8−7
白笹駅前のカフェに、ベルの音が鳴り響く。
店内に入るなり、あたりを見回す吹雪を、生駒は片手を上げて招き寄せた。
「いつも突然で、すまないね。忙しい時期だろうに」
凛の言葉に、吹雪は首を振った。
「少しは息抜きもしないと、ですから」
日向の死亡から、既に1ヶ月が経過していた。
吹雪たちの学校では、来月に期末試験を控えているという。
「それで、今日はどんな用事ですか?」
そう言う吹雪の表情は、心なしか元気がなさそうに、生駒には映った。
(この1ヶ月、色々あったっすからね……)
無理もない、と彼は思った。
「何。しばらく会っていなかったことだし、互いの近況報告ができればと思ってね」
それを皮切りに、凛はこの1ヶ月の出来事を、吹雪に話し始めた。
「まず、日向の仲間である長門優一郎が、強盗の容疑で起訴された。
ニュース等でも盛大に報じられたから、知っているかとは思うが」
「はい」
「そして、日向大我もまた、被疑者死亡のまま書類送検された。
さらに、笠間町で見つかった、身元不明の遺体についてだが……
長門の自供により、彼らの仲間である、加賀民生のものだということが明らかになった」
彼らの起こした強盗事件は、常に3人で行われていた。
すなわち、これで深雪を刺した事件の容疑者全員が、判明したということになる。
「ただ、加賀が抜けた後に加わった、クロウという女性についてだが……
こちらは、依然として行方不明であり、身元もわかっていない。
長門に尋ねても、『コードネームしか知らない』の一点張りだ」
概要を伝え終わったところで、凛は要所をかい摘み、詳細な説明を加えていく。
とはいえ、ほとんどは彼女の武勇伝のような話で、残りは金剛への愚痴だった。
(それにしても……)
吹雪の様子に、生駒は違和感を抱いていた。
既に報道されている情報が多いせいもあるだろうが、凛の話に対し、反応が乏しいように見える。
自らも巻き込まれた事件なのに、だ。
犯人たちのその後について、関心が薄すぎるように思えた。
(この違和感、何となく、秋月くんに似てるんすよね……)
どこか上の空に見える吹雪に対し、生駒はカマをかける。
「あんまり驚かないんすね? もしかして、もう知ってたっすか?」
半分は、ジョークのつもりだった。
しかし、生駒の予想に反して、吹雪は驚いたような顔を見せた後、うつむいてしまう。
凛が、生駒に非難の目を向けた。
「ごめんなさいっす。冗談――」
「……はい。実は今のお話、ほとんど知っていました」
と、吹雪が顔を上げていった。
彼女の真剣な表情を見て、生駒と凛は、次の句が継げなくなってしまう。
「信じてもらえなくて構いません。おとぎ話、と思って聞いてもらえたら」
「――何の話っすか?」
吹雪が、深呼吸をして言った。
「すべては彰が、レンゴクアプリをインストールしたことから、始まったんです」
吹雪が退店し、テーブルには生駒と凛だけが残されていた。
「……どう思う? 彼女の話」
凛が、おもむろに口を開いた。
「どう、と言われましても……」
生駒にとって、それは衝撃的な話だった。
ショックが大きすぎたあまり、吹雪がいつ、どのように席を立ったのか、まったく思い出せなかった。
レンゴクアプリという、未知のソフトウェア。
それは、死者の情報を閲覧・操作できるものだという。
(全部を信じることはできないっすが……)
しかし、彼女の話が正しいと仮定すると、あらゆることの辻褄が合った。
彰に対し、長らく疑問に抱いていたことが、一気に氷解するのを感じる。
なぜ彰は、人死にの現場を巡っていたのか。
なぜ彼は、警察も知りえないような情報を得て、現場に先回りすることができたのか。
すべては、幼馴染である深雪のため。
本来であれば、日向に刺されて死んでいた彼女を、1日でも多く生き長らえさせるための行動だったのだという。
(前に彼がした、死の運命が定められているという話は、真実を語っていたんすね)
その苦労と重圧は、一体どれほどのものか。生駒には想像すらできなかった。
「……これは、上には話せないっすね」
「まぁ、黙っておこう。私たちでは、きっと信じてもらえないからな」
凛の反応に、生駒は思わず笑みをこぼした。
「しかし、クロウについては、やはり何も知らないようだったな」
「レンゴクアプリは、死亡する人間の名前と位置、それと死亡時刻がわかる、って言ってたっすね。
クロウに死亡する予定はなかったから、名前も知らないという話は一応、筋が通ってるように思うっす……」
「ふむ」
凛が、すっかり冷めたであろうコーヒーを、勢いよく飲み干した。
「さて、そろそろ署に戻ろう。やることが山積みだ」
周囲から煙たがられることも多い凛だったが、今回の事件での活躍を機に、彼女の悪評はわずかに取り除かれたように見えた。
現在は、別の事件の捜査に加わって、忙しくしているらしい。
「この後、森さんは、秋月くんのところへ行くのだろうか……」
会計へ向かう途中の、何気ない凛の言葉で、生駒は物悲しい気持ちになる。
「自分たちも今度、顔を出してみるっすかね」
そんなことを話しながら、2人は店を後にした。
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