閑話02:食堂
俺は今、必死に己の悪魔と戦っていた。
確かに俺の力は強く、多少のことでは負けない自信はある。
しかし。
しかしだ。
俺が俺自身に勝つことは、酷く難しい。
「………ッ!」
俺は目の前で揺れる9本のフワフワに目を合わせ、一瞬後には逸らした。
なんだあの究極兵器。
「どうかしたの、ご主人様?」
「い、いや、なんでもない」
リナリアの言葉に辛うじて答える。
――くそッ! 俺が負けるだと!?
そんな口には出せない心の声が、頭の中で反響する。
それでもゆっくりと、しかし着実に、俺は敗北への一歩一歩を進んでいることを、頭のどこかでは分かっていた………。
「………そろそろ良いかの?」
「ああ、いいぜ」
まぁなんだ。つまり、風呂上がりのリナリアの尻尾に抱きつきたい衝動を抑えているわけで。
だってさ、金色の柔らかそうな尻尾が9本も!9本も揺れてんだぜ!?
「落ち着けユーリ」
「おーけぃ。落ち着いた」
ノアの声に、なんとか落ち着きを取り戻す俺。
大丈夫。こういうのは一度耐えきれば次の衝動まで間が空く。その間に何か対策を考えよう。
「で、飯だったな」
いま俺たち、俺とノアとレイとリナリア、は兵士用の食堂にいる。いつもは王族専用の食卓で食べているのだが、今回はリナリアというイレギュラーがあったので、とりあえず今日は遠慮した。
再確認ではあるが、リナリアは亜人だ。そして、人の国では、闇の部分ではあるが、奴隷として扱われる。
そのため、一般的に下位に見られることがよくある。
この状況はどうにかしたいと思ってるんだけどなぁ………。
「ユーリは何を食べるの?」
正面に座ったレイが訊ねる。食堂は小さい丸テーブルがいくつも並んでいて、椅子が4つある。俺の右隣に猫ノアが椅子に丸くなっており、左隣にリナリアがいる。そして正面がレイだ。
食堂はかなり広く、二階建てで、一度に数百人は入れるらしい。
「俺はメニューがよく分からんから、なんか肉系を適当に頼んでくれ。リナリアはなんか消化にいいものを」
「いいよ、ちょっと行ってくる」
「ああ、運ぶときは言ってくれ。俺も運ぶ」
「うん、了解」
そう言ってレイは席を外す。おそらくカウンターで注文しに行くのだろう。
とりあえず気になるのが、今までここで食べたことがなかったせいか、周りの兵士たちからやたらと視線を感じる。
「………うぜぇ」
げんなりする。
人に見られながら飯を食う趣味はねぇよ、俺は。
「ご、ごめんなさい、ご主人様。私のせいで………」
「別にお前が悪い訳じゃねぇよ。気にすんな」
実際リナリアは何もしてないのだ。
まったく、不愉快にもほどがある。
と、その時遠くから俺の名が呼ばれた。
「ユーリ、ちょっと来て」
レイだった。
俺は席を立ち、厨房近くにあるカウンターへ向かう。料理を注文したら、持っていくのはセルフサービスなのだ。
「どうかした?」
「ん、料理が出来たから運ぼうかと思ってね」
「おお、了解したぜ」
俺は自分の分(なんかの肉の炒めもの)とノアの分(コーンポタージュみたいなやつ)を運び、レイはレイの分(俺のと同じ)とリナの分(うどんっぽい何か)を運んだ。
一応トレイに乗っているのだが、2つとなるとバランスが難しい。
それでもなんとか運びきり、テーブルに置いた時点で、異変に気付いた。
俺の座る席がねぇ。
数えてみよう。椅子は4つあったはずだ。
ノア。リナリア。アンネ。レイ。
「………変なのいたな。気のせいか?」
「変なのって酷いですよ、ユーリさん」
アンネが頬を膨らませる。いや、可愛いだけだけど。
「何してんだよ王女様」
「たまには兵士の食生活も体験してみないと、良い為政者とは言えませんわ」
「本音は?」
「兵士の食生活を見たかったのと、ユーリさんとかがいない夕飯というのも味気ないので」
随分俗世にまみれてしまったようだった。
いやまぁいいけど。
「あのさ、周りの兵士たちが恐縮しまくってんだけど」
「気にしたら負けですよ」
どうやら俺は負けてしまっていたようだ。
兵士たちはなんとなく食べづらそうにしている。なんか可哀想だろ。
「………で、アンネは飯どうすんだ」
「なんでもいいですよ」
「じゃあ俺の食っとけ」
そう言って俺の何かの肉の炒めものを出す。
「え、そんな、悪いですよ」
「まぁ気にすんな」
そう言って俺は再度カウンターへ向かい、何かの肉の炒めものを注文する。ついでに栄養価を考え、大盛サラダを頼んだ。
すぐに用意が出来たらしく、再びトレイを持ってテーブルへ。
「………」
ふむ。どうやら俺は目が悪くなったようだ。人が増えているように見える。
数えてみよう。
ノア。リナリア。アンネ。レイ。セラ。ルチア。
「………また変なのが」
「ご、ごめんなさい、ユーリ様………。ルチアがどうしてもって………」
「お兄ちゃん一緒に晩ごはん食べようよ!」
いや、変なのとか言ってすまん。そこには見目麗しい姉妹、第二王女セラフィムと第三王女ルチアーナがいた。
「ユーリさん、私の時と対応が違いすぎませんか?」
「気にしたら負けだぜ」
「負けでもいいので問い詰めていいですか?」
「新展開!?」
普通そこは『じゃあ気にしないでおくよ……』って感じになるとこだろ!
てかその前に、俺の心を読むな。
「で、お前ら飯は?」
「私は小食なので、別になくてもいいですよ」
「お肉たべたい!」
お前ら……、とか言いながらわざわざ俺のために取ってきた皿を出す。
「セラは元々体力ないんだからちゃんと食え。ルチアと一緒ならそれくらいは大丈夫だろ」
つまり、肉とサラダを2人で。セラは小食でルチアは子供なので、こんくらいじゃないだろうか。少なかったらまた頼めばいいしな。
「え、ユーリ様のを頂くわけには………」
「いただきます、お兄ちゃん!」
セラの言葉を無視してガッツリ食べ出すルチア。
その姿をセラと2人で無言で眺め、同時に吹き出した。
「あははは! いいぜルチア! その遠慮のなさは見ていて気持ちいい」
「んぉ?」
肉を頬張りながら不思議そうな顔をするルチア。可愛いなぁ………。
「てなわけで遠慮すんな、セラ」
「ふふ……、ありがとうございます」
口を隠して笑うというお上品な笑いをして、セラも食事にとりかかる。
年下のくせに遠慮してんじゃねぇよ。
俺はニヤニヤしてしまう頬を隠すことが出来なかった。
「しかしいつまでも飯が食えんのぅ、ユーリ」
「それは言っちゃ駄目だぜノア」
俺は三度目の正直と言わんばかりに、カウンターへ向かう。
つか、そろそろ兵士の緊張感がマックスだ。まぁ王族と飯なんて普通じゃないしな。
「さて、今度は何にしようかなぁ………」
とりあえず何かの肉と、………なんかジュースが欲しいな。
「おっちゃん。さっきの肉のやつと、なんか飲み物くれ」
「あいよ! ……しかし兄チャン。アンネルベル様たちとどんな関係なんだい?」
あーまぁ気になるよねぇ。一応箝口令出してるから話が広まることはないだろうけど。
「んーと、旅先で少し関わったくらいだ。たぶん自分を敬わない人が珍しいんじゃね?」
「ああ、なるほどなぁ」
まぁ間違いではない。
「なんて言ってる間に、ほらよ!」
「話している間に出来上がるだと!? おっちゃん………料理はおろか、サービスまで完璧だな」
「俺を甘く見るなよ?」
俺はおっちゃんと固く握手を交わした。
で、テーブルへ戻ると、場は更に混沌としていた。
「やぁユーリ殿。お邪魔してるよ」
「うふふ、こんばんは」
ラルムさんとフィーネリアさんだった。
ラルムさんはこの大陸最大国であるクレスミスト王国の国王。フィーネリアさんはその妻で王妃である。
少なくとも、兵士食堂で飯を食うような身分では、決してない。
「何してんスか2人とも………」
すでにぐったりしている俺に、ラルムさんは笑って答える。
「ユーリ殿が儂の娘を全員誑し込むからじゃろ」
やべ。地雷踏んだ。
シュッ!
ガシィッ!!
「どわッ!」
ラルムさんは瞬間移動でもしたかのように俺の隣に出現し、首に腕を回した。
そして耳元で深く暗く、まるで深遠から轟くような声で俺に“忠告”する。
「儂の娘らに手ェ出したら痛覚を持って生まれたことを後悔させる」
俺は初めて、本気の殺気と言うものを感じ、全身に鳥肌が立ち冷や汗をかいた。
「うふふふ」
フィーネリアさんは笑ってるし。なにこれ。
「えっと、とりま晩飯はどうしたんスか?」
「儂はまだじゃな」
「私はほとんど食べませんから」
………またこのパターンか。
俺は座ったラルムさんの前に“俺のために”取ってきた肉を置く。
「………これ食ってて下さい」
「よいのか? ユーリ殿が食べる予定のものじゃったのだろう?」
「いいですよ別に。フィーネリアさんはとりあえず飲み物でも飲んでて下さい。他に何かいりますか?」
俺はフィーネリアさんの前に赤紫色の飲み物(瓶ごと)を置いて、訊いてみた。
「いえ、私はいりませんわ。夜はそんなに食べないことにしてますし、それくらいなら自分で作りますもの。………でも飲み物はありがとうね」
俺はそれに笑顔で応え、四度目のカウンターへ向かう。
「先ほどは三度目の正直とか言っておらんかったか、ユーリ?」
「二度あることは三度ある、とも言うだろ、ノア」
というか、口に出してないのになぜ伝わったし。
そして四度目のカウンター。
「兄チャン………あんたホントに何モンだ………」
「訊かないでくれ………」
多少あきれた感のあるおっちゃんと、くたびれた俺がそこにいるのだった。
で、テーブル。
「もう嫌だ………」
何度目かの肉を持った皿を持って帰ると、場は新たな展開を迎えていた。
「あはははは~……、あ~、世界が回るぅ~……」(アンネ)
「くっくっく………世界は儂のものじゃ!」(ラルムさん)
お前ら酔ってるな?
「ユーリさんの持ってきた飲み物、あれお酒ですわよ?」
「なんだと!?」
おれはおっちゃんを振り返る。
おっちゃんはいい笑顔でサムズアップしていた。………意味が分からん。
ここで俺がすることは1つ。
すなわち戦略的撤退だ!
「さらば友よ!」
ユーリは逃げ出した!
「だが断る」
しかし回り込まれてしまった!
「レイ! 後生だからそこをどいてくれ!」
「僕だけに酔っ払いの相手をさせようなんて、そうはいかないよ!」
正論だった。
まごうことなく正論だった。
「じゃあどうするよ」
「………一緒に逃げようか」
「………だな」
なぜか俺とレイの間に熱い絆が生まれた瞬間だった。
「わらわもついてゆくぞ。あれらには付き合っておれん」
ノアも俺と同じように多少疲れた声を出していた。
ふむ、んにゃらばリナリアも連れていくか。流石に残して行くのは可哀想だ。
「リナリア、かもん」
「え、え?」
ヒット&アウェイで戸惑うリナリアを奪取。
「逃げるぜ」
「うん」
「うむ」
「え? は?」
未だに状況が掴めないリナリナかわええ。
あ、逃げる前に一言。
「………ここにいたかスィード」
「………見つかるとめんどくさいことになりそうだから隠れてたのに………ッ!」
残念でした。
「セラとルチアの護衛頼んだ。酔っ払いから助けてやれ」
「そんな!?」
「お前が仕えた国の王族だ。面倒見てやれよ。じゃな!」
待って下さい!?というスィードの声を無視して、食堂を飛びだす三人と一匹。
飛び出せ☆青春ッ!
◆◇◆◇◆◇◆
次の日。
「頭痛いですぅ~……」
アンネは謎ではない頭痛に侵されていた。
「それ二日酔いって言うんだぜ」
「二日酔い………? なんですかそれ………」
「俺も詳しくは知らん。ただ、酒を飲みすぎると次の日そうなる」
ちなみに、ラルムさんは同じく頭痛でベッドの中。セラとルチアはスィードが早々に退避させた。
フィーネリアさんは、………ピンピンしていた。どうやら酒に強いらしい。
俺は、こんな人たちが王族で国が回るのかよと、一抹の不安を拭い去ることが出来なかった。
ギリギリ投稿出来た!
毎日投稿縛りは厳しくないですか?
リナリアのもふもふ云々を感想で書いてくれたので、どうしても書きたくなった一幕。プラス食堂。兵士涙目。テラカワイソス。
次回はギルドへ換金へ。