第24話:2年前
「………とまぁそんな感じで、熾天使に魔力譲渡を意図的に止めてもらったから、意識が復活したと。以上、説明終わり!」
この世界には一応天使やら神様やらの知識はあるらしいので、俺は流れ落ちる滝のように一気に説明した。途中で気になることがあっても、あえて訊ねさせないための話術だ。
「………ま、だいたい理解出来た、かな」
「そうですか。まぁ何はともあれ、意識が戻ってよかったです」
と、これは本当。
「さて、次は俺から訊きたいんですが、2年前、つまりセラフィムさんが意識を失った日、何かありました?」
患者のアフターケアも医者の仕事だ。患者でもないし医者でもないけどね。
でも、もし何かしらの外的要因なら、それに気をつけないといけない。もしラルムさんたちに分からなくとも、科学の発展している俺の世界の知識なら何とか出来ることもあるはずだ。
「2年前、か………。ふむ………」
そう言ってラルムさんは考え込んでしまった。フィーネさんもアンネもセラフィムも何かあったかと考え込んでいるが、ルチアは難しいことが分からないのか、セラフィムの腕に巻きつきながら椅子に座っている。
「2年前なら、丁度魔物が多く現れ出した時期だね」
急に横から入ってきた声に驚きながらドアを見ると、レイが立っていた。それはいいんだけど、勝手に入っていいんかい。
「一応ノックはしたんだけどね」
レイは肩を竦める。話に集中してたから聞こえなかったのか?
「で、魔物が多く現れた時期なのか?」
「ああ。僕ら龍人は結構いろんな場所にいるし、僕自身もいろんな場所を飛んでたからまず間違いないよ」
なら、俺の目的と被るのか。確か元魔王の垂れ流す瘴気が魔物を生み出してんだよな。というか、動植物が瘴気に汚染されて、って感じか。
面倒だな、瘴気。しかも淀んだ魔力が瘴気に変わるものらしいから、魔物は妙に強くなってるらしいし。しかも理性がなくなってるとか、もうどうしようもない。これが人間が汚染されたらと思うと………ん?
「えっと、セラフィム。少しじっとしててもらえるか?」
「え、はい」
俺はもう一度セラフィムの体を解析する。
………、んー。なんか、瘴気ほど淀んではないけど、微妙に根っこみたいなのが残ってるな。これとっとくか。
さくっとこの部分だけ上書きするか。………解析、抽出、複製、んで上書き、と。
「ほい、調子はどう?」
「………あ、なんか体が軽く……ってあれ? 声が治りました………?」
あら、掠れた声だったのが綺麗なソプラノになってる。こんなに澄んだ声だったのか。
「まぁいずれは治るもんだったけどな。ちょっと調べたらなんかあったから消しといたんよ。たぶんそれでだな」
「そうなんですか? ありがとうございます」
「どういたしまして。………さて、ラルムさん」
俺はラルムさんに多少真剣な目を向ける。
「………なんじゃ?」
「セラフィムさんには、少し瘴気の残り香がありました。2年前、どこかに行きましたか?」
考えられることは、どこかで瘴気に汚染され、そのまま衰弱していったこと。熾天使も言っていたが、名前負けなんてめったに起こらない。たしかに相性もあるだろう。しかし、それではなかなか説明できないこともあるのだ。
俺の説はこうだ。
まず、セラフィムがどこかで強力な瘴気に汚染される。そして、弱った体に熾天使の力が流れ込んで来たのだ。それは、ダムがもろくなった場所から決壊するように。しかし、熾天使も天使であり神の使いなわけだから、熾天使の魔力は、結局のところ理力だ。それが瘴気を中和していったのではないかと、俺は思っている。
なので、もしかしたら俺がいなくてももう少ししたらセラフィムは目覚めていたのかもしれない。
推論でしかないけど、セラフィムの体を解析した身から言わせてもらえば、ほぼ間違いない。
ずっと考え込んでいたラルムさんは、ふと顔をあげた。
「………そういえばセラ、お前が意識を失う少し前、北の森に行かなかったか?」
「あ、そういえば行きました。北の森にある聖なる泉には、珍しい薬草が生えますから」
後半は、半分俺へと向けられたものだった。
「そっか………。まぁそのうち行ってみるよ」
「ダメですよ! 危ないじゃないですか!!」
いきなりのセラフィムの大声にビクッとしてしまったが、良く考えると、俺の目的とか全然言ってなかったかもしれない。
「一応な、俺の仕事なんだわ、それ。………まぁ大丈夫っしょ。俺は強いから」
実際戦ったことは数度ですが。
「ですが………」
「心配しないで。ありがとな」
そう言って、セラフィムの頭を撫でる。すると、セラフィムは急に大人しくなってしまった。なんでだ。
「………まぁ細かい話はまたにしましょう。ユーリさんとレイさん、部屋へ案内しますのでついて来て下さい」
「あい、了解です。………ではラルムさん、フィーネさん、セラフィムさん、ルチア、またね」
「失礼しました」
「うむ、すぐに夕飯になるが、それまでゆっくりしていてくれ」
俺はラルムさんに軽く頭を下げ、揃って部屋を出た。
そろそろ日が沈むなー。今いる場所は結構高い場所にあるので、夕日がとても綺麗だ。
「でも、ユーリさんなんでも出来るんですね」
「あはは、なんでもは流石に無理だけどな。出来る限りのことはそりゃしたいさ」
世界中なんて助けらんないけど、この手が届く範囲の人くらいは助けたい。子供だって言われても、俺は俺の生き方があるんだ。人の道さえ外れてなけりゃ、誰に文句言われることでもねぇよ。
「あと、母様をいきなり愛称で呼んだ人はユーリさんが初めてですよ」
………え?
「すまん、訊き忘れた。お前の母さんの名前教えてくれるか?」
前を歩いていたアンネは笑顔で振り返った。
「フィーネリア・クレスミストですよ? で、愛称がフィーネです」
「………ぅあ」
なに俺。王妃をいきなり愛称とか馬鹿なの? いや、ちゃんと自己紹介されたわけじゃないし、俺の勘違いってことで許されるよな? 許されない? 縛り首?
「死刑だけはやめてくれ」
「あははは、なんでそうなるんですか」
アンネは普通に笑っていた。なんかくやしい。
「大丈夫ですよ。母様はそんなことで怒るほど心の狭い人間ではありません」
「………ならいいけど」
ちくしょう焦らせやがって。
「アンネ、今日は一緒に寝るか?」
「え、は? ええええええええええ!?」
「嘘だ」
「んなっ、……………」
真っ赤になって、涙目で上目使いなアンネさん。ふははは、ざまぁみろ。
「ユーリさん………」
「なに?」
「少し、頭冷やしましょうか………」
え………その言葉は、O☆HA☆NA☆SHIフラグ!?
「ちょ、おちつけアンネ! 謝るから首根っこ掴むな! そしてそのまま引っ張って歩き出すな!」
俺は後ろ向きにズルズル引っ張られながら、背後のレイとノアに助けを求めた。
「レイ! なんとかしろ!」
「うん、それ無理」
「即答!? ………ノア、俺の相棒だろ、助けてくれ!」
「触らぬ神に祟りなし、という言葉を知っているか?」
「お前が神だろ!?」
その後、夕飯があまり進まなかったユーリをラルムが心配したのだが、そのたびに何かを思い出すように震えるユーリは、その日が終わった後も、数日ほど挙動不審だったという。
そういえば、19日にいきなりpvが二倍近くまで増えたんだけど、なんかあったのだろうか。
さて、やっとアンネさんを送り届けたので、あとは北の森に行ったりギルドとか行ったりします。そろそろユーリにも働いていただかないとね。