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8−4

 明神高校の昼休み。

 食堂や、他の場所で昼食をとる生徒も多く、彰のクラスでは数名が教室に残る程度だった。


 彰は自席で、周囲の目を気にしながら、スマホを操作する。

 そして、フレンドリストにある、日向の名前をタッチした。


『情報を取得できません。森深雪、の情報が再配置されています』


(本当に、死んだんだ)


 それは、わかりきっていたことだった。

 昨夜、彼は自らの手で、再配置を行ったのだから。 


 彰は、日向を憎んでいた。深雪を殺したことを、許すことはできない。

 しかし、実際に日向が死に、彰の心に残ったのは、虚しさだけだった。


 本当に彼は、命を失うのにふさわしい、悪人だったのだろうか。

 言葉を交わした印象からは、とてもそうとは考えられなかった。


(それに……これは一体、何だろう?)


 昨夜、レンゴクアプリを確認した時に、新着通知の表示があることに気がついた。


『あなたの招待によって、3名の利用者獲得に成功しました。特典として、「救済機能」が解放されます』


(3名の利用者……)


 フレンドリストには、吹雪と日向の名前しかない。

 昨日の一連の出来事の中で、通常の招待とは違う形で、自分たちの関係者の中から新たに利用者が現れた、ということだろうか。


 そして、救済機能。

 レンゴクアプリの説明によれば、対象者の新たな領域取得を断念する場合に、現在の環境を最適化した状態で保存し、利用者の役目から解放する機能、とのことだった。


 いくらレンゴクアプリに尋ねても、これ以上のことは、教えてはくれなかった。

 救済機能とは、一体何なのか。利用者の役目から解放されると、どうなるのか。


 彰は、おそるおそる救済機能のボタンをタッチする。

 すると、スマホの画面にポップアップが表示された。


『実行した場合、元には戻せません。続けますか?』


 彰は、かぶりを振る。


(……いけない。これは、迂闊に実行するのは、危険な気がする)


 彼は、スマホをポケットにしまう。

 特に今日に関しては、安易に不明確なものに手を出して、いたずらにリスクを高める行為は避けるべきだ、と彰は考えた。


 なぜなら、今日は深雪の誕生日だからだ。


 彼は、この日を待ち望んでいた。

 深雪の誕生日を、恋人として、2人で祝う。それを心の拠り所として、レンゴクアプリを使い、彼女が解放されないよう力を尽くしてきた。


 プレゼントは買ってある。誕生日を祝う店も予約してある。

 あとやることといえば、放課後、深雪を連れて行くだけだ。


 彰は、再びスマホを取り出し、今度はチャットアプリを開いた。


『いよいよ、誕生日だね。約束、覚えてる?』


 昨夜、深雪に送ったメッセージだった。

 しかし、まだ既読表示はついていない。


(大丈夫かな……?)


 もしかしたら、忘れてしまっているのかもしれない。

 それも仕方がない、と彰は思っていた。今日までに、色々なことがあったのだから。


(忘れてしまっていたとしても、ゆっくり思い出してもらえばいい)


 とにかく今日、2人だけで過ごし、会話を重ねていけば……

 きっとまた、以前のような関係を、築いていくことができる。そう考えていた。


「え? 深雪、今日誕生日なの?」


 不意に、女子生徒の声が、入口の方からした。

 深雪を含めた仲良しグループの一団が、昼食を終えて教室に戻って来たようだった。


「じゃあさ。学校帰りに、どっか行こうぜ」


 別の男子生徒が、ぶしつけに言った。

 彰は思わず、彼を遠巻きに睨みつける。


「ごめん。今日、予定あるの」


 と、深雪が言った。


(――えっ?)


 彰の、体が硬直する。

 少し遅れて、彰の全身を、歓喜の感情が駆け巡った。


(覚えててくれた――?)


 しかし、直後に深雪が続けた言葉は、彰を奈落の底に突き落とした。


「涼風くんと、ご飯に行くの」


 そう深雪が言うと、周囲から歓声が上がる。

 皆の視線が、輪の中にいた涼風に集まった。


 彼が、照れくさそうに言う。


「今日、お祝いに2人でケーキを食べに行こうって、約束してたんだ」


 グループ内の、賑やかさが増す。

 メンバーが口々に、2人を羨んだり、からかうような言葉をかけた。


(………………)


 そこから、彰は微動だにしなくなる。

 気がつけば、昼食をとらないまま、昼休み終了の鐘が鳴っていた。

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