1−7
(どういうことだ。何が起きてる?)
彰は、奥歯を噛み締めた。
コンビニの店内で、登録者の残り時間を確認しながら、その時をじっと待っていた。
タイムリミットまで、あともう少し、というところだった。
突然、レンゴクアプリが告げる。
『周辺の情報が更新されました。森吹雪、15歳。消滅までの時間、2分14秒』
(――吹雪?)
地図を見ると、内村綾子の点は消えていた。
その代わりに、吹雪を表した点がちょうど同じ位置に、突如として現れた。
彰が、慌ててコンビニを飛び出す。
点のある方向を、必死に見渡した。
本当に、今日は運がないな、と思った。
そもそも想定外だったのが、前日ほとんど家にいたはずの内村綾子が、この時間になって移動を始めたことだ。
彼女が外出していることに気づいた時は、実に肝を冷やした。
なぜ、そんなことになったのか。
しかし、よくよく思い返してみると、昨日わずかに外出していたのも、これくらいの時間ではなかったか。
おそらく、この行動はルーティンなのだ。
彰は、自分の浅はかさを呪った。
彼は、プランの練り直しを覚悟しつつあった。
しかし、しばらく様子を伺っていると、彼女が向かっているのは駅の方角だと気づいた。
このまま駅で待っていれば、彼女と合流できる。
そう確信したところで、近くのコンビニに入り待機していた、というわけだった。
(……いた)
噴水広場の端に、吹雪はいた。
誰か別の女性と会話している。
おそらく、その話し相手が、内村綾子だ。
(そうか、犬か)
2人の足元に、1匹の犬がじゃれついていた。
これくらいの時間に飼い犬の散歩をするのが、彼女の日課なのだろう。
(内村綾子が死亡する未来はなくなり、吹雪のカウントダウンが始まった……
これを、どう捉えたらいい?
吹雪が、身代わりになってしまったということ?)
彰の足が、ひとりでに走り出していた。
彼に気づいた吹雪が、こちらを見る。
しまった、という顔をした。
尾行されていたのだろう、と彰は思った。
今に至るまで、まったく気づかなかった自分の迂闊さが、心底嫌になる。
吹雪は本来、この場所にいるはずではなかったに違いない。
おそらく、自分についてきたことで、未来が変わったのだ。
こんなことは初めてだった。
しかし、レンゴクアプリの言う消滅予定が、あくまで予定だとするなら、それを変更することができても別に不思議ではない。
そして、そんなことができるのは、その予定を知る人間だけだ。
(――結局、すべて僕のせいじゃないか!)
吹雪の位置まで辿り着いた彰が、彼女の腕を掴む。
「吹雪!」
彼女が、目を見開いた。
その横では、内村綾子が呆けた顔で2人を見ている。
彰は、吹雪の腕を引き、その場から離れようとする。
「レンゴクアプリ、吹雪の残り時間は!」
『森吹雪、消滅までの時間、10秒です』
(まずい、まずい、まずい!)
多少、移動した程度では、吹雪の未来を変えることはできないようだった。
(どうする、もう時間がない!)
「彰、痛いって。どうしたのよ?」
そう、文句を言う吹雪を無視し――
彰は、彼女を守るように、両腕で包み込んだ。
迫り来る危険を見逃すまいと、全方位に注意を向ける。
(レンゴクアプリでは、死亡時刻はわかっても、死因までを知ることはできない。
内村綾子は、どう死ぬ予定だった?
事件か事故か。このあと何が起こる?)
その時、甲高いブレーキ音があたりに轟いた。
噴水広場から見える道路の先に、他の車列の流れとは明らかに異質な動きをしたセダンが、こちらへ向かってくる。
運転席に座っているのは、高齢の男性だった。
見るからに狼狽した様子で、ハンドルを握りしめている。
(間違いない、あれだ)
老人の車が、さらに加速する。
彰たちに、逃げる時間は残されていなかった。
(一か八か――)
彰は、運転席に向かって、持っていた通学鞄を投げつけた。
窓ガラスにぶつかると同時に、ゴン、と鈍い音が響く。
驚いた老人が、鞄が飛んで来た方向とは逆に、勢いよくハンドルを切った。
彰が、吹雪を抱き締める。
少しでも助かる可能性を高めるために。いざという時、自分が盾となって、少しでも彼女への衝撃を和らげるために。
しかし、暴走した車は、彰たちをわずかに逸れる。
そのまま、反対車線へ躍り出ると、凄まじい速度で対向車に激突した。
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