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8−8

 吹雪が病室に着く頃には、既に夕方となっていた。

 ベッドには、呼吸器をつけた彰が寝かされている。


 彼女が、ベッド脇の椅子に座り、手袋を脱ぐ。

 その手袋は、彰が深雪のために購入したものだった。


「どうせ捨てるつもりだったのなら、あたしが貰ってもいいわよね」


 この1ヶ月間、彰は意識を失ったままだった。

 原因は不明であり、ただ眠っているだけ、というのが医者の診断だった。


「本当に、いつになったら起きるのよ。あんた」


 彰の昏睡の原因は、レンゴクアプリに関するものなのだろうか。

 そんなことを考えつつも、今の吹雪には、それを確かめる術がなかった。


 なぜなら、彰が今の状態になると同時に、彼女のスマホから、レンゴクアプリが消えてしまったからだ。


「深雪も、死んじゃったよ……」


 誕生日の翌日。

 日向の領域を取得してからちょうど48時間後に、深雪は魂が抜けたように倒れこみ、そのまま息を引き取った。


 レンゴクアプリを失った吹雪には、どうすることもできなかった。

 せめてもの抵抗として、吹雪は当日、深雪が不慮の事件や事故に巻き込まれないよう外出を思いとどまらせ、予定時刻まで付きっきりで見守っていた。


 しかし、そうした行動も、結果的には何の意味もなさなかった。


(深雪とあんなに話したのも、久しぶりよね)


 その日、多くの会話をした中で、2人にしては珍しく、恋愛について語ったりもした。

 深雪は、涼風のことを大事に想っていて、現在の関係を幸せに感じているようだった。


 そして、深雪は、吹雪の彰に対する想いに、気づいていた。

 水を向けられ、吹雪は自らの気持ちを、正直に語った。


 幼少の頃から、彰に好意を抱いていたこと。しかし、彼の好意は深雪に向けられており、それを妬んでいたこと。

 反面、彰からの告白を深雪が拒絶し、それを憎らしく思ったこと。


 吹雪が語り終わると、深雪は静かに、「ごめんね」とつぶやいた。

 それから、吹雪や彰を傷つけたいわけではなかった、とも語った。


(前に、深雪は彰のこと、「怖い」と言っていたけど……)


 おそらく、それも本心だろう、と吹雪は思った。

 多少、行き過ぎとも思える執着心を向けられ、その恐怖が、彰からの好意を受け入れられなくさせたのだろう。


 しかし、深雪と話していた中で、吹雪はふと気がつく。

 彰の告白を、深雪が強く断ったのは、自分に遠慮した一面もあったのではないか、と。


(それは結局、最後まで聞けなかったわね……)


 自分は、もう少し深雪と、日頃から話をしておくべきだったのではないか。

 彼女が死んでしまった今になり、そうした後悔が、吹雪の中で日に日に大きくなっていくのだった。


 吹雪が、彰の顔を拭く。

 すると、病室のドアがノックされた。


「はい?」


 と、吹雪は返事をする。

 部屋に入ってきたのは、2人組だった。


 片方の人物が、吹雪に声をかける。


「俺と会うのは、2度目だけど。わかる?」


 そう言われ、前に会った際にも、この人物の「俺」という一人称に違和感を抱いたことを、吹雪は思い出した。

 その容姿からして、女性だと思い込んでいたからだ。


「――橘出雲、さん」


 髪型がショートに変わってはいるが、彼の可愛らしい顔立ちを、吹雪はよく覚えていた。

 以前の黒一色の服装とは異なり、今の優しい色合いのパンツとコートは、彼の女性らしさをより一層、際立たせていた。


「俺のこと、警察に言わないでくれたみたいだね。

 理由はわからないけど一応、礼を言っておくよ」


 彼の言うとおり、吹雪は現在に至るまで、出雲の本名を誰にも話していなかった。


(この人たち、何しに来たの?)


 吹雪は、言葉を選びながら、慎重に答える。

 

「……別に。あなた方の恨みを、変に買いたくなかったからです。


 それに、彰もあなたのことを、警察の人には言わなかったから。

 あたしは、こいつの意思を尊重したまでです」


 そう言って、彼女は彰を一瞥した。


「そのベッドの子、秋月彰くんだよね? 彼、どうしちゃったの?」


 と、出雲がベッドに近づこうとする。

 その瞬間、吹雪はナースコールのボタンに手を伸ばした。


 もう片方の男が、吹雪に手のひらを向けて言う。


「待ってくれ。

 何もしないから、どうか落ち着いてほしい。


 俺たちは、きみや秋月くんの様子を、ただ見に来ただけなんだ」


「……あなたは、誰ですか?」


 男は、初めて見る顔だった。

 優しげな雰囲気を纏う一方で、どこか冴えない印象の見た目だ。


(強盗犯の、仲間?)


 自分たちの様子を見に、とは一体どういう意味だろうか。

 日向や出雲から、レンゴクアプリに関する話を聞かされているのだろうか。


 しかし、直後に彼が告げた言葉は、吹雪の想像を遥かに超える内容だった。


「――俺は、日向大我だ」


 まだ、事件は何も終わっていない。

 これからもきっと、色々なことが起こる。


 彼女は、そう思わずにはいられなかった。

以上で、第1部は完結となります。

ここまでご覧いただき、本当にありがとうございました。


時期は未定ですが、第2部の連載も、いずれ行うつもりでおります。

そちらについても、またお読みいただけると、大変嬉しく思います。


「面白い」「続きを読みたい」「作者を応援したい」と思ってくださった方は、ぜひブックマークと5つ星評価をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 色々な結末を予想して読んでいたのですが、謎を残して第二部ですね。意外な結末と展開に一気に最後まで読んでしまいました。 [一言] 彰君の努力は報われなかったものの、これからどういう展開になる…
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