8−6
白竜市のとある大通りに、彰は立っていた。
その正面では、深雪が向かい合わせに立ち、微笑んでいる。
たくさんのブランド店が並ぶその通りは、普段は大勢の買い物客で賑わっていた。
しかし、今は昼間の明るさにもかかわらず、どういうわけか通行人が誰もいない。
深雪が、口を開いた。
「ここは、私が死んじゃった場所。
この位置で、涼風くんを庇って、日向に殺されたの。
ねぇ。彰は、なぜここにいたの?」
それは、本来の彰にとっては、触れられたくない内容だった。
しかし、今の彼は不思議と気分がよく、口が滑らかに動いた。
「深雪が、サッカー部の友だちに話しているのを、偶然聞いてしまったんだ。
ここで、涼風くんとデートするって、教室で話してたことがあったでしょ?
周囲に聞かれないよう、小声だったけど、1人でいた僕には聞こえたんだ。
それで、どうしても気になって……
あの日は、朝からこの町に来て、ずっと2人を探してたんだ」
深雪が、優しく微笑む。
「私が刺された時は、どこにいたの?」
彰は、周囲を見渡しながら、ゆっくりと歩き回る。
「ここかな」
そこは、深雪の立ち位置から、数メートルほど離れた場所だった。
「そう。野次馬の人たちと一緒になって、私たちを見ていたのね」
彰は、穏やかに微笑んだ。
「あの時。深雪が死んでしまって、僕は心底、絶望したよ。
でも、レンゴクアプリは、僕を選んだんだ。涼風くんじゃなくて。
この1ヶ月間、本当に大変だったけど、幸せだったんだ。
深雪のためにできることがあるって、毎日が充実してた」
「なのに、救済機能を実行したの?」
と、深雪は首を傾げる。
彰は、いたずらっぽく笑った。
「きみが悪いんだよ。誕生日を2人で祝おうって、僕との約束を忘れるから」
「ふふ。ごめんなさい」
深雪が、無邪気な笑顔を見せる。
それからゆっくりと彰に近づき、手のひらを差し出した。
「じゃあ、行こっか」
その上に、彰はそっと自分の手を重ねた。
「きれいな夜景ね」
そこは、明神市の王子駅前ビルにある、高層階のレストランだった。
彰が、深雪の誕生日を2人で祝うためにと、予約していた店だった。
窓際のカップルシートに、彰と深雪が横並びで座っていた。
2人の他には客はおろか、スタッフの姿さえ見当たらない。
「ねぇ。僕たちが付き合い始めた時のこと、覚えてる?」
そう彰が言うと、深雪は首を振った。
「覚えてないの。話してくれる?」
彰は、過去を振り返って話し始めた。
小学生の時、ラブレターを皆の前で吹雪に読まれ、ショックだったこと。
深雪に告白を断られて、ひどく落ち込んだこと。それが原因で、小学校卒業まで登校できなかったこと。
同じ中学だったにもかかわらず、深雪とはほとんど接点がなく、無気力だったこと。
それが、高校に入学して同じクラスになり、天にも昇る気持ちだったこと。
しかし、深雪と恋人になった経緯について、彰はどうしても思い出すことができなかった。
「ありがとう。私のこと、ずっと好きでいてくれたのね」
テーブルに置いた彰の手に、深雪が触れる。
彼女の手を、彰は握りしめ、力強く言った。
「もう、離さない。僕と、ずっと一緒にいてほしい」
「うん」
深雪が、照れくさそうにうなずいた。
その瞬間、周囲から拍手が巻き起こった。
誰もいないと思っていたその店が、今では大勢の客で埋め尽くされていた。
その中には、吹雪や涼風を始めとしたクラスメイトたち、生駒や凛の姿もあった。
それだけではない。日向や出雲、長門や加賀もいた。
他にも、一度しか顔を合わせていないはずの、レンゴクアプリで領域取得をした人物たちが、2人に祝福を送っていた。
「おめでとう」「おめでとう」「おめでとう」
皆が一様に、そう口にする。
周囲の拍手と喝采が、自分たちに向けられていると知り、彰の多幸感は頂点に達した。
(この時間が、永遠に続いてほしい)
そんなことを思いながら、深雪の楽しそうな笑顔を、彰はずっと見つめていた。
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