7−8
「大我! 大我ぁ!」
出雲の声で、日向は微かに思考を取り戻す。
体を動かそうとするも、手足の感覚がない。
視線だけを動かし、日向は自分が道路に横たわっていることを知る。
車を停めたドライバーたちは皆、絶望した表情でこちらを見ていた。
出雲が、日向に涙声で語りかける。
「大我、俺を守ってくれたの?
俺のことなんて、とっとと見捨てればよかったのに……」
「……言うなよ、そんなこと」
無論、日向とて、死にたくはなかった。
自分と出雲、2人とも生き残る道を、最後まで模索するつもりだった。
しかし、それを確実に遂行できる手立てが、存在しないことを知る。
レンゴクアプリに詳しいであろう、彰ですらわからないと言うのだ。
(だったら、俺なんかより、出雲が生きるべきだ)
自分は、深雪という、何の罪もない少女を、殺してしまった。
また、仲間であった加賀も、自分たちが殺したようなものだ。
(どうして、こんなことになってしまったのだろう)
決して、悪行に身を染めたいわけではなかった。
他に自分ができる仕事が、社会になかったのだ。
(いや、ただの言い訳か……
そうした事態を招いたのもまた、日頃の行いのせいだからな)
ふと、崖上の公園に視線を送る。
すると、スマホを構えた彰が、カメラをこちらに向けていた。
あれが、魂を移し替える行為なのだろうか。
おぼろげな意識の中で、日向はそう考える。
(そうだ。俺は、秋月くんを助けたんだ。
それが、出雲を守ることに繋がり、深雪という子の器にもなれる。
それって、悪人の死に方としては、きっとマシな方だよな……)
不意に、日向の耳元に、機械的な音声が届いた。
『レンゴクアプリがインストールされました。利用者登録を行ってください』
出雲が、自身のスマホを見て、唖然とする。
「大我、これって」
(……出雲のスマホにも、レンゴクアプリがインストールされた?)
自分と同じように、彰に招待されたのだろうか。
(いや。たしか俺の時は、ちゃんと『招待された』というメッセージがあったような……)
『対象者、日向大我の破損は、既に限界値を超えています。レンゴクアプリのモード変更を行ってください』
「ねぇ。これって、どうすればいいの?」
出雲が、困惑した様子で尋ねる。
しかし、もはや日向の中に、それを思考する余力は残されていなかった。
「秋月くん! 森さん!」
崖上から、彰たちを呼ぶ声がする。
「天城さん、生駒さん、急いでぇ!」
吹雪が、泣き叫ぶように言った。
(秋月くんたちの、仲間か?)
まずい、と日向は出雲に目をやった。
もし彼らの仲間であれば、自分たちが強盗犯であることも、把握済みかもしれない。
遠のいていく意識の中で、残された最後の力を使い、日向は言葉を発した。
「出雲……逃げろ……」
大粒の涙を流す出雲が、日向の顔を覗き込む。
「でも、でも――」
「行け……そして、生きて、くれ……」
出雲が、嗚咽をこらえるように、体を丸くする。
それから、目元を袖で力強く擦り、顔を上げた。
「俺、諦めないよ。絶対に」
と、出雲は立ち上がった。
ほんの一瞬、日向と視線を交わすと、背中を向けて走り出す。
その後ろ姿を見送りながら、日向は静かに、息を引き取った。
今回で、第7話は終了です。
次回より、第8話「Re∶バースデー」を開始します。
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