第23話:セラフィム
「我が命に従い顕現せよ、熾天使」
そう言うと、部屋が暴風に蹂躙される。そこら中の物が飛び、カーテンや天蓋のレースがはためいた。
その中で、俺の前に傅く光のナニカ。
俺には、光のオーラのようなものを纏う大蛇のように見えた。光のオーラ大蛇の体から湧き出ては、上へと消えていく。どちらかと言えば、光のオーラというより光色の炎を纏った、と言ったほうが正しいかもしれない。
「お前がセラフィム?」
「はい」
「この少女への力の譲渡を断ってくれないか?」
「はい。………できました」
布団の中から、呻くような声が微かに聞こえた。
「ん、さんきゅ。ところで、名前負けなんてしょっちゅうあんの?」
俺は何となくセラフィムに話しかける。
「いえ、本来はそんなにリンクすることはありません。しかし、どうやらこの子はよほど私との相性が良かったのでしょうね」
そう言って、王女を見る。
なんだか、子を見る親のような雰囲気だった。
「そうか。よければこの先もこの子を見守ってくれるとありがたい。危険になったら、魔力譲渡もしていいから」
「はい、わかりました。ではそのように」
「ん。わざわざ喚びだしてすまんかったな。助かった」
セラフィムは頬笑んだような雰囲気を残し、消えていった。
とりあえず、ルチアとスィードの結界解除、と。
俺はセラフィムに近付き、顔を覗き込む。
「うぅん……、あれ……?」
長い間声を出せなかったせいだろう。今は掠れた声しか出ないらしい。
俺は微笑み、語りかける。
「おはよう、お姫さん」
俺はルチアを振り返る。
「目ェ覚めたぞー」
「………ッ!」
ドンッ!
「おっと」
ルチアは俺を押しのけるようにセラフィムに走り寄り、抱き付いた。
「お姉さま!」
「ルチア……? あれ、上手く声が出ないですね……?」
ふむ。やはり家族愛というのは美しいな。
「しかし、眠りのお姫様を起こすのは、王子様の役割ではないのか?」
ノアがニヤニヤしながら訊ねてくる。まったく、俺は王子様なんかじゃない。
「いいんだよ。王子様はキスで目覚めさせるんだ。俺はそんな奇跡起こせないからな」
思えば、セラフィムの寝ていた白ベッドが白い棺に見えてきた。
俺は頭を振り、スィードを見やる。
「さ、アンネに見つかる前に応接間に帰ろうぜ」
「………あなたは一体……」
あら、スィードも俺に疑問を持ったか。でもスィードには悪いが、これ以上秘密をバラすつもりはない。
「ただの旅人だよ」
◆◇◆◇◆◇◆
「申し訳ない、ユーリ殿。私は貴方を誤解していたようだ」
「いえいえ、分かっていただけたのなら、それでいいですよ」
あれから応接間に戻るとすぐにアンネが現れ、執務室ってところに連れて行かれた。こういうことは普通兵士とかに言って俺を連れて行くとかで、王女自ら俺を迎えにくるってのはどうよ、と言ったのだが、まだ兵士の誤解が完全に解けていないらしいので、不意に刺されるかもしれない、と言われた。
愛されてんなぁ、アンネ。
だから応接間の警護にスィードがいたのか。一緒に行動していた彼なら確かに守ってくれるだろう。
「さて、君は書庫に行きたいらしいな?」
「え……、ああ、そうでした」
王国に来た理由すっかり忘れてた。
「うむ。ならば、しばらく城に住むが良い。王立書庫も自由に出入り出来るよう取り計らおう」
「ありがとうございます」
「しかし、我が国の秘匿文書や地形図などは見せられんが………」
「あ、いえいえ、それは必要ないのでいいですよ。俺が欲しいのは最近の魔物の出現率と位置くらいですんで」
「そうか………。いや、もう一度言わせてくれ。ありがとう、ユーリ殿。他にも何かあれば気軽に訊ねてくれ」
アンネもそうだけど、そんな大したことしたつもりがないので、心苦しいことこの上ない。
しかし、これを遠慮しては王様としての筋が通らないのだろう。
「いえ、お気になさらず。こちらこそ便宜を図っていただきありがとうございます」
さぁ、こんなものかね。
「では部屋に案内しますね」
アンネが立ち上がり、部屋へ案内しようとした、その時、
コンコンッ
とドアがノックされた。
「誰だ」
ラルムさんが渋い声で誰何する。
兵士か誰かが何かの報告をしに来たのだろう。そう俺は思っていたのだが、その予想は全壊させられた。
「……セラフィムです」
その掠れた声に硬直したラルムさんは、次の瞬間、ドアへ駆け出した。
「セラ!?」
バァンッ!
勢いよく開けられたドアの向こうには、筋力低下のために上手く歩けず、ルチアに肩を貸してもらっているセラフィムがいた。
「お前……目が覚めたのか!?」
「ええ、お父様。アンネ姉様、お久しぶり、と言った方がよいのでしょうか………?」
「セラ………良かった………、目が覚めたのね………」
とりあえず、セラフィムを立たせたままってのはマズくないか?
「ルチア。セラフィムを座らせてやれ」
「うん!」
セラフィムが起きてご機嫌なルチアは、最初目にした時より何倍も可愛い。
「ユーリさん、セラのことなんで知ってるんですか? ルチアのことも………」
「あー」
ヤバい。ここで俺がセラフィムを治療したとかバレたら、確実に治療術師になっちまう。あんま痛いの見るのは嫌なんだよ俺。
さっき応接間で会って、その時セラフィムのことも聞いたと言おう。そうしよう。
「さっk「お兄さんがセラ姉さまを治してくれたの!!」………」
計画が始まる前に破綻した。
なにこのクイックドロゥ。
「ユーリさんが……?」
「あー、いや、ホレ。あれよ」
どれだよ。
「ユーリさんが治してくれたんですか?」
「あー、うん、まぁ、治したってのは語弊があるけど」
「………?」
「………、あ、はい、まぁ説明します、うん」
とりあえず、熾天使も説明せんといかんのか。この世界に天使の概念とかあるのだろうか。
ま、なるようにしかならないか。
「コホン、んじゃ説明するけど………その前に、どうせなら奥さまも呼ばれてはどうでしょう?」
「おお、そうじゃな! 誰か!」
その声に、スィードがドアを開けて入ってくる。
「フィーネを呼んでまいれ」
「ハッ!」
スィードは静かにドアを閉じると、駆ける足音ととに離れていった。
が、どうやら奥さん(フィーネさんだったか?)は近い場所にいるらしく、すぐにバタバタと急いだ感じで走ってきた。
バァン!
と、本日二度目のドアいじめ。ではなく、ドアが勢いよく開けられた。
「セラっ!?」
「あ、お母様。お元気そうで、わっ」
セラの言葉は最後まで続かなかった。フィーネさんが抱きついたからだ。
「セラ………ッ。良かった………」
「お母様………」
セラもフィーネさんの背中に腕を回し、抱きついた。
「ノア、やべぇ泣きそう」
「男じゃろう、我慢せい」
「嬉し涙とか、感動してとかだったらいいと思うんだ」
「甘い!」
「酷い!?」
別にふざけてるわけじゃない。なにか騒いでないと、本当に泣きそうになる。ノアも分かってくれているのか、俺にわざわざ付き合ってくれている。
本当に、俺には過ぎた相棒だ。
「ユーリ殿、少し落ち着かせるので待っててくれ」
ラルムさんが苦笑しながらフィーネさんに向かって行った。
まぁ待つけどね。2年ぶりに起きたらしいし。
………しかし、なぜ2年? 2年前に何かあったのか?
「今考えても仕方ないか………」
「ユーリ殿」
フィーネさんが呼びかける。
「あ、はい」
「このたびはアンネだけでなく、セラフィムも助けていただき、なんとお礼申し上げてよいか………」
もうお礼はいいですマジで。心苦しいっつの。
「いいですってば。それで、一応セラフィム……さんを起こしたものとして、説明させていただきますね」
「ああ、頼む」
ラルムさんが代表して先を促した。
俺はそれに軽く頷いた。
さて、まずはこれを訊かないと始まらない。驚かないでくださいね。
「ではみなさん、天使って知ってます?」