第03話:レディの扱い方
◆クレスミスト王国◆
「クソッ! まだ娘の行方は分からんのか!!」
クレスミスト王国国王、ラルム・クレスミストは王座から立ち上がり、目の前にいる兵士に叫んだ。
「はっ! 只今兵士を総動員させて捜しておりますが、未だ行方は不明です! ただ、誘拐した者は龍人である可能性が高いと思われれます!」
「クッ……! 龍人か……!」
龍人とは滅多に人里には下りて来ない種族で、龍族の高位種と言われている。寿命は千年以上とも言われ、人に化身することが出来、こっそりと人間社会に溶け込んでいる者もいるらしい。
さらに魔法力も高く、その扱いにも長けているので、刃向かえば死は免れない。
「なぜそのような者が我が娘を……!」
ラルムは隠そうともせずに歯軋りをし、娘の名を呟いた。
「アンネ……ッ!」
◆ユーリ◆
もう駄目だ。死ぬ。
頭上には十数頭の巨大トカゲが飛び回っている。俺はアレに食われて死ぬのだろうか。
「おいユーリ」
まさか見知らぬ場所で死ぬなんてなぁ。
「おーい、聞いとるかー」
訳も分からず逝くのは嫌だなぁ……。
「聞けよ」
ガツン
「あでッ」
ど突かれました。
「諦める前に足掻け。それが人間というものじゃろ」
「むしろそれは動物の本能だろ。足掻く前に諦められることのほうが、人間が本能ではなく理性で動くことができるっていう証明になるんじゃない?」
「問答する気はない。早く切り抜けるぞ」
「はいはい。それはいいけど、終わったら全部まるっと説明しろよ」
「うむ」
さて、………、…………、
いや無理だろ。なんとなく勝つ雰囲気出したけど、俺、所詮一般人ですから。
バサッ
一際大きなはためく音が聞こえると、上で飛び回っていたトカゲが俺たちの周りに降り立ち始めた。
……しかも、降り立ったトカゲは、一匹残らず人のカタチになりながら地面に足を着けていく。
「なぁノア」
「なんじゃ」
「トカゲが人になりましたが。あればリザードマンですか? 火とか吹くんですか?」
「あれは龍人じゃのぅ。龍族の上位種で、人に化身出来るものを言う。というかそろそろあれがドラゴンだと認めんか。もうそれはただの現状の認識不足でしかないぞ」
……はぁ。
流石にここらが限界、かな。
オーケィ、あれは龍だ。ドラゴンだ。で、人に変身できる龍で、龍人って呼ばれてる種族ね。よし、把握した。でも信じたくないなぁ……。
「今んとこ認識したことは、あれは龍人で、魔法があって、俺の魔力が凄くて、ここが異世界っぽいなぁってことだが」
「完璧じゃ」
「信じたくない」
「じゃが現実じゃ」
暗鬱な気分に陥りながら、龍人が全て降り立つのをなんとなく待つ。
全員が降り立つと、リーダーらしき青年が一歩前へ出た。
「君は何者だ。なぜ我々の邪魔をした」
青年は、透き通るような緑の長めの髪に、民族衣装のような服装だった。しかし、そこはかとなく高貴な雰囲気が滲み出て、端正な顔と相まって独特の空気を醸し出している。
とりあえず、こいつはかなりモテるだろうことは確実だ。
つまり俺の敵。
「黙っていては分からんぞ。我々の邪魔をすれば死は免れん。それも覚悟の上か? それに貴殿の魔力量は並レベル。なのにあれだけの大魔術を連発するなど、ありえない。何者であるか答えてもらおう」
分からないから黙ってるんだけどね。ついでに魔力量なんか知らねぇよ。
「こっちにも疑問がある。……この少女をどうするつもりだったんだ?」
未だ抱えたままの少女に視線を落とす。
相手に、そもそも少女を拉致したのかどうかを確認しなかったのはわざとだ。
「……済まないが、我々は知らされていない。それが我が王からの命令だったからだ」
駄目じゃん。
「さぁ、貴殿は何者か答えてもらおうか」
あー……、どうしよう。ぶっちゃけ俺もあんま理解出来てないしなぁ。
「なぁノア。どうする?」
「とりあえず逃げるのが良いのではないか?」
三十六計逃げるに如かず、ってか?
ちなみに三十六計ってのは兵法に載ってる全ての計略のことらしい。
「情けない気もするが……、今はそれがベターかな」
でもどうする?
さっき見た感じでは空飛べそうだし、こっちは人一人抱えて走らにゃならん。
考えうるありとあらゆる可能性を考慮し、逃げ切る算段を立てる。
……………ふむ。
………どう考えても無理です。本当にありがt(ry
「諦めるのが早いのぅ。何のためにわらわがいると思うておる」
「俺の癒やし?」
「そう思うてくれておるのなら重畳じゃが、今はそれどころではない」
重畳。
意味:幾重にも重なる様・この上なく良いこと
「随分と好感度高いな」
「一応、主と認めた殿方じゃからの」
今更思い出したけど、こいつ俺んちの猫なんだよな……。
「いい加減にしないか。あまり無理矢理というのは好きではないが……、これ以上抵抗やただの時間稼ぎをするなら致し方ない」
ついに相手が痺れを切らした。
すぐにこいつらから逃げる方法を、ノアの力込みで考える。
跳ぶ?
却下。着地が上手くいく気がしない。それに場所の特定が簡単すぎる。
飛ぶ?
却下。相手も飛べるし、ぶっちゃけ身一つで飛ぶのが恐い。あと着地も。
じゃあどうする?
「やたら原始的だけど……、これが一番かな」
龍人たちはみな得物を持ってはいないが、無手を得意とする種族なのか?
あるいは………魔法とか。
どちらにせよ威圧感は半端ない。しかも余裕というか、むしろ勝負にすらならないという余裕以上の何かも見え隠れしている。
「で、どうするのじゃ?」
ノアが愉快そうに俺に尋ねる。
なので俺も楽しそうに言った。
「走る」
「は?」
「走るんだよ」
そう、走るのがベストだと思う。
ここは平原だが、少し行けば森が広がっている。空から探すだろう奴らからすれば、見つかりにくいことこの上ない。
「クックックッ……、走るか。なるほど確かに現段階ではベストじゃの」
「ほいじゃあちょっと軽くランニングにでも行きますか」
「うむ、今のユーリならそのまま走ってもかなり速いじゃろうが、一応風の抵抗減らして背中も風で押してやるわ」
「さんきゅ。んでは最後に、」
俺は大きく息を吸った。
「おいテメェ!」
ビシィッ、と人差し指で指差す。
「……なんだ?」
先ほどまでとは打って変わった態度に戸惑う龍人。だがそれさえも計画!
そして、何より俺が言いたかったことを口に出す。
「言われたことの意味も考えず唯々諾々と従うだけじゃあ……、ただの操り人形だぜ?」
相手の目が軽く驚愕に見開かれる。
「あと貴様はレディの扱い方がなってねェ!!」
そう言って、少女の肩甲骨あたりに右腕を、膝裏に左腕を回し、いわゆる姫だっこの体勢をつくる。
ノアは再び俺の背中にしがみついている。
「ばいにー!」
そう言って、全力で駆け出した。
が、その速度が予想外過ぎた。
「ちょっと待て速すぎだノア! ちょ、押すな押すな風で押すなあああああああぁぁぁぁぁぁ…………!!」
次々と移り変わる景色に目を白黒させながら、俺は半強制的に森の中をひた走るのだった。
◆???◆
「押すなあああああああぁぁぁぁぁぁ…………!!」
そう言いながら、彼らは恐るべき速度でこの場を離脱していった。
正直、この離脱の鮮やかさには舌を巻いた。
いきなりの大声や話術によって僕の冷静さを欠かせ、その隙を逃さず即座に離脱。例えば戦場なら、生き残るのは勇者ではなく、彼のような知謀ある者だろう。
「レイネスティア様」
自分を呼ぶ声にハッとなる。
「あ、ああ、すまない。………四番から十三番は奴らを追え。王女以外は殺して構わん。ただしその場合は死体を持ってこい。あと深追いはするな。二番と三番は私に付いて来てくれ」
そう言って、自らの羽根を広げる。
いつの間にかレイネスティアの体は、数十メートルはあろうかという巨大な白龍になっていた。
白でありながらも透き通っているかのような錯覚さえ引き起こす美しくも麗しい鱗に、陽の光を蓄えたかのような柔らかな鬣。そして、翡翠のような淡い緑の瞳。
どれをとっても生物の最上位を冠するに相応しい出で立ちだ。
「行くぞ。我が王に少しばかり訊きたいことができた」
断じて、あの少年に唆されたわけではない。確かにきっかけは奴だが、自分で考え、自分で出した答えだ。それに、己に疑問を抱えたままこのまま行動を続けるのは、作戦行動上問題がある。
大きく羽ばたき、僕は大空へ飛び上がった。
目指すは遥か遠くの山の上。一年中雲に隠れ、誰も辿り着けない高み。そこに座するは、我らの国。そして我らが王。その名は、口にすることすらはばかれる。
「行くぞ」
そう言い放ち、風を操りながら、レイネスティアは恐るべき速度で飛び立って行った。




