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1−8

 竹駒駅前の広場は、騒然としていた。

 事故を目の当たりにした通行人たちの多くが、青ざめた表情で成り行きを見守っている。


 そうした中、何人かの有志たちは協力をして、運転席に声をかけていたり、救急車を呼ぼうとしていた。


 彰のイヤホンから、声がする。


『周辺の情報が更新されました。高橋恒男、82歳。消滅までの時間、0秒。消滅しました。領域解放までの時間、47時間59分』


 吹雪が彰の腕を、ぎゅっと掴んでいた。


 彰はそれを、そっと解かせる。

 抱きしめていた腕を下ろし、彼女をゆっくりと立たせた。


「彰……」


 吹雪が、うっすらと涙を浮かべていた。

 しかし、彰は意に介することなく、事故車両へと歩いていく。人混みをすり抜けて、車内を見通せる位置を探した。


 スマホの画面を見る。

 やはり、死亡していたのは暴走していた方の運転手だった。


 彰は、周囲から怪しまれないよう、ドライバーたちを心配するふりをしながら、スマホカメラを運転席に向けた。

 アプリが老人を捕捉したことを示す、黄色い外形線が表示される。


 すると、画面の老人が体を起こし、腕をこちらへ伸ばしてくる。

 彰のスマホを掴み、必死の形相で語りかけてくる。


「なぜ、私が死ななければならないんだ!

 この暴走は、車の故障のせいだ。私は悪くない!」


 スマホ越しに、老人の握力を感じる。

 彰は構わず、撮影ボタンを押下した。


 シャッター音がしたあと、老人の姿勢は現実のそれと同じく、ハンドルに覆いかぶさったものへと変化する。


『高橋恒男の領域を取得しました。森深雪の情報を再配置しますか?』


 はい、と彰は答えた。


「きみ! 撮影はやめてください!」


 警察官の制服を着た男性に、声をかけられる。竹駒駅はすぐ近くに交番があるため、そこから駆けつけたのだろう。

 彰はその場を離れ、吹雪のところへ戻った。


「彰、今……何をしたの?」


 吹雪がおそるおそる尋ねた。


「そんなことより吹雪。なんできみがここにいるの?」


 彰は、冷たく言い放った。

 その声色に気圧されたのか、吹雪は押し黙ってしまう。


 彼は、苛立っていた。

 想定外のトラブル続きだったこと。また、吹雪を巻き込んでしまったこと。


 そして何より、深雪を危険にさらしてしまったこと。


(あの運転手が死亡したのは、偶然だ。

 元々レンゴクアプリには、あの老人が消滅するなんて情報はなかった。


 きっと、僕たちの行動で、未来が変わったのだろう。


 もしあの人が死ななかったら。今日はもう、近所で人が死ぬ予定はなかった。

 深雪は、タイムリミットを迎えてしまったに違いない……)


 考えただけでも、ぞっとする思いだった。

 自分の一連のミスが、ここまでの事態を引き起こしてしまった。


(吹雪を見殺しにする、という選択肢もあったけど)


 彼女が死ねば、その領域を使って再配置ができる。

 そうした方法が、頭をよぎったことを、彰は否定できなかった。


 それでも、彼はしなかった。

 その理由を、自身でもうまく説明できずにいた。考えるより先に、体が動いていた。


 甘いのではないか、と彰は自問する。


 自分は、深雪を守り続けなければならない。

 にもかかわらず、こんな判断をしていて、やり遂げられるのか。覚悟が足りないのではないか。


(もし、また同じ状況になったら、僕は……)


「きみたち、大丈夫?」


 内村綾子に声をかけられ、彰は我に返った。


「あ……ありがとうございます、大丈夫です」


 反射的に、そう返事をする。

 彼女は軽く頭を下げ、その場から立ち去っていった。


 ふと吹雪に目をやると、彼女は泣いていた。


 無理もない、と彰は思った。

 あともう少しで、猛スピードの車に轢かれるところだったのだから。


 もし、老人が進路を変えなければ、自分たちのところに突っ込んでいた。

 それを、彼女も理解しているだろう。怖かったに違いない。


 吹雪に、文句を言いたい気持ちはあった。

 元はといえば、彼女が後をつけてきたことが原因なのだ。


 しかし、こうして深雪と同じ顔で泣かれると、今は責める気分になれなかった。


 彰が、大きく息を吐いた。

 そして、吹雪に向かって言う。


「帰るよ」


 彼女が、こくりとうなずいた。

今回で、第1話は終了です。

次回より、第2話「死神少年」を開始します。


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