第52話:決闘
決闘開始とともに、ローレルの手から火球が発せられる。俺は高速で突っ込んでくるそれを沈みながらかわし、手を振ってカマイタチを飛ばす。横一線に払われたそれをローレルはジャンプで避け、着地。
お互い次の手を使わずに、睨み合う。
「ローレル、お前なかなか出来るやつなんだな」
「ふん。癪だが貴様もな」
そして互いにニヤリと笑う。
「ノア、銃に」
「うむ」
手に漆黒の銃が現れる。その心地良い重さを手に感じながら、ローレルを睨む。
ローレルは一瞬それをポカンと見ていたが、すぐに顔を引き締めた。
「それはお前の使い魔の特性か?」
「どうだろうな」
言いながら、そこから再びカマイタチを出す。それをローレルは横っ跳びにかわすが、もちろんそれで終わるわけではない。俺はノアはとりあえず置いといて、手を振りカマイタチを連続で発生させる。
ローレルが避けて地面にあたったカマイタチは、ことごとく大穴を穿っている様子から、その一発一発に込められた威力が分かるというものだ。
「おッ、ちょッ!!」
ローレルが必死でかわすが、次々に放たれるカマイタチに、ジリ貧になっていく。
「ちょっと酷くないか!?」
「知らん」
俺は猛攻撃を避けるのに必死なローレルを見ながら、俺は少し驚いていた。
もしこれがその辺の奴なら、二発目で終わっている。なぜなら、一発目が避けられることを想定したうえで逃げ道を作り、そこへ二発目を放っているからだ。すると一発目を避けた反動で急制動が出来ず、二発目の餌食になる、というわけだ。
しかしローレルはどうだろう。完璧なタイミングで打ち出された二発目を、難なくかわして見せたのだ。
こいつは強い。
感覚としてあったものが、今、現実感を持って理解出来た。
しばらく避け続けていたローレルだが、ついに限界が来たのか、避けずに防御結界を張った。
それを俺は見逃すはずもなく、すばやく五発ほどカマイタチを叩きこむ。すると、砂塵が舞い上がり、ローレルの姿が視認できなくなった。
「………ちッ」
俺は小さく舌打ちする。
「おちつけユーリ。お主は強いが、一番大切な“経験”はあまりないんじゃ。おちついて状況を判断せんと命取りになるぞ」
「………ん、そうだな。毎回毎回ありがとな、ノア」
ノアのおかげで、熱くなりかけた頭が冷やされる。状況を見て、最善手を打て。
と、その時!
「ッ!」
砂塵の中から氷の塊が飛んできた。しかしそれは俺の手前で霧散する。
「………危なかったのぅ」
ノアだった。こいつの特殊能力の、魔術のある程度の無効化。
しかし、これはノアの理力が僅かながらでも削られるらしいので、あまり使って欲しくない能力だ。
「ありがと。でもあんま使うなよ」
「分かっておるわい。お主が危なくなった時だけにしよう」
つまり、今のは俺が危ないと判断されたわけだ。ごめんな。
砂塵に少し動きがあった。どうやら中でローレルが動いたらしい。
「はっはっはぁ! さすがだユーリ。ここまで追い詰められたのはいつ以来かねぇ」
さも楽しそうに笑うローレル。
俺はあんまり楽しくないぞ。基本的に俺はのんびり屋だからな。
「こんなに強いなら仕方ねぇよなぁ、仕方ねェ! 来い、バイル!!」
ローレルが大声をあげ、空へ吼える。
瞬間、
バサッ!
大きな羽音がした。
「………確かこっちに来た当初もこんなことがあったような………」
「あー、あれかの。アンネを助けた時の」
そうそうあれあれ。少しあれトラウマになってんだよなぁ。
「どこを見ている!!」
叫ぶローレルに、しぶしぶ顔を向けると、そこにはやっぱりというかなんつーか、龍がいた。
「龍かぁ………」
「龍じゃのう………」
2人して溜め息をつく。
確かに龍だ。うん、龍だ。色は燃えるような赤で、一対の翼が生え、二本足で地面に立つ、龍だった。
しかし、問題はその大きさ。
ぶっちゃけ、小さい。とはいっても、比較対象がレイなんだけど。
羽根を広げて8メートルといったところだろうか。確かに人間からしたら大迫力だが、寝ぼけて龍になるレイを何度か見てる俺たちにとっては、いささか迫力不足だった。
しかし、周囲のギャラリーは騒然とした。小さくとも、龍は龍。その実力は一般人を優に超える。
「はっはぁ!! 驚いて声も出せないってかぁ!?」
いや、ちゃいます。確かに驚いてはいるけども。
「もっと驚かしてやるぜ! バイル、飛べ!」
「ギャウ!」
龍……バイルは一鳴きすると、ローレルを背に、大空へ舞った。
完全に俺たちは置いてけぼりだ。
「なぁノア。龍族って人間より上位にいるんだよな。なんで使い魔になっとるん?」
「………まぁ龍族にもピンからキリまでおるじゃろうし、もしくは何か特別な縁でもあるのではないかえ?」
「そんなもんかねぇ………」
この世の不思議だな。
「余所見してんなよユーリぃ!!」
はるか上空から聞こえてくる声。確かに、上を取られたのは痛い。
と、その時。
カツンッ
「ん?」
地面に何かが落ちた音がした。
見ると、どうやら雹のような氷の塊っぽいものだった。
さらに、
カツンッカツンッ
二度、ソレが落ちる。
刹那、一気に悪寒がした。
「ユーリ! 結界じゃ!」
「………ッ! 了解!!」
魔力展開。対物対魔防御結界………発動!
ヴンッと、周囲に半円球のドーム状の結界が張られる。
次の瞬間、
ズドドドドドドドドドドド――………
空から、いくつもの雹が落下してきた。
これはおそらく、空中で氷結した氷を高速で落とす魔術。以前レイが光の雨という魔術を見せてくれたが、それと同じようなものだろう。
俺が張った結界は最初はすぐ壊れそうになったが、中からずっと強化し続けていたため、掃射に耐えきった。
一分。
この一分がこれほど長く感じたのは初めてだった。
「………やっと終わったか」
「そのようじゃの………」
周囲は雹で覆われ、さながら氷の世界といった様相だ。
俺は空を見上げる。そこには悠々と空を飛ぶローレルとバイルの姿があった。
イラッとした。
「ククク………、これを受けてまだ立ち上がるか………。さすが俺の認めた男ぅお!!」
ドゥン!!
俺はだらだらと話し続けるローレルを無視し、超電磁砲を放った。
それに気付いたバイルがなんとか避け、気付いていなかったローレルが振り落とされそうになったというわけだ。
「あぶねぇだろうが!!」
「良く言うぜ………」
今は決闘中だというのに。油断する方が悪い。
俺は、やはり容赦なく、超電磁砲を連射する。
ガゥン!ガゥン!ガゥン!
連射するも、やはり空に向けて放っているからか制度が甘い。さらに、距離が空いているので、わりと簡単に避けられてしまう。
………さて、どうしよう。
「はっは! もう終わりかぁ!?」
………つまり、あそこまで行けばいいんだな。
「なぁ、ノア。まず――………」
俺はノアにこっそり作戦を言い渡す。これはノアの協力がないと無理な作戦だ。
ノアはふむふむと頷いていたが、すべて話し終えると、最後に大きく頷いて言った。
「了解じゃ。それくらい、軽くこなして見せよう」
「あは、ありがとよ」
そして、俺たちは空を見上げる。
◆ローレル◆
戦ってみて分かったが、こいつは異常に強い。今までオレが戦ってきた誰よりも。
しかし、それほどの力を持ちながら、そこかしこに素人じみた動きが入る。最初は何かの誘いかとも思ったが、次第に経験不足からくるものだと分かった。
だからと言って油断は出来ない。だからこそオレはバイルを呼び、決着を急いだ。
そして今、オレは決着をつけようと、特大の魔法を使おうと集中していた。下からくる光の槍みたいなものは、バイルが避けてくれるため、オレは魔法に集中することが出来た。
しかし、一瞬バイルの気配が乱れた。何事かと集中を乱さないよう気を付けながらも、ユーリを見る。
「どうりゃ!」
下から、何か剣のようなものを投げた。それは凄い勢いでこちらへ迫ってきて、危うく当たりそうになったところをバイルがやはり寸前で回避する。と同時、下から再び手の黒い筒状の機械から再び光の槍が発せられる。
ガゥンッ!
「これが狙いか………ッ!」
剣を投げて、慌てたところへ光の槍。確かに効果的だが、それで負けるような訓練は積んでいない。
やはり寸前で、バイルが回避する。少し羽根に傷を負ったが、無視できるレベルだ。
「はっはっは! 残念だったな!!」
オレはやつの負けを確信した。………それは戦場において、一番やってはいけない油断だというのに。
………不意に、頭上に影がさした。
そちらへ目を向ける暇もなく、その影が言葉を発する。
「油断禁物じゃぞ」
ガゥン!
腹部に凄まじい痛みを感じた。
それと同時、オレはバイルの背から落ち、地上へ落下しながら、気絶した。
負けた、という実感も伴わないまま。