第37話:リナリア
◆リナリア◆
私は今、目の前の女性に、酷く怒りを覚えていた。
今日はご主人様が用事があるというので、私は1人で城内を散策していた。もちろん入れない場所は多々あったが、それでも今まで檻の中だったことを思うと、十分だった。
たまに私を見て亜人がどうの、と言われることもあるが、私はご主人様さえいればそれで良かったし、自分に興味がなかった。
しかし逆に言えば、ご主人様を蔑まれれば、本気で怒る。
私が最近見つけた兵士の練習場を遠くから見ていた。兵士たちが槍や剣を振るい、魔法を繰り出すのは、とても興味深かった。
しかし、楽しい城内散策は、突然終わりを迎える。
いつの間にか背後に現れていた誰かに、いきなり背中を蹴り飛ばされたのだ。
「ぐぁッ!」
地面に転がり、痛みを堪えながら後ろを見ると、知らない女の人がいた。
肩までの茶色い髪と、騎士の甲冑。そして腰につけられた剣。
そして、胸当てに刻まれた、クレスミスト王国の紋章。
まごうことなく、近衛騎士だった。
「なんでこんなところに亜人がいる」
「………」
高圧的な口調にイラッとしたが、我慢出来るレベルだ。女の目は地面に這いつくばる私を見下していて、高慢な性格が良く分かった。
「何か言いなさい。………ああ、亜人は言葉が分からないのかしら?」
その唇がつり上がり、冷笑の形になった。
私はそれを横目に、立ち上がって服に付いた土を払った。
これ、ご主人様から貰った大切な服なんだけどなぁ………。
そう思うと、じわじわと怒りが増してきた。
「亜人のくせに人間と同じように二本足で立つのは不愉快だわ。這い蹲りなさい」
正直、引いた。
馬鹿じゃないのかと本気で思う。
「まったく………国王様も国王様よ。こんな薄汚い獣を城にいれるだなんて………。あの旅人みたいなやつもそうよ。特別近衛騎士だか何か知らないけど、私は認めないわ」
「ああそう。それじゃ」
特別近衛騎士がどうと言うのは分からなかったが、とりあえずこの女と話していると、馬鹿がうつりそうだったので、素早くその場を後にしようとした。
しかし、次に放たれた言葉に、私の歩みは止まる。
「ユーリとかいう奴も貧相な顔して、ホント気持ち悪い。さっさと出て行ってくれないかしら」
これだけで、私の怒りは瞬間的に最大にまで膨れ上がった。
バシッ!!
気付けば、女に殴りかかっていた。しかし伸ばした拳は、女の手によって受け止められていた。
「へぇ………。そこそこ力あるんだ」
「黙りなさい。あなたと話していると反吐が出る」
「そう。偶然ね」
女は拳を離すと体を縮め、
「私もだよ」
ぐるんと回転し、回し蹴りを私の腹に入れた。
「ッ!!」
肺の中の空気が押し出され、声を発することが出来ないまま、私はどうやら100メートル以上吹っ飛んだらしい。気付けば、練習場にある、石造りの闘技場のような場所にいた。
おそらく女は身体強化と風魔法を使い、私をここまで飛ばしたのだろう。
「戦うならやっぱりここよね」
私が苦しんでいる間、女は悠々と歩いてこちらへ来た。
「もう動けないの? さすが、雑種は脆いわね」
どうやら左手は折れているみたいた。同じく左足も。普通は動けない怪我だ。
しかし私は、必死で起き上がる。ご主人様の名誉を守るために。
「………さっきの言葉を訂正しなさい」
「はぁ?」
「ご主人様を愚弄したでしょ。………訂正しなさい」
ゴホッゴホッと咳き込む。………血が出ている。内臓も傷付いているのだろう。
「………もしかしてアレ? アレだけで怒ったの!?」
女は、あはははははは!!と狂ったように笑った。それが酷く不愉快で、でもどうにもこれ以上体が動きそうにない。
「馬鹿じゃないのアンタ! 気持ち悪い! ああ気持ち悪い!! アンタみたいな劣等種、生きる価値なんかないわよ」
ああ、確かに私に生きる価値はないだろう。“村”でだって毎日のように言われた台詞だ。
でも、1つだけ言うならば。
「私に生きる価値はなくても、ご主人様に救ってもらったこの命、無駄にするわけにはいかない」
それに、と私は心の中で続ける。
――この命はすでにご主人様のものだもの。
「クックックック………。馬鹿ね。馬鹿過ぎるわ。………もういい。死になさい」
私は満身創痍、女は万全。もし私が万全の状態でも、勝てはしないだろう。………それでも相討ちまでは粘るつもりだが。
女は腰の細めの剣をスラリと抜くと、半身になって片手で構えた。
さて、どうしよう。魔法ならもうどうしようもないが、剣で来るなら、当たる直前にカウンターを食らわせてやる。
女が走り出す。
さぁタイミングを見て――
「死ねよ化け物!」
刹那、私は動けなくなった。
昔の、あの“村”の光景。
『死ねよ化け物!』
『さっさと消えてしまえ!』
ああ………、もう大丈夫かと思ったけど、なかなかトラウマというのは癒えないものね。
動きが鈍った私を、女は容赦なく、薄笑いを浮かべながら切りかかる。
その時、不意によく知る魔力を感じ、驚いた反射で動いた体が、結果的に私の命をつなぎ止めた。
私は一瞬顔を上げた。………そこには、なぜかご主人様がいた。
次の瞬間、周囲に轟音が鳴り響く。
私は最後に見たご主人様の顔が、現実なのかただの幻だったのか分からないまま、目を閉じた。
「大丈夫か、リナリア」
閉じた目では確認出来ないが、耳に心地良い声が響く。
しかし私はまだ、直前に言われた言葉が、頭の中でグルグルしていて、思わず口を開いていた。
「わ、私、私を棄てないで………」
「は?」
「亜人だけど……ば、化け物、だけど………なんでもするから………だからッ!」
そこまで言った時、頭にふわりと何かが乗り、優しく撫でてくれた。
その暖かさに、涙が出そうになった。
「アホか。棄てるわけないだろうが。んなことしたら、何のために救い出したか分かんねぇじゃねーか」
……………私は、その言葉を噛み締める。
「まぁ治療してやるから、少し寝とけ。体力までは回復出来ないからな」
「うん………」
そうして、少しずつ意識は閉じられていく。
「さて、」
意識が閉じきる直前、ご主人様の声が聞こえた気がした。
ご主人様は、私ではない誰かに声を向ける。
「今からお前を殺す」
私が目覚めるのは、全てが終わった後だった。
あれ? リナリアが正ヒロインっぽく………。
久しぶりに、日が高いうちに投稿出来ました。続きが頭の中で固まってたら早いんですがね………。
さぁ、次はユーリさん、キレます。
つかサンローズさん性格悪すぎワロタ。まぁ自分でやっといてアレだけど。近衛騎士隊副隊長とかよく勤まるね。性格面に問題有りすぎでしょ。
次回はやっと戦闘らしい戦闘、かな?
なぶります。性格悪いドSを痛めつけるのって、なんかいいよね!
私は性格破綻者ではありません。一応。
ではまた次回~。