第01話:世界を繋ぐ輪
第一章 ここは異世界
朝、目が覚めた。
時計を見ると、針は七時過ぎを指している。
「……うむ。今日も時間通りだな」
俺は朝、目覚ましをかけなくても起きれるということが、小さな自慢であったりする。誰にも言ったことはないのだけども。
というか基本、朝の空気は嫌いではない。なので、朝起きるのもそれほど苦ではない、というのが俺の感覚なのだが、友人らは空気は嫌いじゃなくても布団のほうが好きだってやつが多い。それにも同意ではある。
「……起きるか」
とめどないながらも支離滅裂の思考をとりあえず圧殺し、寝巻きであるジャージから学校の制服に着替えるためにクローゼットを開ける。手早く着替え、台所でお湯を沸かしている間にトイレを済ませ歯磨き洗顔をやってしまい、コップにインスタントコーヒーの粉と砂糖を入れる頃にはお湯が沸騰する。
うむ。今日もコーヒーが美味い。朝これを飲まないと、どうも調子が悪い気がするのだ。
俺に兄弟はいない。両親は共働きなので、朝早くに出勤しているはずだ。なのにテーブルに簡単ではあるがサンドイッチが置かれているのは、やはりありがたい。
「んー、そろそろ行くかね」
垂れ流していたテレビを消して、戸締りを確認してから玄関へ向かう。今日は体育もないし行事もないので、荷物は手軽である。教科書とかもこっそり置いてきているし。
「いってきます」
俺は誰とでもなくそう言い、外に出た。いい天気だ。
っと、鍵をかけねば。
鞄をごそごそと探り、キーホルダーも何も付いていない家の鍵を取り出し、鍵をかける。
「よぅし、さてと行きますか」
今日も今日とて、坂道を登る。
というのも、俺の通う高校、第二高校は何故か坂の上にあるからだ。
面倒だと思い続けて早一年。慣れとは恐ろしいものだと最近よく思わされる。
耳にオーディオプレイヤーから延びたイヤホンを差し、大音量で聴く。こうしないと、朝早く起きて学校に行くまで、気力が保たないのだ。
………まったく、現代っ子の弊害というかなんつーか。だからといってやめる気はさらさらないのだけど。
「ふわぁ……」
大きな欠伸をして、誰かに見られていなかったかと、あたりを見回す。そして違和感。
………。
……。
見なかったことにしよう。
『ちょっと待てぇい!!』
なんだこれ……。そして誰だ。
とりあえずオーディオプレイヤーを停止させ、イヤホンを外す。
「誰だお前」
『わらわか? わらわは神じゃよ』
………ああ。
なんだ、痛い子か。
「先生、変態と言う名の病人がいます」
『変態じゃないわッ! 神だと言っておろうが!』
「変態が出たら何呼べばいいんだっけ。救急車? いや、霊柩車か」
『いきなり火葬場に送るでない! せめて救急車を……って救急車もいらんわ!』
「おぉう、ノリツッコミだ。さすが神。いいじゃん警察じゃないんだから。わがまま言うなよ」
『わがまま!? これはわがままなのか!?』
「まぁ、それはいいとして、お前何やってんだ?」
『……そこはホレ。見て分かるじゃろ?』
そろそろ状況を説明しよう。
道端に派手な着物みたいなの着て俯せになっている幼女がいます。
説明終わり。
「さて、学校行くか」
『ちょっと待てっつってんだろぉ!』
不意に曇りだす空。ゴロゴロと不気味な音が聞こえる。
「待て。お前な……」
ビカッ!!
ドッバァン!!!
「……に……し………て?」
………。
『ふふん、どうじゃ。これで学校には行けまい』
空が曇ったと思ったら雷が目の前の大木にぶち当たり、炎上しながら倒れ、道を塞いでいた。
いや確かに学校には行けないが。
メラメラと目の前で燃え上がる大木を眺めつつ、俺は思った。
……そろそろ真面目に相手する必要がありそうだ。俺の生死に関わるぞこれは。
しかたなく俺は、さっきからずーっと俯せのまま放置されている自称神様のところへ向かった。
「おいコラ幼女。そんなとこで何してんだ?」
『わらわは幼女ではない。ついでにわらわはお主以外見えんから、話し掛ける時は注意した方が良いぞ』
慌てて周りを見る。が、なぜか誰もいなかった。
『まぁこの辺の人間はみな排除したがな。はっはっは』
「そうか。じゃあな」
『待て待て待て! わらわが悪かったからちょっと待て!』
「面倒くせぇ。さっさと用件言いやがれ」
『……おろ? そういえばなぜお主はわらわを見て驚かんのじゃ? 神じゃぞ?』
「あー、まぁ昔から見ることだけは出来たからな。話せることは時々か。触れられるのは……よいっしょ」
寝たままだった彼女を持ち上げ、立たせる。
「触れられるのは滅多にないな」
『……形無き者に触れられる、と申すか。これはまた……』
ふはははは。驚け驚け。
実は最初っからこいつが異端というか、普通じゃないというのは空気で分かっていたりする。まぁ霊やら妖怪やらじゃなくて神ってのは確かに驚いたけど、未だ自称って枠から出ないしね。
着物に着いた砂をポンポンと叩き落としながら、幼女の驚く様を見て、多少の留飲を下げた。
『……はぁ、確かにそんな人間がいるのは知っていたが……。まかさお主だったとはの……』
「ん? 俺のこと以前から知ってる風?」
『……まさか気付いておらんのか?』
全然知らん……と思う。
「時に幼女よ」
『なんじゃガキ』
「さっきからピョコピョコしてるその猫耳と尻尾はなんとかならんのか」
そう、ずっと気になっていたのだ。
むしろそれしか眼中になかったと言ってもいい。
それがなかったら、きっと俺はこいつの相手をしていないだろう。
しかもよく見れば、なんか赤い首輪(?)みたいなのしてるし。チョーカーだっけこれ。
『いや、わらわは猫じゃし』
「そうか猫又なのか」
『いやいや、猫神じゃ』
「ふーん……」
えぇー……。
『まぁ詳しい話は向こうに行ってからじゃの』
「へ? 向こうって……」
『繋げ繋げ世界の扉。我偏在する者也。彼岸と此岸を重ね合わせ、今こそ其が役割を果たさん』
「すっげー嫌な予感がするんだけど……」
「開け! 世界を繋ぐ輪!」
不意に体を襲う浮遊感と脳をかき回されるような頭痛。強烈な吐き気に晒されながら、周りを見回すと、浮いていた。
正直、吐き気を抑えるのに必死で浮いてるとかどうでもいいのだが、目の前に自分の後頭部を視認したときには流石に焦った。
「おい幼女! なんで俺が目の前にいるんだ!?」
『あ〜……、キモチワルイ………』
酔っていた。
「なんでお前も酔ってんだよ!」
『だから詳しい説明は後でと……うぷっ……』
「お、おい。ちょっと待て。吐くなよ。絶対吐くなよ。もう少し待」
『うぶ《自主規制》〜〜〜!!』
「ぎゃぁぁぁあああああ!!!」
こうして今日俺は、神様に拉致された。
2011/11/25 加筆修正