閑話01:日常的に異常な生活
閑話です。
今回は、ユーリの拉致される前の話、つまり“この世界”の話なので、本編には特に影響ありません。
「いらっしゃい。ここは万屋だよ。お嬢ちゃん何か用かい?」
「優ちゃん万屋だったの?」
「そこは様式美だ。気にすんな」
ここは放課後の学校。窓際の席で、俺こと優璃と葉瑠は向かい合わせで座っていた。
教室には2人以外誰もいないが、そこに不純な空気は流れず、むしろ和やかな空気だった。
「で、何があった?」
「うん………えっと………」
葉瑠は、霊媒体質だ。霊を見る力を霊力と言うのなら、明らかに俺よりも霊力は上だ。
そして、よく霊的な事件に出くわす。………いや、本当はそこら中で起こっているのかもしれない。ただ、気付かないだけで。
「ほれ、言ってみ」
俺は優しく促す。別にこれが初めてと言うわけではないのだ。というか、この一週間で三度目だ。
「あの、ね。昨日河原を歩いてたら、何か探してる人がいて、話しかけても私に気付いてくれなくて」
「あー、なるほど」
葉瑠は霊を見る力は強いのだが、干渉出来ない。逆に言えば干渉されないということでもあるが。
逆に俺は、霊と話せるわ触れられるわと、非常にめんどくさい。
「んじゃ今から行くか。くーちゃんは連れてきてる?」
「あ、うん。くーちゃん、出て来て」
葉瑠がポケットから細い竹を取り出しながら呼び掛けた。するとその竹からにょろりと出て来たのは、最初は何か分からないものだったが、徐々にその姿を大きくし、最終的に大型犬くらいになった。
出て来たソレの名は、管狐。飯綱権現ともいう。
管狐は基本的に家に憑くと言われているが、この管狐のくーちゃんは、葉瑠に憑いている。
昔、葉瑠に用心棒がいるかと思って適当に呼び出してみたのだが、本当に出て来て、しかも葉瑠に懐いた。普通管狐に憑かれると最終的には不幸になるのだが、葉瑠にはまるでそういったことはない。運が良かった。それだけで済ますには些か疑問ではあるが。
「まぁ危ないことはないだろうが、なんかあったら頼むぜ、くーちゃん」
「きゅ」
くーちゃんが尻尾をブンブン振りながら応えてくれる。やたら癒されるね。
「優ちゃんって、くーちゃんに好かれてるよねぇ」
「そりゃ一応召還主だからな」
「きゅ!」
形式上では、俺がくーちゃんの主人で、葉瑠の護衛を命じている、となっている。しかし、くーちゃん自ら葉瑠を守りたい感じだったので、特に強制とかはしていない。今では葉瑠の良きパートナーだ。
「さ、行くぞ」
「うん!」
「きゅ〜!」
◆◇◆◇◆◇◆
「えっとこの辺なんだけど………あ、いた、あの人だよ」
「あーあれか」
川沿いを歩いていると、なにやら下を向いてうろうろしている人が見えた。しかし、俺はそれが一目で人ならざるものだと看破した。だってなんか空気が違うし。
俺はその人に近付き、声をかけた。
「あの、すいません」
「ひゃいッ!?」
凄い驚き方だった。
「何かお探しですか?」
「あ、はい、そうですけど………私が見えるのですか?」
「何の因果か、こんな体質です」
俺が肩をすくめると、彼女は苦笑してくれた。
「それで何を探しているんですか? よければ手伝いますけど」
「え、そんな、悪いです………」
「いやいや、俺の精神衛生上早く見つかって欲しいだけだから気にすんな」
主に、葉瑠あたりが毎日毎日このことを気にし続けるだろう。俺の真横で。
あれはかなり気が滅入る。
「まぁ気になさんな。で、何さ?」
「あ、あの、指輪を………」
「指輪? 大事なもんかやっぱり」
「え、ええ………」
そう言って頬を染める彼女。ちょっと可愛い。
「いたたたたた、なんだよ葉瑠」
「なんでもない」
じゃあなぜ腕を抓る。なぜ顔をそむける。
「はぁ………、まぁ一瞬で終わらせてもらうぜ。くーちゃん」
「きゅ」
俺は傍らにいたくーちゃんを呼ぶ。
管狐。つまりはキツネだ。キツネはイヌ科。
もうお分かりだろうか。
「すんません、ちょいと失礼」
「え? きゃッ」
そっと彼女に近づくくーちゃん。匂いを覚えているのだろう。
「おっけー?」
「きゅ!」
「うっしゃ、ゴー!」
川沿いをダーッと走り去るくーちゃん。………ってアレ? どこ行くんだ?
「ちょ、追いかけましょう!」
「え、あ、はい!」
そして走り出す俺と葉瑠と見知らぬ彼女。
くーちゃんは一体どこまで行ったんだ。
「はぁ、はぁ、あ、い、いた………」
だいたい一キロくらい全力疾走した先に、地面を掘っているくーちゃんを発見した。どうやらそこにあるらしい。
「はぁ、はぁ、よし、ここか?」
「きゅ!」
「ん、じゃ掘るか。葉瑠………は死にそうだな」
地面に手をついて肩を上下に揺らしながらぐったりする葉瑠を見て、俺はさっさと諦めることにした。
件の彼女はそもそも掘ることは出来なさそうだし、まぁ俺だけだわな。
俺はそこら辺から適当な棒を拾ってくると、くーちゃんが掘っていた辺りを適当に掘りだした。
「えっさ、ほいさ、っと」
「きゅ、きゅ、きゅー」
「えっさ、ほいさのよっこいしょー」
「きゅー、きゅー、きゅっきゅっきゅー」
俺とくーちゃんは交互に地面を掘り進む。時刻は間もなく六時かというところで、空は赤く染まっていた。
「えっさ………っと、あれ? これか?」
掘り進むと、少しキラリと光るものがあり、俺は傷つけないようにそっと取り出す。
「なあ、これか?」
「ああ、それです! その指輪です! 良かったぁ………」
やっと見つかったという反動か、その場にへなへなと彼女は座り込んでしまう。
「何なんだ、その指輪」
俺がそう訊くと、彼女は笑って答えた。
「私が事故で亡くなる前に、彼氏から貰ったものなんです。今度結婚しようって言われてて………。でもそれで注意が疎かになってたんでしょうね。気がついたら足を滑らせて川に落ちて………」
そう言って、悲しそうにする彼女。
そっか、自分が死んだって、自覚があったんだったな。
「なら、やるべきことは分かるよな?」
「ええまぁ、未練はなくな………ってませんね」
「なんだと!?」
あんなに俺頑張ったのに!?
「優ちゃん穴掘っただけだけどね」
うっさい。
「じゃあ………何が未練? 出来ることならやってやるけど」
俺もとんだお人よしだと思う。むしろ馬鹿なんじゃないかと最近は思う。
「私の彼氏さんに、一言何か伝えたくて………」
「ふむぅ、じゃあ俺の体使うか?」
つまり、憑依させる。
「いえいえ! そこまでは流石に! ………あ、ですが、手紙を書きたいので、その間貸していただいても?」
「あんたがそれでいいなら、いいよ」
「あ、ありがとうございます」
その後、近くのコンビニで便箋を買い、彼女はその想いを手紙に綴った。
その内容は彼女の彼氏さんしか見てはいけないだろうと思い、俺は完全に体を預けると、目を瞑った。
「あ、あの、出来ました」
再び目を開ける頃には便箋はすでに閉じられ、彼女も体から出て行ったあとだった。
「ん、そうか。あとは届けるだけだな」
「ええ。………それはあなたたちにお願いしてもいいですか?」
「………こういうものは自分で届けるもんじゃないのか?」
「いえ、その、そろそろ時間がなくて………」
良く見れば、だんだん彼女の姿が薄くなっていく様子が分かった。
「そか。まあ住所は教えてもらったし、ちゃんと届けてやっからその点は心配すんな」
「はい、ありがとうございます。でも、あなた、結構冷静なんですね?」
なにがだ?
「いえ、幽霊とあっても驚かないし、普通に体を貸すし。不思議な方ですね」
「褒めんなよ」
「褒めてませんよ」
彼女は、あはは、と笑った。
………そろそろ時間だ。
「んじゃ、そろそろだな。次の人生に幸多き道のあらんとこを」
「ありがとうございます。えっと、そこの女の方?」
「………あい」
「私なんかのために泣いていただきありがとうございます」
「………」
「んじゃ、バイバイ」
「ええ、また会えるといいですね」
「だな、じゃあまた」
では。そう言って、彼女は完全にその場から消え失せた。
「………さて、手紙届けるぞ」
「………ん」
俺たちはその人のポストに手紙を入れ、すぐに帰路を歩いた。
そして、さっきから後ろで俺の服を掴みながらグシグシ泣いてる葉瑠を、一体俺はどうすりゃいいんだ。
「あーあー、泣くくらいならほっとけばいいじゃん」
「そんなこと出来ないよぅ………」
だろうとは思ったけど。
「………今夜はオムライス作ってやるよ」
「………ほんと?」
「こんなことで嘘つくか」
「ふわふわ?」
「ふわふわとろとろだ」
そして、すこし笑みの戻る葉瑠。単純なのか複雑なのか分からんやつだ。
「お前の母さんに電話しとけよ。俺んちは両親とも旅行行ってるし」
「うん」
そう言って葉瑠はケータイを取り出す。
………はぁ、今回は比較的簡単に終わったが、次がどうなるか分からないこのスリル。正直いらない。この日常的に異常な生活はいつまで続くのだろう。
まぁ厄介事を持ちこむのはいつも葉瑠で、俺から突っ込むことは全くないから、そう危険度は高くないはずだ。
………そう思っていた時期が俺にもありました。
まさかその数日後、なんと神様に異世界とやらに拉致られるなど、だれが予想できただろうか。
俺の明日はどっちだ!!
「こっちじゃないかのぅ」
「黙れノア」
ギリギリ“今日”ですね。いや、ホントすいません。午後からずっとある作業してました。
明日も投稿時間は分からないので、夜にちらりと覗いていただければ、更新してるかもしれません。よろしくお願いします。
ではっ。