2−1
今回より、第2話に突入です。
竹駒駅前での、死亡事故のあと。
帰りの電車は、いつもより混んでいたが、吹雪たちは運良く椅子に座ることができた。
彼女は、彰と話がしたかった。
しかし、電車が動き出すと同時に、彼は居眠りを始めてしまう。
(結局、彰はあそこへ、何をしに行ったのよ)
そのことが、ひどく気がかりだった。
これほど疲れた様子の彰が、わざわざ学校帰りに遠回りをして寄ったのだ。ただの散歩であるはずがない。
何か、目的があるのだと思っていた。
誰かと通話していたらしい様子から、待ち合わせ相手がいるのかと想像していた。
しかし今、彰は誰と会うこともなく、こうして帰路についている。
これは、どういうことなのだろう。大きな騒ぎがあったから、中止になったのだろうか。
(違う気がする。
そもそも、今の彰が人と待ち合わせをすること自体、不思議よね……)
しばらく話していなかったとはいえ、彰とのつき合いは長い。
吹雪は、彼のことをよく理解していた。
一見、コミュニケーションが苦手のようだが、根は優しく、気遣いができる。
だからこそ、彼はどちらかというと独りを好む。気配り上手なゆえに、他人といることで疲れやすい。
そんな彰が、今の疲れ果てた状態で、わざわざ隣町で人と会う。
彼のことをよく知る吹雪だからこそ、違和感を覚える話だった。
(誰かと会うんじゃなく、やりたいことがあった?
そして、あの出来事の中で、もう目的は達成していた、とか?)
ふと、吹雪が隣の彰を見る。
彼のポケットから、スマホが顔を覗かせていた。
そのスマホを、吹雪はそっと抜き取った。
電源を入れると、4桁の暗証番号を聞かれる。
彰の誕生日である「0323」を入力してみるが、違った。
それでは、と「1217」を打ってみる。
すると、スマホのロックが解除され、ホーム画面が表示された。
その番号は、吹雪の誕生日だ。つまり、深雪の誕生日でもある。
吹雪は、通話アプリの履歴を確認した。
しかし、今日の日付のやりとりはない。
他に、それらしいアプリはないだろうか。
そう考えていると、1つのアイコンが彼女の目に止まる。
(レンゴクアプリ?)
知らないアプリだった。
学校やテレビでも、話題になった記憶はない。
でも、と吹雪は思い出す。
自分の手を引いて逃げようとした際に、彰は、この名前を叫んでいなかっただろうか。
彼女が、アイコンをタッチする。
しかし、何も起こらない。その後も色々な操作を試しはしたが、アプリが起動することはなかった。
(何よ、これ)
吹雪は、機械がさほど得意ではなかった。
あれこれと頭を働かせながら、しばらくスマホを触っていた。
白笹駅で降りたあと、自宅までの道のりを、吹雪は彰と歩いていた。
彰は、頑なに口を開こうとしない。
歩調を合わせようともせず、彼女から離れて先を進んでいた。
たまらず、吹雪は口を開いた。
「ねぇ。あそこへ何しに行ったのよ」
彰は振り向くことすらせず、黙っていた。
「答えなさいよ。
事故を起こした運転手の写真、撮ってなかった?
あのお爺ちゃん、死んじゃったんでしょ?」
そう。吹雪はそれが最も気になっていた。
死体の、写真を撮る。なぜ、何のために。
あの時の彰は、とても冷静で、大胆だった。
周囲の目があるにもかかわらず、人混みをすり抜けて、車へ寄る。そして、スマホカメラで運転席を素早く撮影した。
(あの状況で、あんなに堂々と、どうして動けるのよ)
吹雪はといえば、車に轢かれそうになって、足がすくんでしまっていた。
野次馬たちの反応から、運転手が亡くなってしまったことを察し、全身が凍りついた。
他方で、彰のあの落ち着きよう。
鞄を投げて、車に避けさせるという機転を利かせたばかりか、吹雪をかばう素振りまで見せた。そして、写真を撮影するまでの一連の行動……
彰が、足を止めた。
「僕にはもう、二度と関わらないでって言ったよね?」
その雰囲気に、吹雪は圧倒される。
有無を言わせない、迫力があった。
(まるで、あたしの知る彰じゃないみたい)
でも、と吹雪は思う。
彼は、自分を守ってくれた。両腕で抱きしめ、身を挺して庇おうとしてくれた。
あの時のぬくもりを、吹雪は忘れていない。
その優しさは、彼女の知る彰のそれだった。
(きっと、こいつの根本は、今も変わってない)
「言われたけど、従うとは言ってないわ」
と、吹雪は意を決し、言い返した。
「正直、迷惑なんだよ。きみのせいで、今日はひどい目にあった」
「何よそれ、意味わかんない。
後をつけたのは、まぁ、悪いとは思うけど……
それとあの事故は、関係ないじゃない」
「僕に関わると、また今日みたいな目にあうよ。それでもいいの?」
「……どういうこと?」
(あれは、偶然じゃなかったってこと?)
彰は今日、あの事故が起きることを、知っていたのだろうか。
馬鹿げた発想だと思う。あれは事故だ。故意ではない。
でも、胸騒ぎが消えない。あらかじめ彰はわかっていたと、そう考える方が、彼の行動に説明がつく点が多い気がしたからだ。
彰が、再び歩き始めた。
まだ聞きたいことは山ほどある。吹雪は彼を呼び止めようとして、しかしどう声をかけるべきかわからずにいた。
結局、彼女は彰の背中を、見送ることしかできなかった。
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