7−3
九頭町のカフェに、彰はいた。
そこは、日向の潜伏するマンションの入口が、窓から見通せる店だった。
(まさか、今日の消滅予定者が、日向と同じマンションに住んでいるだなんて)
自身の位置が日向に知られないよう、彰はレンゴクアプリの使用を控えていた。
そのため、彰が出雲の情報を得たのは、昨夜になってのことだった。
吹雪から送られてきた、レンゴクアプリのスクリーンショットを見て、彰は驚愕した。
出雲の現在地が、日向の住居と同じ建物を示していたからだ。
(日向の潜伏先を、吹雪に詳しく伝えていなかったことが、裏目に出た)
彰は時々、日向が寝静まっているであろう深夜帯を狙い、レンゴクアプリを起動して彼の様子を窺っていた。
そのため、彼の住むマンションの位置や、付近の街並みについては、既におおよそ把握ができていた。
しかし、吹雪は違う。
日向の住居について、「九頭町のどこか」程度の認識しかないはずだ。
(たぶん、吹雪は気づいていないのだろう)
2人が同じ建物にいるのは、はたして偶然か。
出雲の死に、日向は関わっているのだろうか。
(橘出雲は、日向に殺される?
それともまさか、2人は仲間で、今日は何か、大きな動きがある?)
彰はこれを、千載一遇のチャンスと捉えていた。
彼の懐には、ナイフがある。今日、ここに来るまでに、ホームセンターで購入した物だ。
彰とて、いたずらに襲いかかろうと考えているわけではない。
相手は連続強盗犯と思われる人物であり、ナイフはあくまで、自衛のための備えだ。
しかし、どんなことが起きるかわからない。
あわよくばという思いが、彼の中にあることを、誰も否定はできなかった。
不意に、入口のドアが開き、ベルの音が店内に響いた。
吹雪が不機嫌そうにやって来て、彰の正面の席に座る。
「学校まで休んで、一体何をしてるのよ」
「消滅予定者の状況は?」
吹雪からの叱責を無視して、彰は尋ねた。
彼女は不愉快そうに、無言で自身のスマホを差し出す。
『橘出雲、18歳。現在地、白竜市九頭町一丁目。消滅予定時刻、本日19時38分』
レンゴクアプリの情報に、変化はない。
出雲も今はまだ、マンション内にいるようだった。
この後、どこかへ移動するだろうか。それとも、何か起きるのは、建物の中だろうか。
朝から九頭町に来ていた彰は、そうして様々なケースを想像しながら、付近を歩いて見て回っていた。
「ねぇ。日向が住んでいるのも、このあたりなんでしょ?」
吹雪が、注文したコーヒーに口をつけながら言った。
「……そこのマンションだよ」
彰がそう返すと、吹雪は口を開けたまま、一瞬固まる。
マンションと、アプリの表示を交互に見ながら言った。
「どういうこと? ひょっとして、橘出雲は日向の仲間?」
「わからない」
吹雪が、身を乗り出して言う。
「彰。あんたまさか、危ないことしようとしてない?」
彰が、吹雪の目をじっと見る。
「危ないことって、何?」
「――深雪のための復讐とか、考えてない? 生駒さんや天城さんも、心配していたわよ」
そう言われて、今度は彰が固まる。
「2人と、話したの?」
「さっき、電話があったの。彰と連絡がとれないって」
彰が、自身のスマホを見る。
その連絡に、気づいてはいた。メインのスマホは電源を切っていたが、連絡用のアプリはスペアに移してあるからだ。
生駒と凛から聞いた情報を、彰は吹雪から聞く。
ドラゴンと仲間の身元が判明したこと、仲間の方に逮捕歴があること、等だ。
「あたしから、詳しいことは何も言っていないわ。
でも、もしあんたが、日向に危害を加えようとしているのなら――
あたしはもう、協力しない。このまま帰るし、天城さんたちにも連絡する」
彰が、こめかみを押さえる。
吹雪を巻き込んだのは失敗だったのでは、と心の中で自問する。
「……別に。何もしないよ」
そう取り繕うのが、精一杯だった。
彰が、吹雪と睨み合う。
決して視線を逸らすまいと、彼は眼球に力を込めた。
そうして、少し経った頃。
テーブルに置いた吹雪のスマホに、動くものが映った。
(橘出雲が、移動している?)
彰が、窓の外に視線を送る。
マンションの前に停めたワゴン車に、乗り込もうとする2つの影があった。
(ネックウォーマー!)
思わず、彰は立ち上がる。
それを見て、吹雪がその視線の先を辿った。
「……あれ、日向じゃない?」
間違いない、と彰は思った。
そして彼と並ぶ、もう1人の人物。黒髪ボブに、黒いパーカー、黒いジーンズ。
(女の人? あれが、橘出雲?)
2人が乗り込むや否や、車は即座に走り出す。
彰はそれを、目で追うことしかできなかった。
(どうする? 消滅予定時刻までは、まだ7時間以上あるけど……)
吹雪のスマホに映る、出雲を示す点が、高速で移動していた。
この後、出雲は戻ってくるのか。それとも、外出先で死亡してしまうのか。
「この人の他に、明日の夕方頃までに、死亡する人間はいた?」
「いないわ……」
彰の問いに、吹雪は力なく答えた。
(――仕方ない)
彰は、自身のスマホを取り出し、電源を入れた。
「何をするの?」
吹雪の不安げな問いに、彰がか細い声で答える。
「レンゴクアプリで、日向にメッセージを送る」
途端に、吹雪が腕を伸ばし、彰の手を掴んだ。
「ダメよ! 危ないわ!」
2人が、再び睨み合う。
すると、彰と吹雪のスマホから、同時に音声が鳴った。
『周辺の情報が更新されました。日向大我、21歳。現在地、白竜市九頭町一丁目。消滅予定時刻、本日17時48分』
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