6−6
明神警察署の夜は、明かりが絶えない。
蛍光灯に照らされた廊下の上で、生駒が凛に引きずられていた。
「――天城先輩。
自分が捜査本部に行く必要って、全くないんじゃないっすかね?
だって、先輩が説明すればいいだけっすから……」
「私1人では、相手にもされないだろう?」
(開き直っぷりが、いっそ清々しいっすね)
「でも、あれっすよね……
今回の管理官って、『鬼の金剛』っすよね?」
「よく知っているな。話が早い」
「無理っすって!
部外者の自分が顔なんて出したら、下手すると死ぬっすよ」
部屋の前に着くと、凛が生駒に向き合う。
「おまえは、噂を真に受けすぎだ。
ああ見えて、実に理解のある人だ。話せばわかってくれる」
「ほ、ほんとっすか?」
返事をするより早く、凛はドアを開けた。
「天城ぃ、こらぁあああ!!!
てめぇ、今までどこほっつき歩いてやがった!
あれほど留守番だって言っておいただろうが!」
鬼の管理官――金剛正宗が、凛に怒号を浴びせた。
(ひぃ!!!)
生駒が、震え上がる。
争い事が嫌いな彼は、こうした手合いがどうも苦手だった。
捜査本部が設置された、明神警察署の大会議室。
その前方に、金剛の席は用意されていた。多くの人員は出払っており、部屋に残っているのは数名の捜査官のみだった。
凛が、姿勢を正して言う。
「申し訳ありません。捜査で外出しておりました」
「言い訳になってねぇんだよ、アホが!」
と、金剛が机を叩く。
(ごもっともっす……)
「まったくてめぇは、勝手なことばかりしやがって!
いい加減、明神湾に沈めるぞ、クソイノシシ!!!」
(怖ぇえ――)
ひとしきり叫んだ後、金剛は疲れた様子で、勢いよく椅子にもたれかかった。
「……で?
命令を無視してまで、外回りしてきたんだ。
手がかりの1つでも、持ってきたんだろうなぁ?」
「はい」
「ほう? 言ってみろ」
「容疑者の顔と、身元が一部、判明しました」
部屋の捜査員たちが、どよめいた。
金剛もまた、驚いた顔で凛を見る。
「どういうことだ、このヤロウ……
フカシじゃねぇだろうな。イチから説明してみろ」
凛が、生駒に視線を送り、無言でうなずく。
(まじで、自分が説明するっすか……)
生駒が、咳払いをする。
「えー、自分たちは、目撃者の発見に成功し――」
「ちょっと待て。おいイノシシ、こいつは誰だ?」
金剛の問いに、凛がすかさず答える。
「うちの署の、生駒です」
「所属は?」
「生活安全課です」
「おかしいだろう! 部外者巻き込んでんじゃねぇよ、バカが!」
金剛が、肩で息をする。
凛は少し困った様子で、
「では、やめますか?」
「ぶっ殺すぞこのヤロウ! さっさと続けろ!」
全員の注目が、生駒に再び集まる。
「――自分たちは、目撃者の発見に成功したっす。
その情報から、駅の防犯カメラに映る、容疑者を割り出したっす。
また、駅で使われた交通系ICカードから、氏名も特定したっす」
「その目撃者ってのは、どこのどいつだ?」
生駒は、首を振る。
「それは、言えないっす。
目撃者の素性を明かさないことが、情報提供の条件っす」
金剛が、不敵に笑う。
「おまえ、生活安全課って言ったか?
今朝、あの地獄耳ババアが、『死神少年』とやらのことで、うちの捜査員に探りを入れてきたって聞いたぞ。
まさか、そのクソガキからのタレコミじゃねぇだろうなぁ?」
(地獄耳ババア――鳥海さんのことっすね)
「詮索はなしっす。
条件を飲んでもらえないのなら、これ以上は話せないっす」
生駒が、まっすぐに金剛を見る。
「……ちっ。まぁ、いいだろう」
金剛の言葉に、生駒はほっと胸をなでおろす。
凛を見ると、彼女は生駒だけに見えるように、そっと親指を立てていた。
「面白い」「続きを読みたい」「作者を応援したい」と思ってくださった方は、ぜひブックマークと5つ星評価をよろしくお願いいたします。




