第05話:なぜ俺
俺たちが町に足を踏み入れると、どうやらここは町というよりはむしろ、普通の村らしいことが分かった。それにしても、文明レベルがかなり低い。地面はむき出しになっているし、村の中央には不格好ながらも噴水があるが、それはそのまま川へ流され、田畑への引水はしていないようだ。
村人の来ている服も、あまりファッションを気にする人はいない、というか、気にすることが出来るほどの生活水準ではないのかもしれない。
とりあえず、どこか休める場所を探さないとな。
「すいません、このあたりに宿はありませんか?」
「ん? この村に宿はないが………にーちゃん旅のもんか?」
とりあえず一番近くにいた男性に声をかけたところ、少々不審な人と思われてしまったようだ。
「ええ、森を抜けてきたんですが、どこかに財布を落としてきてしまったらしくて………。できれば何かお手伝いをして泊めていただける場所があれば教えていただきたいのですが」
こんなところか? これなら服装が違うことも説明できるし、お金がないことも説明できる。俺頭いいな。
「それにしては服が汚れてないし、旅に必要な道具を一切持ってないな」
すいません、俺は馬鹿でした。なんの道具も持たずに旅に出る馬鹿はいないですよね。まぁ俺は強制的に旅立たされたんですが。
「なんか言えない事情があるのか、はたまた盗賊に襲われたか。ま、それはいい。こんなやつが物盗りなわけないし、いいぜ。オレんちに泊めてやるよ」
「ホントですか!?」
「なんだ、嘘の方がいいのか?」
「いえいえそんな。すいません、お世話になります」
「ああ。ところで………」
そう言っておじさんは俺の背後を指差した。
「その背負ってる女の子はなんだ?」
ああ、その説明もいるか。
「これは俺の旅の仲間です。先ほど歩き疲れたというので背負ったんですが………いつのまにか寝てしまったようですね」
「ははは! そりゃ仕方ないな。よし、オレの家に案内してやろう。そっちの猫も旅仲間か?」
「ええ、こいつは俺の猫ですね」
そういって、肩に乗っているノアを撫でる。ノアは気持ちよさそうに俺の手に顔を擦り付けてきた。
「わかった。じゃあ今日は休んでもらって、明日は畑仕事を手伝えよ? って、いつまでいれるんだっけ?」
「あー、まだ未定なのですが、なるべく早く出発します。あ、でも明日は手伝いますんで大丈夫ですよ」
とりあえずノアの話を聞いて、それからこの少女の話も聞いて、それからしか行動が決められない。それに、早くしないと例の龍人たちが追いかけて来ないとも限らない。
「よしわかった。どうせ何もない村だ。いつまでいてくれてもかまわないぜ」
「ありがとうございます」
すごくいい人みたいだ。なるべく早くに出発して、迷惑をかけないようにしないと。
俺はおじさんの後について、村の中を進んでいった。すると、周りの家からすると大きめの家が建っており、どうやらそこがおじさんの家らしい。
「大きい家なんですね」
「あー、そうでもないんだがな。オレは一応村長だから、この程度だ。他の村や町なら、これくらいの家なら普通の人が住んでる大きさだしな」
適当に言ってみたのだが、どうやらはずれのようだ。ふむ、あまり色々言わない方がいいかな。
それからその家に入り、二階のひと部屋をあてがわれた。おじさんは少女と別の部屋を用意しようかと言ってくれたのだが、流石に悪いと思って遠慮した。しかし、それがあらぬ誤解を招き、ちちくりあいはほどほどにな、とか言っておじさんは部屋を後にした。その後ノアに再び噛まれたのは言うまでもない。
◆◇◆◇◆◇◆
「さて、一息ついたし、そろそろ説明願おうかね」
あの後誤解を解き、村の説明をある程度してもらってから俺たちは部屋に戻ってきた。ベッドには少女が未だに目覚めないまま横たわっており、俺はそのベッドの端を背に、床に座っている。そしてノアは、人間形態になり、着物を着崩したような服装で俺の目の前に座っている。
どうやらこの村は町から離れていて、いわゆる田舎の村らしい。大した特産品もなく、税などもそんなに目当てにされていないらしく、それなりに平和な暮らしらしい。しかしここ最近、少しずつ魔物が多くなってきていて、それが少し心配だとのこと。
初め聞いた時、魔物て(笑)、と思ったのだが、これがなかなか問題らしく、村人も何人か襲われた人がいるらしい。
「うむ。では何から訊きたい?」
「なぜ俺をここに呼んだのか、だな」
まずなにより先に、それが訊きたい。なぜ俺なのか。これからだ。
「それは、なによりユーリに特性があったからじゃ」
「俺に? 特性って何さ」
「神と対話できる特性じゃ。いままでユーリが関わってきた“見えざるモノ”の多くは、神であったり妖怪であったり。時に幽霊じゃったりもしたが、ユーリに助けられたモノがほとんどじゃ」
そうなのか? 確かに困っているっぽいのを手助けしたりもしたが、そんなに大したことはしてないはずだ。例えば探しものに付き合ったり、道を案内したり。そんなことぐらいしか記憶にないぞ。
「それはな、探し物が神器であったり、道に迷った浮遊霊だったりしたからじゃ。神器はいわずもがな神の道具なのじゃが、天界から顕界に堕ちると、気配が掴み辛くなるんじゃ。それにそれが人の手に渡ると碌なことにならん。浮遊霊は、道に迷っていたのだが、この場合の道とは道路のことではなく、むしろ内的思考の迷路に囚われていたのじゃ。そしてユーリがその道案内をした。幽霊は魂魄で言うところの魂のみの状態のことじゃ。その心理状態が外見にも現れるし、行動にも表れる。ユーリが道案内に成功し、その幽霊が辿り着いたというのであれば、それは幽霊のしがらみを取り払うことができたということじゃ」
うぅむ………。よく分からんが、とりあえず俺がやってたことは、そっち側の人たちにとっては良いことだったのか。
「それでなんで俺なんだ?」
「今言った特性というのは、そのまま世界移動しやすい人間ということになる。なにせ神様に愛されとるんじゃからの。それに、神と対話できる感応能力の高さも必要じゃ」
「へー、そうなんだ」
「うむ。それで、今回わらわがユーリを連れて来てしまったのは、わらわが解決せよと言われた案件に、どうしても誰かの助けが必要で、条件にあった我が主を連れて来た、というわけじゃ」
ははぁ、なるほど。まぁ一番近しい人に頼りたくもなるか。
「本当にすまん。勝手に連れて来てしまって。しかし、お願いじゃ。この通り、わらわを手伝ってくれ」
そう言って土下座しようとするノアの肩に手を置き、それを阻止する。
「いいよ。んなことせんでも手伝うっつの」
「え………?」
ノアがほけっとした表情で俺を見上げる。なんかかわいいなこいつ。
「そ、そんなあっさりと………」
「で、帰るあてはあるんだろうな?」
「それはもちろんじゃ! 案件が終わればすぐに帰らせてもらえるはずじゃ!」
その言葉からすると、こちらから独断で帰ることは出来ないから、向こうから引っ張ってもらうことになるのかな。しかしそれは案件が済んで、ノアの上司的神様から許可が降りたら帰してもらえると。そんな感じかね。
「おっけ。とりあえず今はそれでいいや。次にさっきの案件って何?」
「ああ、それは、霊域の破壊じゃ」
なにやら物騒だぞ?
「先ほどの男性も言っておったが、最近この世界では魔物が多くなってきておる。それは霊域のせいなのじゃ」
「霊域って、なんか神聖なイメージがあるんだけど」
「いや、今回はそのような意味ではない。動物や植物が瘴気を吸い、変形したものが主な魔物じゃ。魔族はその限りではないが」
「瘴気って?」
「魔力の亜種というか、そうじゃな………腐敗した魔力、とでもいうべきかの。魔力が長年動かず滞留すると、それがだんだん悪性変異していくんじゃ。これが体内に入ると、物質変化を起こし、自我や理性もほとんどなくなり、ただの魔物となる。しかも元は魔力じゃから、素体よりかなり強いものになってしまうんじゃ」
後遺症の強烈なドーピングみたいなものか。
「で、霊域というのは、………そうじゃな、昔この世界には勇者がいたそうじゃ」
「勇者ぁ?」
あれか?
テンプレ的展開で都合よく魔王を倒すやつ。
「うむ。勇者は魔王を、魔王の住む城にて打ち倒し、世界に平和が訪れた。これが五千年ほど前の話じゃ」
ごッ………、五千年とはまた………。
「しかし、討ち滅ぼされたはずの魔王は、死んだ魂を己の肉体に憑依させたんじゃ」
………?
「いや、それって死んでないんじゃ………」
「いや、死んでおるからなおさらたちが悪いんじゃよ」
そこでノアは、話し疲れた、とでも言うようにため息を付いた。
「魔王はそこで、確かに“死んだ”。………よく死体に悪霊が憑いて勝手に動くと言うじゃろう」
キョンシーとかネクロマンサーとかアンデッドという単語が頭に浮かんだ。
「その死体に入る魂が、本人でない道理はない。が、魔王は死んだ。魔王は、理性を無くしたただの魔物と化したのじゃ」
「じゃあ今はゾンビ状態なわけだ」
「うむ、その通りじゃ。そしてそいつが、障気を出している犯人じゃ」
「元魔王の魔物が障気出してんの? じゃあ普通の魔物も障気出すの?」
「ああ、言い忘れておった。魔物や魔族は少なからず魔法を使う。しかし、厳密に言うと、魔力ではなく障気を元とした魔法じゃから、魔法とは僅かに、しかし大きく違う」
「魔力の代わりに障気を使うのが魔物ってことか」
「うむ、………ってさっきから理解が早いのぅ。」
「いいじゃねぇか。説明楽だろ?」
「んまぁそうなんじゃが………」
ノアは、こほん、と咳払いをした。
「で、元魔王はもちろん莫大な魔力を有しておった。それが魔物に堕ちたことにより、全てが障気へと変質してしまったんじゃ。しかもそやつはその障気を抑えようともせん。理性がないのじゃから当たり前ではあるがな」
またハタ迷惑な話だね。
「つまり俺はその魔王もどきをぶっ倒せばいいわけね?」
「うむ、最終的にはそれが目的じゃ」
なるほど。把握した。
「じゃあ目的がはっきりしたところで、次は俺の魔力がどうのって話な」
「ああ、よいぞ」
「実際、俺は魔法使えるのよな?」
「うむ。これも少々話が長くなるぞ?」
「大丈夫だ。時間ならまだまだある」
今は昼すぎで、少し小腹が減ってきたくらいである。村長さんは明日、畑仕事をしてくれと言ったが、正直今からでも動ける。
しかしこちらに気を使ってくれたのを無碍にするわけにもいかないので、とりあえず話が済んだら村を歩き回ろうかと思っている。
ノアは少し話す内容を整理するかのように考え込んだ。
「………うむ。まず、ユーリの持っているのは魔力ではなく理力じゃ」
「理力?」
「神が使う力のことじゃな。確かに魔法も使えるのじゃが、燃費が天と地ほどの差がある」
「神が使う力ってオイ」
「ま、それがさっき言ったユーリの特性であるわけじゃ。元の世界でのわらわは無理矢理に姿を現そうとしたためぐったりとあのような場所に倒れ伏せていたが、お主に触れた途端、力が流れ込んできたのじゃ」
「俺は電池かなにかか」
「当たらずとも遠からずじゃな」
ケラケラと笑うノアを見て、すぐに毒気を抜かれた。
「それで、燃費ってのは?」
「ああ、それは、例えば先ほどの大木を出した魔術があるじゃろ」
あの着陸最終段階での魔術か。あんな経験はもうこりごりだ。
「あれを、魔力を10000使って発動する術と仮定する」
「ふむ」
「この世界にいる魔術士の平均魔力値がだいたい100じゃな」
「おい」
たったあれだけするのに魔術士が100人もいるってのか?
「ちなみに魔法士大臣レベルじゃと、5000くらいが平均化かの。王族であれば10000と少しか」
いや、とりあえず、王族ぱねぇ。
「でだ、お主の理力だが、そのままの数次換算だと1000ほどになる」
「なんか並よりちょっとすげぇくらいなんだな俺」
あれ? でも大木だせたよな俺。1000しかないのに魔力を10000もつかう魔術は無理なんじゃね?
「そこで燃費の話じゃ。お主の“理力”が1000なんじゃ。理力であの大木を出すのであれば、だいたい1あれば十分じゃの」
「………」
えっと、つまり俺の理力を魔力換算した場合はどれくらいになるんだ?
「つまり、魔力として見れば、10000000以上じゃな」
………理力ぱねぇ。
「しかし、お主の理力はこの世界では魔力として考えられとる。じゃから数字的には1000と出るが、実質的には10000000はあるということじゃ。良かったな」
そりゃ良いけどよ。なんか怖いなそれ。
「とまぁこんなことろじゃな。だいたい説明したつもりじゃが、何か他にあるかの?」
「んにゃ、また気付いたら質問するわ」
というか、流石に限界デス。
軽く頭痛がしてきたのだが、ここでもう一つの問題が鎌首を擡げた。
「うぅん………」
ここに、拾ってきた少女が眼を覚ます。




