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 放課後、吹雪は誰よりも早く学校を出た。

 母親から急きょ用事を頼まれ、郵便局に行く必要があったからだ。


 用事を済ませたのが、16時58分。

 郵便局を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。


(もう、12月なのよね)


 風も冷たくなってきた。

 そろそろ、コートが必要になる季節だ。


 今日はアルバイトも、友人との約束もない。

 かといって寄り道をする気も起きず、吹雪は家に帰ろうと駅へ向かった。


 改札を通ると、彰の後ろ姿が目に入った。


 彼女の足取りが、急に重くなる。

 関わらないで、という彰の言葉が、吹雪の胸に突き刺さっていた。


(今日も、深雪のお見舞いかしら)


 その予想が、誤りだったことがすぐにわかる。

 彰の行き先が、病院とは反対へ向かう電車のホームだったからだ。


(家とも違う方向だけど)


 確かなものは、何もない。

 しかし、悪い予感がした。


 ここ最近の彰が、正常ではないことは、彼を知る人間からすれば明らかだった。


 どうしていつも、あんなに疲れた顔をしているのだろう。

 日中、授業を受けていられないほど寝不足なのは、なぜなのか。


 吹雪は、彰を尾行することを決める。

 少し距離を開けつつ、彼の後を追う。


 何か、よくないことをしているのではないか。

 ひょっとしたら、誰かに騙されているのかもしれない。


 ただ、もし彰が本当に、何かをしているのだとしたら――


(それはきっと、深雪のためだと思う)


 発車ベルが鳴り終わる。

 彰が乗ったことを確かめると、吹雪はその隣の車両へ駆け込んだ。





 彰が降りたのは、2つ隣の竹駒駅だった。

 そこは、このあたりでは少し大きめの乗換駅で、構内は帰宅途中の学生やビジネスマンが、忙しなく行き交っていた。


 彰が、改札を出る。

 どうやら、スマホで地図を見ながら、移動しているようだった。


 ならば、彼の中で目的地が定まっているということだ。

 吹雪は見失わないよう、通行人を避けながら、懸命にその背中を追いかけた。


 ふと、駅前の噴水広場に着いたあたりで、彰が立ち止まる。

 吹雪は、慌てて物陰に隠れた。


(何よ)


 彰から、落ち着きがなくなった。

 遠目で見てもわかるほど、明らかに慌てている。


 頭をかきむしったかと思えば、口元に手を当てて、考え込み始めた。

 走り出すかと思えば踏みとどまり、腕組みをしたまま動かなくなる。


 ただ、終始一貫しているのは、片時もスマホから目を離さないということだ。


 それから数分ほど、彰は一歩も動かなかった。

 その間、スマホに向かってずっと何かを喋り続けていた。


 誰かと、電話でもしているのだろうか。

 相手はどんな人物なのか。単なる友人であれば、何も心配することはない。


(でも。万が一、相手が詐欺師とかだったら?

 あたしに、あいつを助けることが、できる?)


 彰が、おもむろに歩き出し、すぐそばのコンビニに入った。

 窓際の雑誌コーナーで立ち止まるが、何も手に取らず、ただ外の様子を伺っている。


(あんまり近づくと、気づかれるわね)


 吹雪はこのまま、店外から見張っていることにした。

 彰から見えないよう、噴水広場の隅へ移動する。夕方で交通量が多くなった駅前通り沿いの、電柱の影に隠れた。


 彰がどんな思いで、何をしようとしているのか。

 彼女には、想像もできなかった。


 彼の行動は、本当に深雪のためなのか。


 刺された腹の傷は、治ってきた。しかし、今の深雪の意識や記憶は、浮かんでは消える泡沫のようだ。

 そんな彼女のために、できることなどあるのだろうか。


 今の深雪と一緒にいるのは、辛かった。

 彰は、辛くないのだろうか。


 不意に、彼女は足元に、妙な気配を感じ取った。


「こら、ミーちゃん。ダメじゃない」


 目線を下げると、子犬がふくらはぎに体を擦り付けていた。


「すみません。この子、綺麗な女の子に目がなくて」


 リードを持った女性に声をかけられる。

 年齢は、おそらく30歳くらいだろう。


「大丈夫です。可愛いですね」


 と、吹雪は女性に微笑を向けた。


 深雪も犬が好きだった。

 子どもの頃、近所の人が飼っていた柴犬に、よく触らせてもらった。彰と3人で。


 あの日みたいに、また3人で笑い合える日は、来るだろうか。


 ふと、彰の方へ視線を送る。

 コンビニに、彼の姿はもうなかった。


 吹雪は、慌てて辺りを見回す。

 すると、彰が必死の形相で、こちらに駆け寄ってくるのが視界に入った。

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