第10話:放浪するよりは
「ふぅ、すっきりしたぜ」
俺はたぶんとても晴れ晴れとした顔をしているだろう。そんな俺を、村人たちはなにか畏怖の念を抱くような目で見ている。
「あのぅ、ユーリさん」
「ん、なんだ、アンネ?」
「あの人たち、」
アンネは俺とノアの合作である銃弾によって地に倒れ伏せている、騎士たちを指差した。
「死んでませんよね?」
「そりゃもちろん」
はぁぁ~……、とアンネは深い安堵の息を吐いた。そんなに殺人者の顔してますかい俺は。
………というか、なんで俺こんなにハイになってたんだろ。ストレス溜まってたかな?
「それはそうと、こいつらどうする?」
「その前ユーリよ。元の姿に戻るぞ?」
「ああ、すまん。いいぞノア」
「うむ」
そう言うと、いつの間にか手にある拳銃は消え失せ、目の前に人間形態のノアが現れた。
もちろんそれは最初に会った時と同じく、崩して着た着物と、下駄。そして首の赤いチョーカーに、猫耳しっぽの付いた姿だった。
「うむ、幼女だな!」
「やかましいわ!」
これでも仲はいいんですよ?
「でだ、アンネ。もう騎士は放置でいいか?」
「ええそれは構わないんですが………」
「構わんのかい」
なかなかに豪胆な王女様らしい。
「ノアさんはどこに………?」
「は? ここにいるじゃん?」
そう言って俺の横に突っ立っているノアの頭に手を乗せる。
ノアもやはり猫科なのか、少し気持ちよさそうにしている。すげぇ和む。
「えっと………、はっきり言いますと、私にはユーリさんが空中に手をかざしているようにしか見えないんですが………」
………。
「ノア?」
「んむ?」
「お前、その形態だと他の人に見えないのか?」
「………それは初耳じゃが………。いや、そうか。本来、お主がこの姿を見られることが珍しいんじゃ。これも理力に関係しておるからの」
「なるほど。んじゃ、猫に戻ってくれるか? 何もない空間に話しかける俺って、すごく可哀想な子に見えるから」
「………それはそれで面白そうじゃが………まぁよい」
なにか気になることを言いながら、ノアは再び猫形態へとなった。赤い首輪をつけて。
「あ、ノアさん」
「アンネもこれなら見えるじゃろ?」
「はい。………でも本当に今までそこにいたんですか?」
「うむ。ヒトガタではあるがな」
それは見てみたかったです、とはアンネの呟き。
さて、騎士が起きるまで当初の目的通り、村を散策するか。
「では村人の方々! 一応俺たちは俺を助けてくれたこの村に危害を及ぼすつもりはありませんので、どうかご安心を。おそらく今日中にここを去るかと思いますが、いつか恩返しにきますね」
そう、大声で集まっていた村人たちに宣言した。もちろん笑顔で。
「さぁアンネ、行きましょうか」
「どこへ?」
「まずは村を一周、ですかな」
「そうじゃの、っと」
ふと首に重さを感じる。
「っと、肩に乗るなっつーの、ノア」
「ここが一番楽なんじゃよ」
「俺が楽じゃない」
「それは残念じゃな」
………。オイ。
「はぁ、もういいや。いくぜ、アンネ」
「あ、はい」
そう言って、俺たちは歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆
それから三時間後、俺たちはすっかり仲良くなった村長のゴルドーさんの畑を、明日手伝えない代わりに今することにした。
ゴルドーさんは少女が王女様だと先ほどの件で知ったのでとても恐縮していたが、アンネがやりたそうだったのでお願いしてやらせてもらった。
そして起きて来た騎士が現れ、一触即発の空気だったのだが、アンネの言葉により俺がアンネを助けたことを知り、とても低頭していた。………とても落ち着かない。
「ではユーリ殿。貴方も我らがクレスミスト王国にお招きしたいのですが、いかがでしょう」
「ええっと………」
騎士隊長であるスィードは言った。
正直俺は迷った。王都に行こうものなら、行動が制限されるのではないかと危惧したためだ。
「ユーリよ。王都であれば情報も集まりやすい。それに、図書館のようなものもあるじゃろう。情報収集にはうってつけじゃ」
「でもなぁ………」
「ま、どうせここにいられないのじゃし、放浪するよりは王都へ行った方がよいじゃろう」
た、確かに………。ここで生死にかかわることを言い出すとは………。ノア……恐ろしい子……ッ!
「………ではお招きにお応えいたします」
「そうですか。我が王もさぞお喜びになるでしょう」
そう言うと、さっそくスィードは帰る準備をしだした。どうやらここまで馬車を近くの町から調達するらしい。というか、騎士が目覚めた時点で、馬車の調達をしにいったらしいので、もう少ししたら着くだろとのことだ。
俺たちは特に準備することなく、のんびりと過ごし、一時間後くらいには馬車が来た。
「んじゃ、ゴルドーさん。ありがとうございました」
「いいや、気にせんでよ。わしも良い体験が出来たしの」
うん、なんていい人だったんだろう。またいつかお返しにでも来よう。
「では、村の皆さんもまたいつか!」
「おう! 頑張れよ小僧!」
「またな!」
「いつでも来なよー!」
そんな村人たちの声に送られ、馬車に乗り込み、俺たちは再び旅を始めた。
またいつか、と、約束をして。