7−5
17時を回ると、九頭駅周辺の景色は、すっかり薄暗くなっていた。
駅前のショッピングモールの、自販機コーナーで、生駒は缶コーヒーを片手に一息つく。
少し離れたところでは、凛がスマホで誰かと通話をしていた。
午後になってから、2人は九頭駅周辺で聞き込みをしていた。
無論、上司の許可は得ていない。例のごとく、凛の独断だからだ。
(また、怒られるっすかね)
とはいえ、「鬼の金剛」の名を出せば許してもらえるだろう、と生駒は気楽に構えていた。
事実、金剛からは、彰について調べるよう、暗に要請があった。
その上で、今回の聞き込みの目的は、日向や長門は当然のこと、彰の動向も含んでいた。
(まあ、今のところ、成果は皆無っすけどね)
九頭駅の防犯カメラは、既に別の捜査員があたっており、2人は駅員室から追い出されてしまった。
やむを得ず、生駒は「明高の男子生徒が映っていたら教えてほしい」とだけ伝え、凛とともに付近の聞き込みに回っていた。
(彼、この九頭町にも、足を運んでいる気がするんすよね)
今日の午前中、吹雪経由ではあるが、日向たちの身元が判明したことは伝えてある。
にもかかわらず、現在に至るまで、彰からの反応はまったくない。
これは、彼にとって、その情報に価値がないということではないだろうか。
(秋月くんは既に、日向や長門の情報を、ある程度掴んでいるのかもしれないっす)
ここで、通話を終えた凛が戻ってきた。
「――ビッグニュースだぞ、生駒。
今日の15時頃、白竜市の氷川町内で、強盗事件が発生したらしい」
「日向たちっすか?」
生駒の問いに、凛が首を振る。
「わからん。まだ通報があったばかりで、現在、警察官が急行しているとのことだ」
「事件があったのは15時頃って、もう2時間も経ってるっすよね?」
「現場は老人夫婦の自宅とのことだが、被害者2人は拘束された上、これまでずっと部屋に閉じ込められていたようだ。
そのことに付近の住人が気づいて、110番したのがつい先ほど、というわけだ。
幸い、ケガ人はいないらしい」
なるほど、と生駒はうなずく。
「ネックウォーマーの人物がいたかについては、今のところ不明だ。
なお、現時点でわかっていることで言えば、犯人は3人組らしい」
「3人? なら、先日の身元不明の遺体は、彼らの仲間ではないってことっすか?」
「そうとは限らん。補充されたのかもしれないぞ」
ふむ、と生駒は腕を組んだ。
「氷川町は、ここの隣町だな。さて、どうするか」
そう、凛が考え込むそぶりを見せる。
(いや。これはもう、行く気になってる顔っすね)
すると、凛のポケットから、不意に振動音がした。
彼女がスマホを取り出し――一瞬苦い顔をして、画面をタッチする。
『てめぇ、天城ぃいいい! 今どこにいやがる!』
金剛からの着信だった。
「九頭駅周辺で、聞き込みをしておりました」
『頼んでねぇんだよ、クソが! ただちに戻ってこい、全力でだ!』
2人の問答が続き、生駒はため息をつく。
すると、今度は彼のスマホが、短く振動した。
自分のスマホに届いた通知を見て、生駒は驚愕する。
「天城先輩、これ――」
「何だ。今忙しい――」
それは、駅の防犯カメラをチェックしていた人物からの連絡だった。
そこには、今日の日付で九頭駅の改札を通過する、彰の姿があった。
「彼、来てるっす。この町に、たぶん今も」
「――ふむ。どうする?」
凛が、腕を下ろす。
手にあるスマホからは、依然として金剛の怒号が続いていた。
「ここに、残るべきっす。
彼がいるということは――きっと何か起こるっす」
「わかった」
と、凛はうなずき、スマホを顔に近づける。
「というわけで、管理官。
我々は九頭町に残り、捜査を続けます。それでは」
『どういうわけなんだ、このヤロウ!
会話がまったく聞こえねぇぞ。ちょっと待て、切るんじゃねぇコr――』
にべもなく、凛は終話ボタンを押す。
その潔さに、生駒は思わず苦笑した。
「説教で済めばいいっすけど」
「いつものことだ。問題ない」
と、凛が不敵に笑う。
それにつられ、生駒もつい、笑い声を上げてしまった。
その直後、彼女のスマホが再び、今度は短く振動する。
「金剛さんっすか?」
「……いや。森さんからだ」
吹雪からの通知を見て、凛が目を丸くする。
「どうしたっすか?」
凛が、生駒に画面を見せる。
そこには、吹雪からの『助けて』というメッセージが表示されていた。
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