第44話:ティアリス
「わたくしの名前は、ティアリス・リンディアですわ」
そうなんだ。腰に手をあてて名乗り上げるほどの名前じゃ………。
いや待てよ。
「なぁアンネ」
「なんですか?」
「あの金髪縦ロールのファミリーネームって、リンディアなんだ」
「金髪縦ロールって………、まぁリンディアですけど」
「俺も城にそこそこいたから多少の世界情勢は分かるんだけどさ、………リンディアって文字を本とかで何度か見たことがあるんよ」
「へぇ、どこですか?」
「クレスミスト王国と敵対している、しかもクレスミスト王国に次ぐ国土を持つリンディア帝国」
「……………残念ながらそのリンディアです」
まじかよ………。なんでここにリンディア帝国のもんが………、ってちょいまて。ファミリーネームが国名ってぇことは?
「お前、王女か何かか?」
「ええ、わたくしはリンディア帝国第二皇女ですわ」
………はぁ。なんかどうでもよくなってきた。
「なんでリンディア帝国の第二皇女がクレスミスト王国にいるんだよ………」
「それがここ、フォレスティン学園の方針だからですよ。学園では出身国で差別せず、人種で差別しない、とされているんです」
俺の呟きに、アンネが的確に答えてくれた。
なるほど、とは思うが、昨日リナリアが差別されたところを見ると、その教育が徹底されているということはないのだろう。
「はぁ………まぁいいや」
「まぁいいやって………あなたそれ程驚きませんのね?」
いや、驚いてるから。
「ま、これからクラスメイトだ。よろしくな、ティア」
「ティ、ティアですって!?」
「なんだよご不満か?」
そう訊くと、ティアリス改めティアは無言のまま首を横に振った。
「ん。じゃあ教室に行くか」
そう言って俺は歩き出す。
そういや特別な授業って、何すんだろ?
◆アンネルベル◆
「よろしくな、ティア」
ユーリさんがそう言った瞬間、私は静かにため息を吐いた。
この男、相変わらず王族に敬意を払おうとしない。さらに厄介なのが、ユーリさんの出会った王族が、ことごとく媚び諂われることにうんざりしている者ばかりだったことだ。そこに、ユーリさんという自然体で接してくる相手というのは、どうしたって好感を持ってしまう。
さらに、を重ねるが、ユーリさんは性格が良い。優しく強く、全てを包み込んでくれる安心感さえある。
これでどうして嫌うことが出来ようか。
「ユーリさんですねぇ………」
知らず、私は呟やいていた。
リンディア帝国の第二皇女。この名前の価値は、推し量ることが出来ないほどだ。もちろんクレスミスト王国第一王女である私も。
しかしそれは、時に自らを縛る鎖となる。
例えば善意で誰かを助けたとしよう。すると私個人が助けたのではなく、国として助けたことになってしまう。すると私が個人的に助けた人の家は国の特別な保護を受けたとみなされ、周りの家から妬まれたり、排斥されたりする可能性がある。
だから私たち王族は、身勝手な行動は、普通の人より何十倍も気をつけないといけない。
そんな王族が、ある意味唯一、言い方は悪いが、身勝手に扱うことの出来る人物が、ユーリさんだ。結局、肩肘張らずに付き合える相手なのだ。
今、目の前では、どうやらティアと呼ぶことが決定したらしいユーリさんが、悠々と校舎に歩いて行っていた。
「………アンネルベルさん」
「はい?」
すると、いつの間にか近くにいたティアリスさんが私に話しかけてきた。
その顔には困惑が渦巻いていて、一度その感情を経験したことがある者としては、苦笑するしかなかった。
「何なんですの、あの男。わたくしの正体を知って驚きもせず、あまつティアと愛称まで付けて」
もう苦笑というか、普通に笑えてきた。
「あはははは、ユーリさんは、ああいう方なんですよ」
「はぁ………」
ティアリスさんはどうも納得いかないようだ。自分だけ、などと思っているのだろうか。
「ちなみにですが、私は“アンネ”って呼び捨てられてますよ?」
「は、はぁ!?」
クスクス……、何度かユーリさんはティアリスさんの前で“アンネ”って呼んでますけど、意識したことはなかったんでしょうね。
私はクスクス笑いを収めないまま、ユーリさんの後を追った。
◆ユーリ◆
で。
俺たちは教室に入ったのだが、その教室は約50人くらい入る大きさで、中学校や高校の教室ではなく、大学の教室のように、後ろに行くにつれて段が上がるという造りになっていた。
こういう造りにするなら、50人より100人以上入る教室にした方が安くつくと思うのだが。
それで、アンネは優等生らしく前から3列目のド真ん中に座った。一番前でないのは、逆に近すぎて全体が把握できないからだ。仕方ないので俺も隣に座ろうとしたのだが、………俺に付いてきた猫と狐はどうしよう。
が、それは入ってきた教師によって解決することになる。
「こんにちは、………えっと、先にアンネルベルさんの護衛の方が、この学園へと正式入園されましたので、簡単に挨拶してもらえますか?」
入ってきた教師は、茶色い髪を肩上で簡単に結んだ若い女性だった。
というか、早々に自己紹介とか、キツいなぁ………。
仕方なく立ちあがり、自己紹介をする。
「俺はユーリ・ツキシロ。王城で特別近衛騎士をしてます。今回はアンネ……ルベル様の護衛としてきました。短い間かとは思うけど、よろしく」
こんな感じ?
一瞬、アンネ、と呼び捨てそうになったが。さすがにここじゃヤバいよな。
やはり、というか、アンネの護衛を任された俺と言うのはそれなりのネームバリューを持つらしく、注目を集めてしまう。
うぜぇ。殺したい。嘘だけど。
「では、えっとユーリさんの連れて来た猫さんと狐さんですが、ユーリさんの席の隣にいてもらっても大丈夫です。狐さんの方は亜人らしいので、どちらの姿になってもいいですよ」
「………ですってよ」
「………うーん、ま、とりあえずこの姿でいいわ」
「ん」
さて、と名も知らぬ教師は切り替えた。
「最初の授業ですが、この学年だけまずやってもらわないといけないことがあります」
お、っと。さっそくか。例の特別な授業。
俺はこっそりとアンネに話しかける。
「なぁ、アンネはどんな授業か知ってんの?」
「ええもちろんですよ。私より上級生の方はみんな持ってますから」
みんな持ってる? 何か持ち運びできるものだろうか?
………例えば、魔法の杖とか。
でもそれは授業でするもんじゃないのではないだろうか?
「………ふむ、分からんな」
「ふふ……、まぁすぐ分かりますよ」
そっか、と呟き教師を見ると、どうやら本題に入るところだった。
そして、この授業。俺は再び、ここが異世界なのだなぁ、と再確認することになる。
「では、みなさんに、使い魔召喚の儀式をしてもらいます」
「………は?」
俺の呆けた声は、誰にも届くことなく、虚空へ消えた。
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こんにちは、芍薬牡丹です。友人がそれなんて読むの?って言ってたのでルビ振っときます。
さて、ありがたくも読了された方はわかるかと思いますが、最後のアレです。ぶっちゃけると、これをやりたいがために学園へ入れました。
次回は召喚しちゃいますが、………さて、何が出てくるやら………ふひひ。
時に、今までの文章や設定の中で、何か疑問点などなかったでしょうか?
一応2つほど疑問と言うかネタを仕込んでいるのですが、………まぁ分かってしまったら私の文章力が疑われるわけですが(汗
というか、こういうのってぶっちゃけてもいいんですかね?
一応今後の展開には関係ないネタというか、小さな設定ではあるんですが。のちのち閑話かなんかでやりましょうか。
さて、次回は召喚の回です。これで初期設定は全部消化することになると思います。もちろん他のイベントはすでに考えてますけどね。
それではまた次回、お会いできれば幸いです。
ではでは~。
そう言えば予定してた新キャラが出なかった………。いや、教師も一応新キャラか? いやでも名前がないし………(以下略