第22話:ルチアーナ
「とりあえずユーリさん。父様と母様には私から説明しておきますので、こちらで待っててもらってもいいですか?」
「んー、わかった。ここでのんびりしてるよ」
「では行ってきます」
そう言って、アンネは出て行った。
ここは応接間のようなところで、やはりヨーロッパ的な精緻な細工のなされた部屋である。その辺に置いてある壺も、たぶんすごく価値のあるものなんだろう。不用意に触れられないな。
「レイ、お前はどうする?」
「僕は元々世界を見て回るためにユーリに付いてきたからね。ちょっと城下の街を見てくるよ」
「そか。問題起こすなよー」
「う、うん……」
レイは申し訳なさそうに応接間を出て行った。
………結局、レイがやっちゃった兵士たちは、俺が治癒魔法で治した。そこで驚いたのが、この世界には純粋に怪我を治す、という魔法はないらしい。つまり、出来るのは自己治癒力の促進だけであって、擦過傷くらいならすぐ治るのだが、裂傷になると多少時間がかかる。
しかし、俺が使った治癒は、おそらく神レベルである。というのも、まず相手の体を解析し、遺伝子情報から相手の健康な体を概念として上書きするのだ。
つまり、病気なども一発で全開するし、切断された腕なども元に戻る。しかし、もちろんではあるが亡くなった人を生き返らせることは出来ない。俺が出来るのは解析して、それを上書きすることだけ。死んでしまったら、体は元に戻っても、魂は元に戻らないのだ。
「はぁ………、まぁすごい力だわコレ」
「しかし、治癒魔術の遅れているこの世界では、かなり重宝されるであろうな」
確かにノアの言う通りなんだろうけど、もしこの力が有名になってしまったら、そこかしこから呼ばれそうな気がする。しかも、凄い重傷患者ばっかりが。俺の精神が保つか心配だ。
「………でも、助けられる命があるなら助けたいよな。………いっそ治癒術師としてやっていくか」
「ははっ、それも良いかものぅ」
ノアも笑って肯いてくれた。当面の目標は魔王もどきの殲滅だが、その後はどうなるかまだ分からない。今なら夢も見られる。
「お兄さん治癒術師なの?」
「いや、まだ考えちゅ………う………?」
え、誰?
普通に返答してしまったが、幽霊とかだったらどうしよう。とり憑かれる?
いや、今そんなことどうでもいいわ。かなりどうでもいいわ。
「どなた?」
俺は声のした方、ドアに向かって声をかけた。
そこには、俺より5つ下くらいの少女がいた。しかもドレスを着ていて、薄い金髪が白い肌とマッチしていて、正直、はんぱない可愛さです。
「えっと、どうしたのかな?」
「お兄さんは治癒術師、なの?」
くっ……! お兄さんと来たか!
なんで少女にお兄さんと呼ばれると、こんなにもダメージが来るのだろう。
「いや、治癒術師ではないけど、得意な分野ではあるかな」
というか、得意でない分野はないかもしれない。
「………あのね、お願いがあるんだけど………」
「いいよ。引き受けた」
「早ッ!?」
ノアが高速で突っ込む。もうノアなしでは生きていけないかもしれないくらいに、ナイスタイミングだった。
「良く考えろノア。こんな少女が俺みたいな他人に頼みごとだぞ? 人見知りする時期に他人に話しかけるどころか、頼みごとだぞ? ただ事じゃないだろ」
「うぅむ………確かに………」
ノアが真剣に考え出す。
「しかも可愛いし」
「それが本心じゃろ!?」
「はっはっは。んなことねーよ」
「目を見ろ目を」
ふっ、それは置いといてだ。今は少女の頼みとやらを聞いてやろう。
「で、頼みってなんだい?」
「ユーリ、口調が変わってるぞ」
「気にしたら負けだぜ」
俺は少女に先を促す。
「あの、わたしの姉さまが、ずっと起きないの………。父さまに訊いたら姉さまは病気だって………。いままでも色んな人が来たんだけど………姉さまはずっと起きなくて………」
話してる間に少女の瞳に涙がたまり、頬に流れ落ちた。
それを見て、もう一度真剣に約束する。
「わかった。………ノア、ここからはマジモードだ」
「うむ」
◆◇◆◇◆◇◆
「………あのさ。君の名前はなんていうんだい?」
「わたしは、ルチアーナ・クレスミストです」
「………クレスミスト?」
「あ、わたし、第三王女、だから………」
………うん。この部屋に入った時ぐらいから気付いてた。
「あの、ユーリ殿、良いのですか? 勝手に抜け出して」
後ろから話しかける声は、もう聞き慣れたスィードの声だった。
というのも、応接間のドアの外で警護していたのがスィードだったのだ。スィードも流石に王女の頼みは断ることが出来ず、部屋へ入れたのだが、そこからさらに俺がルチアに連れ出されることは予想出来なかったらしい。
しかも、ルチアに何も言うなと言われ、せめて付いて行かせてくれと懇願したところ、なんとかオッケーを貰ったのだ。
俺はルチアに見えないように、スィードに親指を立て、サムズアップをしておいた。どうやらこの世界でも伝わるらしく、スィードは苦笑していた。
で、俺はルチアに連れられ、どことも知れない部屋に入った。するとそこは、何畳あるんだと言わんばかりの広い広い部屋。その奥の壁寄りに、天蓋付きの豪奢なベッドに眠る、少女を発見した。
明らかに豪奢すぎる部屋。スィードの反応。そこから判断してルチアに訊いてみたのが、先ほどの答え。
このルチアーナ・クレスミスト。クレスミスト王国第三王女で、おそらくアンネの妹だろう。そして、そこに寝ているのが、おそらくルチアの姉であり、アンネの妹、第二王女に当たる人だろう。
「なぁルチア………ってルチアーナ様って呼んだ方がいいか……ですか?」
丁寧語は慣れないなぁ。
「ううん。ルチアって呼んでいいよ」
「そか。んじゃルチア。あそこで寝てるのがルチアのお姉さんなんだよな?」
「………うん」
そんな悲しそうな顔すんな。何が何でも助けたくなっちまうだろうが。
「お姉さんの名前、聞いていいか?」
「姉さまはセラフィム・クレスミストっていいます。………どうか、姉さまを助けてあげて………」
また泣きそうになるルチアの頭を軽く撫でると、スィードを真剣な目で見る。スィードもこちらを真剣な目で見つめて来たが、少しするとふっと顔を緩め、微笑んだ。俺もそれを見て微笑むと、セラフィムに向かって歩いて行った。
………しかし、熾天使、か。なんて大層な名前をつけたんだ。天使の中でも最上位の名前じゃないか。………そう言えばルチアもキリスト教に聖ルチアって殉教者がいたな。しかもそのルチアの語源は光。アンネは………ふむ、少しこぎつけになるかもしれないが、アンとして考えるならば、シュメール神話やメソポタミア神話にアン、もしくはアヌという天空や星の神で、神々の王がいたな。
なんなんだここの王女たちは。
「ごめんな、少しおでこ触るよ」
俺はセラフィムに一応声をかけると、おでこに触れる。
さて。
「解析開始」
俺はゆっくりと情報を読み取る。身体情報だけ抜き取らないと、俺の頭が耐えきれないのだ。
………ん? おかしいぞ?
「なぁルチア。セラフィムはどれくらい寝たままなんだ?」
「え? えっと、もう2年くらい、かな」
………。なんというか、身体異常は何一つ見られなかった。というか、動かなかったことによる筋肉の衰えと栄養不足くらいだ。なぜ起きないのかが分からない。
「ふむ………」
俺はいったんセラフィムから離れ、全体を眺める。
特に変わったところはないが………。
「のう、ユーリ」
「あ?」
思考中に話しかけられたため、少し返事が疎かになってしまった。
「もしかして、名前負けしとるのではないか?」
「は? 名前負け?」
「んー……、言霊というものかの。名は体を成す、と聞いたことはないか?」
一応ある。だから親は子が出来た時に、その子供が育ってほしい方向に名前をつけるのだ。
例えば俺、月城優璃は、優しく、瑠璃のように美しくなりなさい、とのことらしい。男に美しくってどうよと当時は思ったが、それは外見的な美しさだけではなく、心の美しさを表したものらしい。どんな時でも、自分に自信を持ち、自分の意見を言えるような子に。そんな想いが込められているらしい。
余談ではあるが、俺の幼馴染に葉瑠ってやつがいる。一応女だ。この名前は草木のように健やかに、瑠璃のように美しくって意味だそうだ。俺の親と葉瑠の親は仲がすっごく良いので、もしかしたら誕生日が近い俺たちの名前を、二人合わせて“瑠璃”となるようにしたのかもしれない。いや、絶対そうだ。
「つまり、セラフィムという名前に負けたのか」
「うむ……、流石に天使の最上位じゃしのぅ………」
アンネは神々の王の名がついているが、名前の中のほんの一部だ。ルチアも一部だけだし、聖人なのでまだ大丈夫なのだろう。
しかしセラフィムは別だ。
すべて一致している上に、熾天使の名。もし名が体をなしたのなら反動はとてつもないだろう。
「で、どうすりゃいいの」
「んー……、名前負けというのは、その名前を持つ神とリンクしてしまい、制御が不可能になってしまった状態じゃ。ということは、直接その神に力の譲渡を意識的にやめさせれば良いだけじゃ」
「はぁ………。つまり、熾天使であるセラフィムを喚び、お願いして垂れ流してる力の譲渡を断てと、そう言えばいいんだな?」
「うむ。神であるルドラと話が出来たんじゃ。天使なんぞ朝飯前じゃろ」
もうすぐ夕飯なんですけどね。
「まぁいいや。スィード、ルチア、少し離れてて。いまからセラフィム召喚する」
「は………?」
「え………?」
ポカンとしている2人に、軽く結界を張る。これでよし。
「我が命に従い顕現せよ、熾天使」
さあ来い。
神話って楽しいよね!
ちなみに、アンネとルチアに神々の王と聖人の名前が入ってたのは、ガチで偶然です。




