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8−1

今回より、第8話に突入です。

 日向の死亡現場である公園は、多くのパトカーに囲まれていた。

 園内では、たくさんの警察官が忙しなく動き回っている。


 その光景を見て、大変なことが起こったのだと、吹雪は改めて実感した。


「――それでは、日向は秋月くんを庇って、崖から落ちたというのだね?」


 凛の問いに、吹雪はうなずいた。


 吹雪は、彰とは別々に事情を聞かれていた。

 パトカーに乗せられた彰が、生駒と話をしているのが遠くに見える。


「やはり、森さんも車内の方がいいのでは? ここは冷えるだろう?」


「いえ、ここで」


 凛の言う通り、崖に近いその場所は寒風が吹き荒び、顔が凍てつくようだった。

 しかし、それでも吹雪は、今は外気に触れていたい気分だった。


「そ、そうか……」


 と、凛が体を震わせながら、肩を落とす。


(ひょっとして、天城さんが寒いだけなんじゃ)


 そう考えると、吹雪は途端に可笑しくなった。


「天城さん、ありがとうございます。助けに来てくれて」


 ――吹雪たちが、ここにやって来る前のこと。

 彼女は、彰が日向と連絡を取ろうとするのを、何度も止めようとした。


 しかし、彰は耳を貸すことなく、レンゴクアプリからメッセージを送ってしまう。

 そうしてしばらくやり取りが続き、次第に落ち合う場所や時間が決まっていった。


(いけない……このまま放っておいたら、彰の身に、きっとよくないことが起こる)


 そう考え、吹雪はつい、凛に助けを求めてしまう。

 待ち合わせ場所である、この公園の地図を添えて――


 吹雪からの感謝の言葉に、凛は柔らかく微笑んだ。


「礼を言うのは、むしろこちらの方だ。命令違反の、言い訳ができたからな」


 意味がよくわからず、吹雪は首を傾げた。

 凛たちがたまたま九頭町にいたのは、上司の指示に逆らってのことだったのだろうか。


「秋月くんに、どんな思惑があったのかは、生駒の聴取に任せよう。

 それにしても、なぜ彼は、日向と接触することができたのかね?」


 吹雪は既に、今日起こった出来事について、凛に一通り伝えていた。

 ただし、レンゴクアプリに起因する内容は、説明ができないため除いている。


 そのため、日向との連絡手段については、話すことができなかった。

 また、出雲についても、日向が口にした「クロウ」というコードネームと、容姿以外の情報は伏せてある。


「……あたしには、わかりません。あいつに聞いてください」


 後は、彰に任せる。

 そう考え、吹雪は必要以上の言及を避けていた。


(怒るわよね、あいつ……

 天城さんや生駒さんを呼んだのも、あたしが勝手にやったことだし)


 彼女は、凛や生駒たち相手なら、真実を知られても構わない、と思い始めていた。


 レンゴクアプリなどという、突拍子もない話でも、2人なら信じてくれるかもしれない。

 もしそうなれば、彰が無茶をしようとするのを、自分と一緒に止めてくれるに違いない。


(これまでにしてきたことの中で、罪に問われるものが、もしかしたらあるのかもしれないけど――幇助犯とか、不作為犯だっけ。


 でも、今ならきっと、まだ引き返せる。

 このまま放っておいて、さらに罪を重ねてしまうより、何倍もマシよ)


 今日の彰の行動は、狂気に満ちていた。

 学校にも行かず、強盗犯と思われる人物の住処に、朝から張り付いていた。挙げ句、自ら相手に連絡を取り、実際に顔を合わせることに成功した。


(彰ならやりかねない、か……)


 この日の彼は、本当に日向を殺してしまいそうな、気迫を纏っていた。

 それほどまでに、深雪の存在は大きいのか。吹雪は胸が苦しくなった。


「おいぃ、イノシシぃいい!!」


 不意に、背後から唸るような声がした。

 その瞬間、凛は苦々しい顔を浮かべる。


「金剛管理官、ご苦労さまです」


 と、凛が真顔に戻り、敬礼をした。


「本当に苦労するぜぇ、野獣みたいな部下を持つとなぁ!」


(何、この人……反社?)


「ホトケの首に、双龍のタトゥーがあったらしいな。日向で間違いないか?」


「はい。所持していた運転免許証からも、本人で間違いありません。

 今、他の遺留品を調べ、潜伏先の住所を割り出そうとしています」


 そう凛からの報告を聞き、金剛は彰の乗ったパトカーを一瞥する。


「……おい。あれが、例の『死神少年』か?」


「黙秘します」


「俺たちにも、あいつの聴取をさせろ」


 凛が、敬礼していた手を、ゆっくりと下ろす。


「――管理官、話が違います。彼のことは、私と生駒に任せてください」


「それはあのガキが、今回のヤマと無関係だって、前提があるだろうが。


 あいつはどうやって、この場所を嗅ぎつけたんだ?

 連中の仲間じゃないって、おまえ小僧のケツ持てんのかよ。あぁん?」


 金剛の言葉に、吹雪は思わず、一歩踏み出した。


「あたし、持てますよ、ケツ。彰は、強盗になんて手を貸す人間じゃありません」


「あぁ?」


 金剛が、吹雪を睨んだ。

 吹雪は、目を逸らしそうになるのを、じっと堪える。


(言っちゃった、どうしよう……)


 その言葉に、嘘はない。

 彰の一連の行動は、すべて深雪のためであると、知っているからだ。


 しかし、この場でそれを言うのは、軽率だったのではないだろうか。

 自分に対し、彰に関する追及が始まってしまってもおかしくはない。


 視界の端の、凛に注意を向ける。

 彼女は金剛をじっと見つめ、一歩も引かないという姿勢を示していた。


「――ちっ。その言葉、忘れねぇからな。小僧の手綱、しっかり握っておけよ。小娘」


 そう言い捨てると、金剛はつまならそうに、その場を立ち去った。

 緊張が解けた吹雪は、凛と顔を見合わせ、思わず笑みをこぼした。

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