそれ嘘」
レイの場合。
「ほー、マルス祭にねぇ。どうしよ、僕も出よっかな」
「ああ、出るんだったら出れば? 俺も出るのが1人ってのはアレだしよ」
「うーん、………うん、出ようかな」
「よし、アシげっと」
「ん?」
「いや、なんでもない。じゃあ今から一緒に行こうか」
「うん。じゃあ準備するね」
「はいよ。済んだら俺の部屋に行っといて」
「んー」
ローレルの場合。
「よし、オレも出るぜ!」
「来んな」
「だって全然再戦してくれねぇしよ」
「来んな」
「いやでも」
「来んな」
「……………」
「来んな」
「酷い!?」
こんなところか。
さて、と俺は自室に戻ると、すでにノアもリナリアもレイも準備は済んでいた。
それでも、一応訊いてみる。
「準備は?」
『万全』
3人の声が重なり、俺の顔には笑顔が浮かんだ。
俺は1つ頷き、床に亜空間を開ける。
「荷物は邪魔になるからひとまずここに入れとけ。向こうについて宿に入ったら出すわ」
「了解」
そう言って、レイはポイポイッと荷物を投げ入れる。それに同調するように、ノアとリナリアも入れる。
全部入れ終わったのを見届け、俺は亜空間を閉じた。
「さて、準備は万端。それでは行きましょうか」
俺は窓枠に切り取られた、すでに日が沈んでしまった夕焼け空を見る。
まだ空は明るいが、もうすぐに暗くなってしまうだろう。
その空を見て、少し不安になってしまう。ここまであっという間に来てしまったが、この世界は死がすぐそばに存在する世界だ。現に、俺は何度か死にかけている。
そんな中、俺は今度は武術大会なんぞに出ようとしている。デッドオアアライブではないだろうが、やはり死が付きまとうのは確実だ。元の世界でそんな経験は、もちろんなかった。確かに喧嘩はしたが、生死に関わることなんか、滅多になかった。
それが、この世界では当たり前に存在する。
その事実が、俺を委縮させていた。
「ご主人様………?」
リナリアが心配そうに俺の腕をつかみ、見上げてくる。
………ふむ。ま、今考えても仕方ないし、目的がはっきりしてる分気持ちも安定している。本気で帰りたくなったら魔王モドキを倒せばいいんだ。
だからそれまでは―――
「なんでもないよ」
―――どうか幸せな夢を。
「ユーリは心配性じゃな。わらわが居るんじゃ、心配いらん」
ノアは、大会のことをいっているのか。もしくは俺の心をなんとなく読んだのだろうか。そんな曖昧な言葉だった。
ただ、その顔はとても優しかった。
「そうだね。僕もいるんだし………って迷惑かけてばかりだけどね」
レイは苦笑しながら言った。………俺が仲間に助けられているのは事実だし、それはとても大切なこと。レイは迷惑をかけてばかりと言ったが、そんなの俺だってそうだ。でも、それを赦してくれる仲間がいるから、俺はここに立てているんだと思う。
だから、
「うし、じゃあ行こうぜ!」
俺は笑いながら、言う。
ちょっとしたことで笑い、泣き、怒り、悲しみ、憎み、迷い、挫け、立ち上がるのが人間ってものらしい。
さ、いろいろとごちゃごちゃ考えたけど、今の目標は1つ!
「優勝してやんぜー!」
「おー……、って僕はユーリの敵になると思うんだけどね」
「あ、そう言えばそうか」
イマイチ詰めの甘い俺だった。
芍薬牡丹です。
昨日は投稿出来ず、申し訳ございませんでした。とりあえず体調はほぼ万全なので、これからはバンバン書いていきたいと思います。
さて、累計アクセスは90万、ユニークがついに10万達成であります。それもこれも読者様のおかげ。ありがとうございます。
それではまた次回、お会いしましょう。
ではでは~。