第40話:奴隷契約
「ユーリさん。奴隷契約したらどうですか?」
時は流れ、謹慎処分明けのある日、学園入りを明日に控えたアンネが、そう提案した。
ここはアンネの私室で、バルコニーにある椅子に座って紅茶を飲んでいるところだ。
「奴隷契約?」
「ええ。リナリアさんのことなんですけどね、亜人であるリナさんが安全に過ごすためには、奴隷契約がいいかな、と」
「ふぅん? で、中身は?」
「簡単に言えば、首輪を付けるんです。絶対に外れない。こうすることで、その人は自分のものだ、と主張するんですよ」
はぁ。マジでペットみたいな扱いなんだな。
「そういえば町じゃ見たことないなぁ、首輪」
「それはそうですね。奴隷契約なんて、そうそうしませんから」
奴隷なのにしない、と?
つかそもそも奴隷自体が禁止なのでは?
「我が国では禁止ですが、全てで禁止というわけではありません。しかし奴隷契約は、むしろ奴隷を助けるための法律なので、我が国でも認めてるんですよ」
奴隷を禁止しながら、奴隷を擁護する。どうにも矛盾がある気がする。
これが国の面倒なところ、か。
「奴隷を助けるって、どういうことさ」
「その奴隷を自分のものだと契約し、主張する。ということは、奴隷が犯した責任、罪は、全て主人が請けるんです。その代わり、奴隷が受けた傷は主人の傷。つまり、奴隷は主人と同等の権力を持つことが出来ます」
なるほど。だから町では見かけなかったのか。そんなめたらやったら出来る契約ではないわけね。
「どうでしょう。互いが信頼していないと、後で痛い目を見ることになりますが」
「リナなら大丈夫だろ」
うん。
それは断言出来る。
アンネは笑って応えた。
「でしょうね。ユーリさんならそう言うと思ってました」
なんか恥ずかしいぜおい。
「今からやっちゃいますか?」
「やっちゃいます」
「分かりました。ではリナさんを連れて、父様の執務室に来て下さい」
「了解ィ」
俺とアンネは、同時に席を立った。
◆◇◆◇◆◇◆
「リナリア! 奴隷契約すっぞ!」
「いきなり何!?」
「カモン、リナリア!!」
「え、ちょ、意味が分からな………」
「転移!!」
「ちょ、ま、あー……」
◆◇◆◇◆◇◆
「よっ、と。連れて来たぜ」
「早かったですね。準備は出来ましたよ………とは言っても王の立ち会いの元、首輪を付けるだけですが」
「ご主人様……説明を……」
リナリアが困惑100%でこちらを見ていた。
流石に問答無用はマズかったか。
「かくかくしかじか」
「私と奴隷契約!?」
「伝わった!?」
「あ、いえ。そういえば転移前に奴隷契約するぞ、って聞こえたから………」
そう言いながら、リナの狐耳がひょこひょこ動く。
………触りたい。ていうか食べたい。甘噛みしたい。
「ご主人様?」
リナの言葉に、ハッと我に返る。
………今のはヤバかった。
「………ごほん。で、俺と奴隷契約しないか?」
「それはいいんだけど………」
「アンネ。了承を貰えたから早速やろう」
「展開が早いわよ!?」
リナがツッコミにジョブチェンジしそうだった。
「奴隷契約ってあれでしょ? いいの、私なんかとしちゃって?」
「いいけど」
「軽いわね………」
リナは脱力した。そこまで重要なことか、これ?
「俺はリナを信頼してるし、………というか、奴隷契約をいいことに権力振り回すつもりか?」
「そんなわけない!」
「ならいいじゃん。アンネー、待たせたな」
アンネを見ると、微笑んで、やたらと生暖かい表情をしていた。
春の陽気に草原で昼寝をしていそうな表情だった。
「………どうした?」
「いーえー、なんでもないですよぉ」
随分と間延びした声になっていた。
というか、さっきからラルムさん空気だ。一応ここ、ラルムさんの執務室なのに。
「はっはっは! やはりユーリ殿は儂の見込んだ男じゃ。リナリア殿も、このような器の大きい男と契約出来て光栄じゃろう?」
ラルムさんの言葉に、リナは頷くことで肯定した。
さて、とアンネが言いながら手を合わせる。どうやら進行はアンネがしてくれるみたいだ。
「では始めますね。………汝ユーリ・ツキシロ。リナリアを汝の身の内であると認めるか?」
「はい」
「汝リナリア。ユーリ・ツキシロを汝の唯一無二の主であると認めるか?」
「………はい」
「ここに契約は成った。永久に互いを敬い補い合うことを願う。………ユーリさん、リナさんに首輪付けて下さい」
俺はアンネから青い首輪………というか、人間バージョンのノアがしているチョーカーみたいなのを受け取った。どうやら首輪という名前だが、実物は違うようだ。
俺は一本の紐のようになっているそれを受け取ると、リナの首に回し、後ろでマジックテープのようになっているところをとめた。
と、次の瞬間、
「お?」
チョーカーがリナの首に密着し、入れ墨のようになった。
「ここに契約の儀式を終える。………さて、ユーリさん」
「ん?」
「これで終わりです。ちなみに普通は神官が立ち会い人なんですが、特別に国王が立ち会い人となりました。立ち会い人は首輪に紋を入れなければならないので、その首輪には国の紋が入ってます」
アンネの指した方を見ると、リナの首輪にはうっすら紋が入っているのが見えた。
「これは国が保証してるわけですから、安全性は高いと思いますよ」
「なるほどなぁ。ありがとよ。ラルムさんもありがとうございます」
言うと、ラルムさんは笑って応えた。
「なに、これくらいいつでも良いぞ」
いやそんなに奴隷契約なんかしませんから。
「リナー、首が苦しいとかないか?」
「ええ、大丈夫よ。………これからもよろしくね、ご主人様」
「おう」
嬉しそうに笑うリナリアを見て、これでサンローズみたいなのに絡まれなくなるかな、と思うと、やはり安心した。
そういえばノアの赤いチョーカーも契約と思われんのかなー、と思いながら、俺はもう少し嬉しそうに首筋をなでるリナリアを見ていることにした。
前回と今回は、ちょっとした小話に位置します。
ぶっちゃけるとイベントフラグの回収です。
………実は、リナリアという人物像には、大元にとある曲が絡んでます。ある動画投稿サイトに投稿されている“あなたの歌姫”という曲なんですが、歌詞の内容をvocaloidである初音ミクではなく、奴隷の少女に置き換えて聴くと、少し違った感じに聴こえます。
それが、リナリアの元になっています。
まぁ置き換えると色々おかしなところは多々ありますが、流していただければ。
ま、気が向いたら聴いてみて下さい。ちなみに、特に許可なく書いてしまいましたが、問題あれば速攻消しますので言ってください(汗
では次回、いよいよ学園へ入ります。護衛はアンネとユーリ、セラフィムとスィード、という形で行きますが、1人城に残るルチアーナはどうしましょう。………先読み可能かもしれません。
ではではまた次回~。