第31話:王城
◆アンネルベル◆
その日、私は私専用の執務室で書類整理をしていた。
私専用とはいっても、国の重要な書類も少なからず含まれるので、国王である私の父などは自由に出入りできる。
執務室はあまり大きくはなく、だいたい8メートル四方といったところか。私が座っている窓際の机以外は、本棚とそこに埋まる分厚い本で、とてつもない圧迫感を感じる。
さらにその机の上にも書類が3つくらいの山を形成しているのを見て、私は暗欝な溜め息を吐いた。
「なんで私は書類整理をしてるんだろう………」
最近鬱陶しくなってきた長くレモン色の髪を耳の上にかき上げ、私はぼやいた。
ちなみに書類整理している理由は、単純に人手不足だ。というのも、国王が母であるフィーネリアを妻にして、側室を作らなかったため、他の人がするはずだったこういった雑務を、第一王女である私にも処理させないと国が上手く回らないからだ。
確かに重要であることは理解できるが、つまらないと思ってしまうのは仕方ないと思う。
窓の外を見ると、どうやらすでに日は沈んでしまったようで、もうしばらくしたら夕飯の時間だと、誰かが呼びに来るはずだ。
「ユーリさんは何してるんだろう………」
もうひとつ気分が落ち込む要素があった。
ここ一週間ほどユーリと会っていないのだ。
確かにご飯を食べる時は一緒なのだが、そこは王女と旅人。確かに命を救いもしたし国王に食事の同席を認められたとはいえ、食事中にみだりに会話をすることはマナー違反であるし、王女と見知らぬ旅人風情が話していると、いらぬ噂が立つ。
国とは、王とは、思う以上に複雑で、七面倒臭いものだ、と改めて私は思った。
何度かユーリが籠っているらしい書庫に足を運んだのだが、目が虚ろであまり会話しているという感じではなかった。今日は外へ出ているらしいのだが、私は書類があってついていけなかった。
私は、ユーリさんと天気のいい日に窓辺で紅茶を飲みながら、ゆったりと雑談したかったのだ。
「はぁ………。今頃ユーリさん何してるのかな………」
先ほどと同じ問いかけを放つ。
椅子の背もたれに背を預け、手を上にして伸びをする。この歳で肩こりに悩まされるなんて。
そうぼんやり考えていると、おそらく下層階でドスンッと言う音が聞こえた。ほんのわずかに振動が感じられたので、それなりに大きな音だったのだろう。
「なんだろう………? いえ、今はそれより書類書類、と」
私は再び書類整理へと戻った。
◆ユーリ◆
ドスンッと音を立てて、俺たちはどこかに落ちた。
「ぐふぅッ!」
なぜか割と高い位置から落ちたので、一気に肺の中の空気が追い出される。
床に寝転がりながら上を見ると、天井があった。
「知らない天井だ、とでも言うと思ったか」
誰とも知れない何かに呟く。非常にどうでもよかった。
「いてて………、大丈夫、ユーリ?」
床に座りながら訊ねるレイに、大丈夫だ、と返して周りを見渡す。
………ここはクレスミスト城だな。
上を見るとどういった原理なのかは知らないが、光源がある。上から皿のようなものが釣り下がり、そこに光源となる石みたいなものを入れているらしい。それが天井に当たり反射して、部屋を照らす、俺の世界で言うところの間接照明、というやつだ。それがこの部屋(だいたい20畳くらいの大きさ)には四か所設置され、光量は十分だった。
周囲にはもう見慣れた西洋風の調度品。高そうな壺や壁にかかった絵画。天蓋付きのベッドに少しの本棚。
と、ここまで見てから気付いた。どうやら客間の一つに転移したらしい。
「で、アンネは?」
そう、俺はアンネを目標に転移したはずなのに、アンネがいない。これはおかしいだろう。
「のうユーリ。おそらくじゃが、上層階にいるのではないか?
「上?」
俺はもう一度転移するようにして、アンネのだいたいの場所を探った。ちなみにこれは正確に分かるわけではなく、なんとなくこっちかな?くらいにしか分からない。
しかし、少なくとも方向は分かる。
「ん、………上だな」
「じゃろうな。落ちる位置が高かったのはそのせいじゃ」
「てことは、アンネの周囲数メートルのどこかに転移する可能性があったのか?」
「そうじゃな。運が良かったの、ユーリ。壁の中に転移したら息が出来ずに死ぬところじゃった」
はっはっは、と笑うノアを横目に、俺は決心した。
あまり転移は使わないでおこう!
「あの、ご主人様、ここはどこなの?」
リナリアが周囲を警戒しながら訊ねてくる。
無理もないか。
「ここはクレスミスト王国の、城の一部屋だな」
「王城なのですか!?」
と驚いたのは、ギルドの人。そう言えばいましたね、あなた。
「そうですよ。俺はここで滞在させてもらってるので」
「………」
ポカンとしているギルドの人は置いといて、リナリアは凄く感動している。
「ご主人様はやっぱり凄かったのね! 王城に住んでるなんて!!」
「まぁ借り家だけどな」
俺は苦笑して応える。
ま、それよりも先に、リナリアを風呂に入れないと。
◆◇◆◇◆◇◆
「アンネー、入るぜー」
「うぇ!?」
とりあえずギルドの人は帰し、レイは自室へ戻った。
俺はリナを自室へ置いといて、アンネを呼びに行った。だって汚いし。
変な声が聞こえた気がするが、無視してアンネがいるらしいと通りすがりのメイドさんに聞いた部屋のドアを開ける。
そこには、書類の山に顔だけ見えているという、なんとも不思議な光景があった。
「言うなれば、書類の上の生首、と言ったところか」
「不穏なこと言わないで下さい! というか、どうかしたんですか?」
アンネはすぐに本題を訊ねて来た。もう少しアンネで遊んでいたかったのだが、そう言われては仕方ない。
「いや、先に風呂を貸してくれんか、と思って」
「夕食の後じゃ駄目なんですか?」
「ああ。というか、お前と一緒に風呂に入れたいんだ」
「は? 誰をですか?」
「リナリアっていう、亜人の子」
「………事情を訊かせてもらっていいですか?」
「もちろん」
それから俺はドアに寄りかかったまま、今日の出来事を軽く説明した。リナリアがどういった状態だったのか、そして俺の治癒魔術のところは、少しぼかして。
アンネは全部聞いてから、深いため息をついた。
「ギルド登録をしたんですか………。しかも黒牙を壊滅まで………。それで、助け出したリナリアって子を先に風呂に入れてあげたいと」
「そ。その辺のメイドに頼もうかと思ったんだけど、亜人の待遇を見てるとイマイチ信用できなくてな」
ノアも言っていたように、亜人はこの国では奴隷として扱われる可能性がある。………おそらく、確実にそう扱われているだろう。どの世界にだって闇の部分はある。
「いいですよ」
「マジでか、ありがとう」
アンネは割と軽く受けてくれた。アンネなら信用できるし、リナリアも大丈夫だろう。
と、油断したのがいけなかった。
アンネは続けてこう言ったのだ。
「ただし、条件があります」
ここで俺は少し考える機会を得た。
この条件。おそらく飲まなければリナリアを追い出す、といった類のものだろう。しかし、アンネの性格上追い出すことはないと思っている。ということは、結果だけ見れば飲もうが飲まなかろうが、一緒になるだろう。
ただし、飲まなかった場合は、アンネとの関係の悪化と引き換えになるが。
「ああ、いいぜ」
だから俺は条件を飲む。それが普通だろう。
アンネは笑って頷いた。
「私の条件とは、私の護衛として一緒に学園に通っていただけないか、ということです」
「……………は?」
俺はその条件に茫然とするしかなかった。
感想でご意見いただいたので、風景やら人物やらの描写を多くしてみましたが、いかがなものでしょう。あまり変わらないですかね(汗
私も上手い文章書こうとネットで書き方調べてみたんですが、少し読んでると、自分が書きたいものがどんどん制限されてくるような気がして、途中で読むのをやめました。
私が書きたいから書いてるのに、それを文章がどうのとか設定がどうのとかで制限されてしまうのは、なんか違う気がしたんですよね。
まぁプロの方々は日々苦労されているのでしょうから、あまり強くは言えませんが………。ま、逆にいえばアマの特権でもありますしね、好きに書けるというのは。
そんなことは置いといて、話は新たな展開へ進みます。ただ、ユーリの目的はあくまでも魔王もどきの退治なので、そこは外れないようにしたいと思います。初期から考えていたイベントがやっと消化される………。
では、この辺で。
また次回お会いしましょう。