第57話:ヌシ
【マエガキ】
長らくお待たせ致しました。更新再開です。
風切音とともに再び振り抜かれる腕。
北の森のヌシは、その巨大な体躯にも関わらず、かなり俊敏な動きを見せた。
「ノア! 無事か!?」
「うむ、わらわは大丈夫じゃ!」
何か嫌な気配を感じ、俺はとっさに身を沈めた。次の瞬間!
ゴォウ!!!
肌がチリチリと焼ける感覚がし、頭上を炎が通り過ぎていった。
あぶねぇ………ッ!
「おいおい………! なんだありゃ!」
「ありていに言うならファイヤーボール、かの?」
いや、なんで熊が魔法使ってんだよ。
「もう忘れたのか? アレは瘴気に侵された魔物じゃ。つまりその身に大量の瘴気を内包しておるわけじゃ」
「んじゃそこから魔法を放っているわけか」
「うむ」
めんどくさいことこの上ないな。
「でもまぁ、俺の敵じゃないぜ!」
「ユーリ………、それ失敗フラグじゃ………」
ノアが何か言っていたが、俺はそれに意識を向けず、右手をあげた。
「ノア、銃に」
「む、了解した」
一瞬後には、手に収まっている漆黒の銃。この前ローレルと戦った時は、ノアじゃなくて俺が創りだした銃で超電磁砲を撃ってたけど、やっぱノアの銃が一番しっくりくるな。
「ユーリ? どうしたんじゃ?」
「んにゃ、なんでもねーよ」
俺はそう軽く言うと、ヌシに照準を合わせ、トリガーを引き、超電磁砲を放った。
ドゥン!!!
衝撃によって空気は震え、銃身から放たれた一条の光はヌシの右肩に直撃した。
「うっしゃ直げ……き……」
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!
「あれ?」
確かにヌシの右肩に当たった超電磁砲は、しかしその体を貫くことはなかった。
ましてや、その皮膚が多少焦げただけというのは、一体どういうことなん―――
「ッ! ユーリ!」
ノアの声にハッとするも、すでに遅い。
驚きで一瞬強張った俺を見逃すほどヌシは馬鹿ではなく、炎を纏った左腕が高速で俺の腹部へ延びていた。
ドガッ!!
「ぐッ!!」
とっさに右腕でかばうも、腕の中の鈍い音とともに吹き飛ばされた。
辺りの草や木をなぎ倒しながら転がり飛ばされ、ようやく止まったのは一瞬後か10秒後か。はたまた30秒後か。
気分的にはかなり長いこと飛ばされた気がするが、実際のとこらは分からない。
とろあえず、全身が痛かった。
「ユーリ! おい、しっかりするのじゃ!!」
落ちかけていた意識が、ノアの声によってなんとか浮上した。
「………ぐぁ、ちょ、痛ェ………」
そう言いながらも、なんとか起きようと体をよじる。
右手をついて体を起こそうとするも、ぐにゃりと奇妙な感覚がして、起き上がることが出来ずに再び地面に顔をついた。
「ぐへ。………なんだ?」
うわ、なんか嫌な予感ビンビンなんだけど。
「ノ、ノア?」
「………なんじゃ?」
「俺の腕、まだついてるか?」
もしついてなかったら発狂モノなのだが。
それでもなぜか俺は冷静だった。
「それは大丈夫じゃ。しかし折れて変な方向に向いておるから、見ない方が良いと思うぞ」
………それはそれでなんだかなぁ。
俺はノアの言うとおりに右手を見ないようにしながら体を起こし、ヌシを見やる。ヌシは俺から20メートルほど離れたところで、超電磁砲によって火傷した肩を気にしていた。
あれを食らって火傷程度だと………?
はたして魔法防御に優れているのか、それとも他の―――
「ユーリ」
「あ、なんだ?」
ノアがヌシを注意深く見ながら神妙な声をあげた。
「推測で良いなら、わらわの意見を言っても良いか?」
「は?」
その言葉に一瞬ポカンとする。
何言ってんだこいつは。
「当たり前だろ。俺がそれを拒否するような人間だと思われてんなら酷く心外だぞ」
ノアは俺の家猫で相棒で、今じゃ使い魔だ。そして、おそらくこれからもずっと一緒に生きていく相手。
そんな奴の意見を聞かない?
ありえないだろうが。
「そうか………」
ノアはこちらを見て、ふんわりと笑った。
「ならば言おう。これは可能性の1つでしかないが、現段階では最も可能性のある方法じゃ」
「おう。して、それは?」
ノアは再びヌシに顔を向けながら、話を続けた。
「ヌシが操るは瘴気。それは魔力の腐敗したカタチ。なれば、そこに魔法は通用せんのではないか?」
「………魔力が瘴気に負けてんのか」
「おそらく。先の魔王が魔物に堕ちた際も、周囲の魔力は一瞬にして瘴気へと変わった。しかし瘴気が魔力へと戻るには、幾ばくかの段階が必要になる」
つまり、人が取りこんで“使う”ことで魔力へと戻るわけか。しかもその量が多いと、逆に乗っ取られてしまう。
なんつー強力なウイルスだよこれ。
いや、待てよ?
「ならどうしてこの世界に瘴気が満ちないんだ?」
これだけ強力ならすぐに瘴気で溢れてしまうはずだ。それがないのはなぜだ?
「それはおそらく、魔力が瘴気へ変換される際の方法によるんじゃろうの」
「………ん、わからん」
なんかごめん。
「瘴気が出来る理由は2つある。まず長年滞留した魔力が変質するもの。次に魔物が出す瘴気じゃ」
「魔物はもしや俺たちの逆に変換してるとか?」
「半分正解じゃな。確かに魔物は魔力を取り込み瘴気に変換しておるが、その変換効率は我々よりも悪い。つまりあまり瘴気は出来ないんじゃよ」
「あー、なるほろ」
「しかし魔力を持った生物が魔物へ堕ちると、持っていた魔力は全て瘴気に変わる。その点が一番危ないかの」
なるほどねぇ。
グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
まぁそんな説明をしている間にヌシの怒りのボルテージはぐんぐん上昇してるんですが。
「ユーリ、動けるかの?」
「どうだろう、足もなんか変な感じがするんよなぁ」
さっきから立とうとしているのだが、イマイチ上手くいかない。
「ノアさーん。俺の足どうなってますー?」
「がっつり折れとるの」
だからさっきから痛みが増して来てるんですね。そろそろチクチクがズキズキに変わり、ズクンズクンに変わる頃です。つまりそろそろヤバい。
「で、どうすりゃいいわけ?」
「ああ、そうじゃったな。つまり、理力による魔術を発動すれば良いと思うのじゃ」
ふむ、理力か。
グガアアアアアアアアアアアアア!!!
………つーか向かってきたあああああああああああ!!!
「ノア! 俺動けないんだけど!! このままだとかなりヤバいんだけど!!」
「わかっとるわい! とにかく理力を使え!!」
「はぁ!? いきなり無理に決まってんだろ!!」
なんてやり取りのうちにも、ヌシはその速度をあげ、足元の丸太を避け俺に襲いかかるために、飛び上がった。
その天を覆い隠すような巨体は、俺の生物としての本能を呼び覚ました。
つまり、恐怖による、生存本能。
「う、うああああああああああああああああ!!!」
俺は無意識のうちに持っていた銃をヌシに向け、その引き金を、………引いた。
タンッ
いつもより軽い音がして、銃身からはやはりいつもより細い超電磁砲が放たれた。
しかし、その衝撃は遥か以前のものを凌駕する。
ドオオオオオオン!!
轟音。
そう呼ぶのが一番相応しいと思う。
それは、今までのものよりも、とてつもない音を立てて着弾した。
「なん、だ、これ?」
俺はその威力にも驚いたのだが、さらに二重の意味で驚くこととなった。
「ぐ、あ、あれ?」
へなへなと力が抜けていく。変な虚脱感が身を包み、それがなんとも不快で、心地よかった。
「いや、そこまでやらんでも………」
銃から人型に戻ったノアが、腕を組みながら苦笑した。
「は? そこまでって?」
「じゃから、そこまで理力を練らんでもあれくらい倒せたと言っておるんじゃよ」
イマイチ意味が分からないのだが………。
「今ユーリは内包理力を半分ほど使い果たしておる。いままでこれほど使ったことがなかったから、虚脱感があるのじゃろ?」
「確かになんかが抜けたっつーか、これがたぶん虚脱感ってやつなんだろうな」
「ユーリの使った理力は1100くらいかの。その半分くらいで倒せたはずじゃぞ?」
なんつー無駄撃ち。
でもしょうがないじゃんね。危険が迫ってたんだし。
そこでふとヌシを見やる。
爆発四散したヌシは、その血肉を辺りにぶちまけていたが、次の瞬間には霧散して消えてしまった。………いや、何か真珠のような輝きを放つ野球ボール程の玉が、所在なさげに転がっていた。
「なぁノア」
「んむ?」
「ヌシが消えたんだけど?」
「障気の乖離現象による肉体の消滅じゃな。魔力と違い、障気はその主が死んだ時にその肉体から乖離する。その際、肉体も一緒に乖離してしまうんじゃ」
なんかドラッグみたいだ。あれも、死んで火葬したら骨が残らないらしい。骨がスカスカになっていて、火葬したら粉になってしまうのだ。
「そうか………。ならあの真珠の玉みたいなのは?」
「あれは魔虹珠と呼ばれるもので、理由は不明じゃが魔物の体内から稀に発見される玉じゃ。中に大量の魔力を秘め、研究してよし自分で使ってよし更に売れば大金が入ると、三拍子揃った優れものじゃ」
「ほほぅ、なるほどね」
ま、俺は研究なんてガラじゃないし、魔力なら有り余ってる。金も黒牙の拠点から拝借したのが山ほどあるし、無用の長物だな。
……………。
………ああ、今更になって、ヌシを倒したという実感と、ヌシを殺したという罪悪感が、リアルな感情を連れてきた。
ポツリと、座り込んでいた足に、水玉が落ちる。
「ユーリ?」
「いやさ、折れた手と足が痛くてなぁ」
ポツリ、ポツリ、と次々に水玉が落ちていく。
はぁ、とノアは呆れたようなため息をついた。
「馬鹿じゃなぁユーリは」
その言葉に反論する間もなく、不意に頭が柔らかいものに包まれた。一瞬後、ノアに抱き締められているのだと気付く。
「………なんだよ」
ムスッとした声を出してしまった。
「泣くのを我慢していると、泣きたい時に泣けなくなるぞ? 泣きたいのに泣けないというのは、とても苦しく、悲しいものじゃ」
「泣いてねぇよ」
抱き締められたままで、頭上から苦笑のような気配を感じた。
「はいはい、そうじゃの」
「だから泣いてないっつの」
「うむうむ、分かっておるぞ」
その後もなだめすかされ、ノアは俺の頭を撫でていた。
トクン、トクン、と耳に響くノアの心臓の音は優しすぎて、その安心感に俺は、目を閉じた。
芍薬牡丹です。お久しぶりです。
先に感謝を幾つか。
まず、80万アクセスありがとうございます!
次に、総合2000pt突破プラス文章・ストーリー評価200pt突破ありがとうございます!
お気に入りも800件突破ありがとうございます!
更新の滞っていた期間も6000以上もアクセスいただきありがとうございますそしてすいませんでした!
そして、現時点で“黒色猫”というユーザーをお気に入りに登録して下さっている12人の方、ありがとうございます。名前は伏せときます。
感謝なげぇ………。でも、やはりこれでも言葉が足りない程に感謝の気持ちがあります。
本当にありがとうございます。
さて、本編ですが、ユーリでも出来ないことはあるようです。魔力だけではどうにもならない。だから理力を持つユーリが喚ばれたわけなんですね。
なんか後書きが久しぶり過ぎて変な感じです。ボロが出ない内に撤収します(もう遅い?)。
ではまた次回、お会い出来ると幸いです。
ではでは~。