第56話:目的の再確認
ザクッザクッザクッザクッ………
俺とノアの足音は、シンクロしていた。
森の中、地上まで届く日の光は極僅か。辺りは薄暗く、足元を確認しながらゆっくりとしか進めない。
だいたい森に入って1時間程度だろうか。ここまで動物にたまに出会うことはあったが、俺が魔力を集めると、その強さが分かるのかすぐに退散していった。ただ、動く植物系は思考能力がないのか、全力で向かってきた。その時は仕方ないので、カマイタチで草刈りをして先へ進むことにしている。
「疲れて来たなぁ」
「まぁこれだけ歩けばのぅ。どこかで一息入れるか」
「そだな。………ああ、そこに川があるじゃん。そこで休もうぜ」
前方から水の流れる音が聞こえ、幅2メートルほどの小川があったので、そこで休むことにする。
近くに岩を見つけ、その上に座り込む。
「ういしょ、っと。………ふぃー。なんか飲むか?」
ノアに顔を向けると、向かい側にあるもう一つの岩に座り込みながら答えた。
「っと。そうじゃな、水をくれんか」
「うぃ」
俺は亜空間からコップを出し、亜空間から直接水を出す。
中身は自分の魔力を使っているので、水がある部分をまとめて魔力で包み、空間の裂け目へジワジワ押していくだけだ。すると、後は重力に従って落下するソレをコップで受け止めるだけ。
相変わらず便利だな、亜空間。
ほいよ、と言いながらノアにコップを渡す。
「うむ、ありがとう」
「どういたしまして」
コクコクと水を飲むノアを眺めながら、これからどうしようかと考える。
ここまで何もあてなく彷徨っていたわけではない。確かに森に入った時はあてはなかったが、はや1時間経つと、どこか空気にきな臭いような雰囲気を感じる。これは一体何なんだろう。とにかく、嫌な感じであることは間違いない。
水を飲み下すたびにノアの赤いチョーカーの付いた白いのどが動く。それはどこか神秘的な空気を感じさせた。
「んむ?」
全て飲み終わったのか、ノアがこちらの視線に気付いた。
「なんじゃ?」
「いや、別になんでもないよ」
ノアに見惚れていたなんて、口が裂けても言えない。
「そうかの? ………しかしあれじゃな、ここまで来てやっと相手の気配が見えて来たのぅ」
「は?」
気配? 相手?
なんじゃそりゃ。
「………ユーリ。お主、何のためにここまで来たんじゃ?」
「そりゃセラが意識不明になった理由を探りにさ」
「うむ。ではその理由は何じゃと思う?」
理由か。それはいくつか考えられるだろうけど、おそらく唯一変わらない原因がある。
「瘴気、か」
セラの体の奥深くに根付いていた瘴気の残り香。あれはおそらく、この北の森で瘴気に関係する何かに“障られた”のだと推測される。
確かにここ北の森がその原因の地であるということは確証がない。それはセラの証言だけで動いているからだ。
ただ、今一番可能性が高いのもここなのだ。確証がないからと言って放置していたら、後々痛い目を見そうなので、俺はここへ来ることにしたわけだ。
「そう、瘴気。なればこそ、その瘴気は何によって発生する?」
「確か魔力が腐敗したもの、だっけか。つまり魔力があり、生物が寄り付かない場所にあるわけだよな?」
この世界の生物は、空気と同じように魔力を体内に吸い込み、自分の中の魔力を循環させている。つまり一種の生命力なわけで、そして魔法を使うときはこれを触媒に具象化させているのだ。
しかし、その答えにノアは緩やかに首を横に振った。
「ユーリ。もう1つ忘れておるぞ?」
「もう1つ?」
「うむ。分からぬか?」
つまり瘴気が発生するもう1つの原因だろ? ………えーっと、そもそも瘴気は魔力だって話だ。関係ないか?
うぅむ、………ん? あ、なんだ、そういうことか。
「魔物か」
「その通り」
ノアは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「魔物は元から瘴気を垂れ流しておる。というのも、魔物は取りこんだ魔力を瘴気と変えておるからじゃ。しかし、瘴気は普通の術者が取り込み、魔法を行使することで魔力へと戻る。元々は長年使われなかった魔力じゃからな」
「使われることで元の魔力に戻るのか」
「うむ。もちろん取りこんだ瘴気の量が多ければ体内の物質が変化して理性を持たない魔物と化してしまう。しかしながら、この世界には魔物の絶対量がごく少数なため、瘴気はあまり存在せん。………つい最近まではな」
魔王の再臨。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
あれ? そう言えば1つ疑問が。
「なぁノア」
「んむ?」
「魔王がゾンビ化して現れたのが5000年前、だっけか?」
「そうじゃな。勇者が魔王を倒したその数日後じゃ」
「なら、なんで魔物が多く現れ出したのが2年前なんだ? それと、その元魔王がいる霊域って、一体何なんだ?」
そう言えばこれを聞いていなかったような気がする。なぜ今になって元魔王の動きが活発になったのか。霊域とは、一体何なのか。
「そう言えば言っておらんかったの。霊域を作ったのは勇者一行じゃよ」
「あ、そうなんだ。倒せなかったのか?」
「うむ、残念ながらな。それで、勇者は賢者の力を借り、その魔王を霊域に閉じ込めたのじゃ」
なるほど。で、今になってその霊域、というか結界みたいなものが緩まって、漏れ出した瘴気から魔物が誕生する、と。しかし5000年も続く霊域結界か。それはまた凄いことをしたんだな。
………待て。だとしたらちょっとおかしい。
ここで俺の目的の再確認をしよう。
霊域を破壊し、元魔王を倒す。
元々霊域は魔王を封じ込めるもの。それを破壊するとは、これはつまりどういうことなんだ?
「霊域があると、そこから先へは入れん。対内外に効果があるからの。なればこそ、一度その霊域を破壊し、中に侵入せんと元魔王の元へは辿り着けんのじゃ」
「あ、なるほど。………でも、それじゃあ俺が奴を倒すまで、瘴気は外に垂れ流しになるんじゃね?」
「う、うむ………。そこが問題なんじゃよ。霊域の外側に新たな結界を張ってもいいんじゃが、それだとユーリに無用な魔力を消費させてしまう。あれでも魔王じゃからの。挑むなら万全の状態で行きたいんじゃ」
ふぅむ。これはまた、ややこしいことに。
………でもまぁ、それはその内いい案が思いつくだろ。
俺は難しい顔をしたノアの傍に行き、その頭を撫でる。
「………な、なんじゃいきなり」
「いんや、なんでもないよ」
なでなでなで………
「にゃ、ゆ、ユーリ………、もうそれくらいで………」
「………」
なでなでなでなでなで………
「ふにゃぁ………、ってやめんか!」
バシン、と撫でていた手が払われた。ちくしょう、気持ちよかったのに。
払うと同時にその場から凄いスピードで離れたノアは、膝に手をついて荒い息を整えていた。急に動いたから動機が激しいのだろうか。
「ゆ、ユーリのなでなで攻撃の威力は凄まじいものがあるのぅ………」
「あ? なんか言ったか?」
「なんでもないわこの戯けめ!」
なんでか怒られた。下向いてぼそぼそ呟くから、何言ってんのか訊いただけじゃん。
「まぁいいや。そろそろ出発しようか」
「うむ? なぜじゃ?」
きょとん、とノアが首を傾げる。
はい? なぜって………いつまでもここにいる理由はないだろ?
「なんじゃその不思議そうな顔は………、ああ、そうか」
ノアは軽く苦笑した。
「ユーリ、良く周囲の空気を感じてみるんじゃ。お主なら出来るじゃろ?」
そう期待されると出来ないとは言えないのが男の性。
俺は半目になって集中する。
………なぁ俺。さっき、きな臭いような雰囲気が、って思ってたよな。どうしてその時に気付かなかった?
ズシン………
どこか遠くのような近くのような場所から、重く響く音が聞こえて来た。
しかし、それには構わずノアが口を開く。
「ああ、そうじゃった。いつの間にやら話がずれておったが、相手の気配が見えて来た、とわらわが言ったことから話が広がってしまったんじゃったな」
ズシン………
「ユーリもその顔じゃと、すでにだいたいは予想出来ておるんじゃろ?」
ズシン………バキバキ………
響く音に、木が折れる音が重なった。
「つまり、すでにここは相手のテリトリー。感じる空気はすでに瘴気の方が濃い。そして………」
ズシンッ!!
背後から一際大きな音が響いたと同時に、俺は地面へと身を投げた!
ヴン!
避けた瞬間、とてつもない風切音が鼓膜を揺るがす。
地面に転がり、服に付いた土など気にする暇もなく、俺は立ち上がると同時に、無意識に空力操作を行い、その場を超スピードで10メートルほど離れた。
背中に嫌な汗をかきながら、振り返り、俺を襲ったナニカを視界に入れる。
そこには………、異様なナニカがいた。
2対4本の手を持ち、異常に発達した牙と爪、そして何よりその大きさ。高さは3メートル以上あるだろうその体躯と、足が地面にめり込むほどの重さ。
俺がもしこれに一番近い動物を知っているとしたら、それは“熊”だろう。
「そして、わらわが言った“相手”とは、ここの主のことじゃ」
いつの間にか近くにいたノアがのんびりと解説を続ける。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!
“相手”の咆哮が、森中に響く。木の葉はビリビリと震え、辺りからはこいつ以外の生き物の気配が失せた。
「セラの意識不明の原因はこいつじゃろうのぅ」
とりあえず、のんびりしすぎだノア。
お久しぶりです。
今回の話は何日かに分けて書いたので、ところどころおかしなところがあるかもしれません。その際は感想欄かメッセでお伝え下さいませ。
で、次はちょっと話の転換期かもしれません。私もどうなることやら戦々恐々としております。
実習の件はなんとか消化していっております。内容については割愛!
ではでは、またそのうち投稿すると思うんで、その時はどうぞよろしくお願いします。
ではでは~。