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7−7

「殺す、と言ったら、あなたは黙って殺されるんですか?」


 と、彰は静かに言った。


「――俺だって、できれば殺されたくなんかない。

 だが、もしここで俺が死ななかったら、出雲はどうなる?」


 日向が、力強く言った。

 それを聞いて、彰は彼の想いを理解した。


(この人は、橘出雲の身代わりになることを、覚悟しているんだ)


 彰は、言葉を選んで話し出す。


「……わかりません、というのが正直な答えです。

 レンゴクアプリは、死亡する原因や経緯を、教えてはくれませんから。


 たしかに、日向さんの消滅予定が生まれたと同時に、出雲さんの消滅予定はなくなりました。

 なので、もしあなたが死を回避すれば、元の未来が復活することも、あるのかもしれません」


「やっぱり、そうなのか……」


 日向は、出雲を守ろうとしている。

 そのことが、彰には意外だった。これまでの彼の行いからして、血も涙もない人物だと思っていたからだ。


「――きみを殺せば、俺たちは助かるか?」


 日向が、彰を睨んで言った。


「わかりません。助かるかもしれませんし、関係ないかもしれません」


「彰、逃げよう」


 と、吹雪が彰の腕を引っ張った。


「大丈夫だよ、吹雪。今、レンゴクアプリに、僕たちの消滅予定はないのだから」


 と、彰は日向を睨み返した。


「……きみは、まるで死神だな」


「前にも、言われたことがあります。それ」


 彰と日向が、対峙する。


(――さて。ここから、どうする)


 実のところ、この後の行動を、彰は決めかねていた。


 日向の消滅予定が生まれたのは、彰が彼にメッセージを送ることを決断し、レンゴクアプリを起動したからだ。

 それはつまり、2人が直接会うことが、未来を変える要因になったと考えられた。


(では、彼の死因は、一体何なのか)


 彰が、スマホを見る。

 日向の消滅予定時刻まで、あと3分。


(これはやっぱり、そういう運命なんだろう)


 自分は今日、日向を殺すのだ。

 懐に忍ばせた、このナイフで――


 そう、彰は達観する。

 諦めにも似た境地で、彼は一歩、足を踏み出した。





 彰がこちらに向かってくるのを、日向は無言で見つめていた。


「彰、やめて!」


 と、吹雪が制止するも、彰の歩みは止まらない。


(……彼が、俺を恨むのは、理解できる。彼にとってこれは、いわば仇討ちなのだから)


 彰に会えば、自分と出雲、2人が助かる道を示してくれるのではないか。

 そんな淡い期待を、日向は抱いていた。レンゴクアプリを介し、彼がメッセージをくれたことだけが、一筋の光明――一縷の望みだった。


 しかし、彰から話を聞いて、そんな思いは瞬く間に霧消する。

 自分は彼の、おそらく大事な人を、この手で殺めてしまったという。


(最初から、俺たちを救う気などなかったんだ。


 言ってみれば、俺は憎むべき相手で――

 それがなくとも、彼は深雪という子のために、誰かの死を必要としているのだから)


 抵抗すべきか、日向は逡巡する。

 しかし、それが出雲の死に繋がると思うと、彼は指一本、動かすことができなかった。


(……まぁ、いいか)


 日向は、死を受け入れることを選択した。


 彰が、自身の懐に手を入れる。

 しかし、日向は身動き一つせず、ただ立ち尽くしていた。


 すると、彰の手を、誰かが掴む。


(――えっ?)


「させないよ」


 出雲だった。


(おまえ、何でここに……)


 恐ろしく機敏な動作で、出雲は彰の腕をロックし、喉元を締め上げる。


「いず――クロウ、ダメだ! 手を出すな!」


 日向が、出雲に向かって叫んだ。


「何で? やばいよ、こいつら。知りすぎている」


「いいんだ。これは、おまえのためでもあるんだ」


 出雲が、首を横に振る。


「俺のため? 大我、全然わかってない。大我が死ぬくらいなら、俺が死ぬから」


 そう言って、出雲が彰を、崖に向かって突き飛ばした。


「やめろぉぉ!」


 日向が、彰に手を伸ばす。

 その手を、彰が、必死の形相で掴む。


 彼の全体重が片腕にかかり、日向は思わず体勢を崩した。


(うっ!)


 力を振り絞り、全身を捻って、彰を崖上まで引き戻した。


 支えを失った日向の体は、崖下に転落し――

 幹線道路を走っていた、トラックに激突する。


 鈍い轟音が、彼の鼓膜に届いた。

 自分の四肢が、あらぬ方向にねじ曲がっていくのを理解し、日向は意識を失った。

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