1−6
放課後、吹雪は誰よりも早く学校を出た。
母親から急きょ用事を頼まれ、郵便局に行く必要があったからだ。
用事を済ませたのが、16時58分。
郵便局を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
(もう、12月なのよね)
風も冷たくなってきた。
そろそろ、コートが必要になる季節だ。
今日はアルバイトも、友人との約束もない。
かといって寄り道をする気も起きず、吹雪は家に帰ろうと駅へ向かった。
改札を通ると、彰の後ろ姿が目に入った。
彼女の足取りが、急に重くなる。
関わらないで、という彰の言葉が、吹雪の胸に突き刺さっていた。
(今日も、深雪のお見舞いかしら)
その予想が、誤りだったことがすぐにわかる。
彰の行き先が、病院とは反対へ向かう電車のホームだったからだ。
(家とも違う方向だけど)
確かなものは、何もない。
しかし、悪い予感がした。
ここ最近の彰が、正常ではないことは、彼を知る人間からすれば明らかだった。
どうしていつも、あんなに疲れた顔をしているのだろう。
日中、授業を受けていられないほど寝不足なのは、なぜなのか。
吹雪は、彰を尾行することを決める。
少し距離を開けつつ、彼の後を追う。
何か、よくないことをしているのではないか。
ひょっとしたら、誰かに騙されているのかもしれない。
ただ、もし彰が本当に、何かをしているのだとしたら――
(それはきっと、深雪のためだと思う)
発車ベルが鳴り終わる。
彰が乗ったことを確かめると、吹雪はその隣の車両へ駆け込んだ。
彰が降りたのは、2つ隣の竹駒駅だった。
そこは、このあたりでは少し大きめの乗換駅で、構内は帰宅途中の学生やビジネスマンが、忙しなく行き交っていた。
彰が、改札を出る。
どうやら、スマホで地図を見ながら、移動しているようだった。
ならば、彼の中で目的地が定まっているということだ。
吹雪は見失わないよう、通行人を避けながら、懸命にその背中を追いかけた。
ふと、駅前の噴水広場に着いたあたりで、彰が立ち止まる。
吹雪は、慌てて物陰に隠れた。
(何よ)
彰から、落ち着きがなくなった。
遠目で見てもわかるほど、明らかに慌てている。
頭をかきむしったかと思えば、口元に手を当てて、考え込み始めた。
走り出すかと思えば踏みとどまり、腕組みをしたまま動かなくなる。
ただ、終始一貫しているのは、片時もスマホから目を離さないということだ。
それから数分ほど、彰は一歩も動かなかった。
その間、スマホに向かってずっと何かを喋り続けていた。
誰かと、電話でもしているのだろうか。
相手はどんな人物なのか。単なる友人であれば、何も心配することはない。
(でも。万が一、相手が詐欺師とかだったら?
あたしに、あいつを助けることが、できる?)
彰が、おもむろに歩き出し、すぐそばのコンビニに入った。
窓際の雑誌コーナーで立ち止まるが、何も手に取らず、ただ外の様子を伺っている。
(あんまり近づくと、気づかれるわね)
吹雪はこのまま、店外から見張っていることにした。
彰から見えないよう、噴水広場の隅へ移動する。夕方で交通量が多くなった駅前通り沿いの、電柱の影に隠れた。
彰がどんな思いで、何をしようとしているのか。
彼女には、想像もできなかった。
彼の行動は、本当に深雪のためなのか。
刺された腹の傷は、治ってきた。しかし、今の深雪の意識や記憶は、浮かんでは消える泡沫のようだ。
そんな彼女のために、できることなどあるのだろうか。
今の深雪と一緒にいるのは、辛かった。
彰は、辛くないのだろうか。
不意に、彼女は足元に、妙な気配を感じ取った。
「こら、ミーちゃん。ダメじゃない」
目線を下げると、子犬がふくらはぎに体を擦り付けていた。
「すみません。この子、綺麗な女の子に目がなくて」
リードを持った女性に声をかけられる。
年齢は、おそらく30歳くらいだろう。
「大丈夫です。可愛いですね」
と、吹雪は女性に微笑を向けた。
深雪も犬が好きだった。
子どもの頃、近所の人が飼っていた柴犬に、よく触らせてもらった。彰と3人で。
あの日みたいに、また3人で笑い合える日は、来るだろうか。
ふと、彰の方へ視線を送る。
コンビニに、彼の姿はもうなかった。
吹雪は、慌てて辺りを見回す。
すると、彰が必死の形相で、こちらに駆け寄ってくるのが視界に入った。
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